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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第五章:モンスターだらけの世界

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二十:決戦、憤怒の大罪グラノス


「「なん……だと……っ!?」」


 驚愕の声は同時に二つあがった。


「じゃ……ジャバババババッ! 驚いたぞ、小人間よ! 見かけによらず、素早いのだな!」


「……驚いたな、見た目以上に硬いようだ」


 俺は大きく後ろに下がり、グラノスと距離を取る。


「当然よ! これは物理的な硬度とは一線を画す代物だからな!」


「……どういう意味だ?」


「最強にして最硬の権能――<憤怒の剛鱗>! これにり何人たりとも、物理攻撃によって儂を傷つけることはできん!」


 そう言ってグラノスは、自らの黒い鱗を自慢げに見せつけた。


「ジャバババババババッ! 相性が悪かったな(・・・・・・・・)、小人間よ! 貴様がいかに優れた剣士であろうと、物理攻撃によってこの儂を傷つけることはできんっ!」


 既に勝利を確信しているのか、グラノスは俺を前にしながら大声をあげて笑い始めた。


「ふむ……そう決めつけるのは少し早計だぞ?」


 そんな隙を逃す俺ではない。

 先と同様にして奴の懐に潜り込み、渾身の一撃を叩き込む。


「ぬぅうううんっ!」


 しかし、結果は――同じだった。


 まるで見えない壁に阻まれるが如く、大剣はあっけなく弾かれた。


 だが、今回は先ほどとは違う。弾かれることなど想定の範囲内だ。


「――まだまだぁっ!」


 俺は再び両腕に力を込め、ひたすらに力いっぱい斬り付けた。

 何度も何度も、一呼吸をはさむ猶予すら与えず斬り付けた。


 しかし、返ってきたのは『ガンッ』という金属質の異音のみ。


 グラノスは何の痛痒も感じず、ただ悠然と屹立していた。


「ジャババッ! 無駄無駄ぁっ!」


 奴は大きな体を俊敏に動かし、グルリと旋回した。


「ちっ……」


 回避のために大きく後ろへ飛び下がる。


「さすがは自慢の鱗だな。これほど硬い物質に出会ったのは初めてだ」


「ジャババババッ! それに比べて、小人間よ。お主の皮膚は軟弱よなぁ?」


 グラノスは俺の左腕を指差しながら、さも楽しげに笑った。


(むっ、少し切られたか……。本当に厄介な鱗だ……)


 回避の瞬間。

 ほんのわずかに奴の鱗と接触しただけで、皮膚を切り裂かれてしまった。

 どうやらあれは最強の鎧であると同時に、最強の矛でもあるようだ。


「お、おっさん、駄目だ! この世界にいる限り、そいつの権能は絶対なんだよ! 普通にぶつかっても何にもならねぇよ!」


 ヨーンの言う通りだ。


 グラノスの硬さは『物理的な硬さ』とは違う。

 硬い柔らかいとは違う位相の――名状し難い『硬さ』がそこにはあった。


(リューのブレス……は効果が無さそうだな)


 確かに凄まじい威力を誇る一撃だが、あれも物理攻撃の延長線上のものだ。


(スラリンの影ならば、もしかするといけるかもしれんが……)


 しかし、ここからユークリッド村まではかなり距離がある。

 アイリとヨーンを両手に担いだまま、村まで移動するのは――現実的ではない。

 さすがに両手が塞がった状況で、グラノスから逃げるのは難しいだろう。それにスラリンは現在、青龍か緑龍のいずれかと戦闘中だろう。


(何か……何か手段は無いか……っ)


 そうして俺がこの難局を打開する案を考えていると、


「――憤怒の咆哮」


 突如グラノスは大きく口を開け、漆黒のブレスを放った。

 それも性質の悪いことに指向性の無い、拡散型のブレスだ。


(まずいっ!?)


