十八:スラリンとリューの護衛先
ジグザドスさんたちに説明を終えた俺は、すぐにスラリンたちの待つ家に向かった。
家に入るなりすぐに、スラリンとリューが駆け寄ってくる。
「ジーン、おっかえりーんっ!」
「……おかえりっ」
「おっとっと、ただいま」
それから何やら二人で談笑していたアイリとヨーンが、こちらに気付いた。
「あっ、おかえりなさい、ジンさん」
「早かったねー」
俺は右手を挙げ「ただいま」と返してから、一つ咳払いをする。
「――ゴホン。悪いが、みんな。今からちょっと大事な話があるから聞いてくれ」
全員の注目を集めた後に、俺はつい先ほどゴブリンの住処であったことを簡単にかいつまんで話した。
ゴブリンたちの知能は俺の予想を遥かに越えるほどに高度なものであったこと。
生贄にされた村人は全員ゴブリンに匿われていたこと。
ゴブリンたちとは平和的な話し合いの末、村人を全員村に連れ帰ったこと。
その話を聞いたスラリンとリューは黙って頷き、アイリは「本当によかった……」と自分のことのように胸を撫で下