 ブレスは奴の口から放たれるや否や、四方八方へと拡散する。


「アイリ、ヨーンっ!」


 自らの防御は捨て、慌てて二人の元へ駆けつける。

 大剣を盾にしてブレスを防ぐ……が、これは元々そういう用途のものではない。


「ぐ……っ」


 当然、散弾のように発射されたブレスを全て防ぐことはかなわず、手足にいくつか被弾してしまう。

 ブレスは周囲の大地をめくり上げ、辺りは砂埃に包まれる。


「ジャバババババッ! はぁーあ、死んだか? 全く、つまらん小娘どもを庇うとは……小人間の考えることはわからんなぁ……」


 グラノスの高笑いが響き、雨のようなブレスが止んだ。


「じ、ジンさん!?」


「お、おい、おっさん……? 大丈夫……だよな?」


「あぁ……問題ない」


 顔と重要な臓器周辺だけはきっちり守った。

 戦闘続行には何ら問題ない。


(しかし、一発一発は小さいものの……。中々いい威力があるじゃないか……っ)


 被弾した両手両足にはじんわりと血が滲んできていた。

 少しして砂煙が晴れて視界がクリアになるとそこには、大きな欠伸をするグラノスの姿あった。


「……んん? 何だ、まだ生きておるではないか」


「勝手に殺してくれるな。まだまだやれるさ」


「ジャババッ! その意気やよし! ……だが、残念なことにこれからは一方的な戦いになるぞ? ここで倒れていた方がよかったと思うほどになぁ」


 先ほどとは異なり、ずいぶん余裕たっぷりな様子のグラノス。

 奴が油断している隙に、俺は冷静に頭を回転させた。


(これまで斬りかかった場所は、腹・胸・首の三か所……)


 どこも一般的なモンスターの弱点だが……あの漆黒の鱗には効果が無かった。


(だが、奴の権能とて無敵というわけではあるまい)


 どれだけ頑強なモンスターであろうとも、生物である以上必ず弱点は存在するはずだ。人間でいうところの目や鳩尾(みぞおち)、臓器のように、鍛えることが不可能な部分が存在する。


(経験上、この手の輩は意外なところが弱点であることが多い)


 こういうときには有効な手段は――総当たりだ。 


「ぬぅぉおおおおおっ!」


 翼・背・尻尾――目に入った箇所をひたすらに斬り付けていく。

 奴の肉付きや骨格から、一々弱点の分析などしない。全身くまなく斬り付ければ、いずれはヒットするだろう。


「ジャババババ、無駄無駄ぁ!」


 グラノスはこちらを一瞥もせず、ただアイリとヨーンだけを見つめ、そして大口を開けた。


「――憤怒の咆哮」


 先ほどと同じように拡散性のブレスが吹き荒れる。


「くそ……っ」


 俺は攻撃を中断し、二人の元へ駆けつける。

 いくつかのブレスが俺の手足をかすめる。

 無理な態勢からカバーに行ったため、背中にもいくつか被弾してしまった。


「だから言ったろう? これからは一方的な戦いになる、とな。ジャババババババッ!」


 どうやら奴はこれからずっとアイリとヨーンを狙い続けるつもりのようだ。


(全く……威容のある見た目とは裏腹に随分と陰湿な戦い方をしてくれるじゃないか……)


 しかし、戦略としては正しい。

 俺が奴の弱点を突こうとしたように、奴も俺の弱点を狙ったというわけだ。


(……まずいな)


 かなり衰えたといえども、まだまだ体の頑丈さには自信がある。

 このペースならばまだ三日三晩は戦えるだろう。


(だが……後ろの二人は俺とは違う)


 魔法による防御の無い――生身のアイリとヨーンがこの威力のブレスを耐えられるわけがない。


「お、おっさん、ここは一度退こう……っ。さすがに相性が悪過ぎ――」


「――憤怒の怒号」


 ヨーンの話を中断するように、グラノスはブレスを放った。


「っ!?」


 それも今回のは拡散型のものではない――一点集中型だ。

 器用なことに二種類のブレスを使い分けできるらしい。

 俺は大剣を盾にし、奴のブレスを防ぐ。


「ぐっ……ぬ……っ!」


 先ほどのとは比べ物にならない衝撃が両腕を襲う。


「……ぬ、ぬぅうううんっ!」


 力任せに何とか軌道を逸らす。

 弾かれたブレスは台地を削り、遠方に見える山を吹き飛ばした。


(こいつは……凄まじい威力だな……)


 まだ手のひらがジンジンと痺れやがる。


「ジャバババ、愉快なことを言う小娘だ。この儂が逃がすと思うか……?」


 本気の殺意がこの空間を侵食していく。

 当然ながら、態勢を立て直す隙はもらえないらしい。


「じ、ジンさん……っ」


「お、おっさん……これ本当にやばい奴だよ……っ」


 二人は心配そうに俺の背に触れた。

 その腕がわずかに震えているのが伝わってくる。


(……物理攻撃を全て無効化する権能か……悔しいが相性は最悪と言わざるを得ないな)


 こちらの攻撃は憤怒の剛鱗とやらに阻まれ、弱所は依然として見つからず……。

 一方、向こうの攻撃はわずかではあるが、確実にこちらを追い詰めてくる……。


 絶体絶命のこの状況で俺は――考えるのをやめた。


 自慢できることではないが、これまでの三十五年間、(ここ)を頼りに生きてきたわけではない。


 俺が信じてきたのは――己の体。


 日々の鍛錬により鍛え抜かれ、モンスターから受けた無数の傷が残る自慢の体


 覚悟を決めた俺は、奴がブレスを撃ってきても問題ないようにアイリとヨーンを背にして、グラノスを真っ直ぐ見据える。


 もはや何も考えない。

 連撃も弱所も立ち回りも関係ない。

 ただ真っ直ぐ、ただ自分の持てる全てをこの大剣に乗せるだけだ。


 俺は重心を下げ、しっかりと大地を蹴り付け――爆発的速度でグラノスとの距離を詰める。


 速度は十分。

 間合いも最適。

 握りも完璧。


 そうしてただ目の前の――グラノスの首筋目掛けて大上段から大剣を振り下ろした。


「ぬぅうううううううんっ!」


 しかし――届かない。

 大剣は見えない壁に阻まれるように――否、不思議な力に押し戻されるかのように奴の体から離れていく。


 だが……それがどうした。


 権能だか何だか知らんが、向こうが押し返して来ると言うのならば、それに倍する力で押せばいい。


 単純な力勝負で勝てなければ――年老いたこの俺に何が残るというんだ。


「ぬぅうぅぉおおおおおおおおおっ!」


 体重、腕力、気持ち――この一撃に全てを載せた。


 その瞬間、パキンという乾いた音が響き――グラノスの鮮血が宙を舞った。


「っ!? は、離れろぉおおおおおっ! 憤怒の咆哮っ!」


 余裕の無くなった奴は、たまらず俺目掛けて拡散型のブレスを放つ。


「ぐ……っ」


 突然のことにバランスを崩した俺は防御が間に合わず、真正面から食らってしまう。


「じ、ジンさんっ!?」


「おっさんっ!?」


 砂煙が派手に舞い上がり、悲鳴のような二人の声が聞こえる。


「じゃ、ジャババ……っ。や、やった、か……?」


「――ふ、ふふふ、ふはははははっ!」


 俺は今の感触を――グラノスの肉を切り裂く感触をしっかりと手になじませる。


「っ!?」


「ジンさん!」


「おっさん、無事か!」


 俺は大剣を振るい、砂埃を消し飛ばす。


 そうして視界が晴れるとそこには、先ほどの余裕のある佇まいから一変した奴の姿があった。警戒心を最大に高め、姿勢を低く(かが)めたままこちらに敵意の籠った眼差しを向けている。


 何よりその首筋からは、だらりと真紅の鮮血が流れていた。


「――ついに破ったぞ、グラノス。お前の権能――憤怒の剛鱗をな」

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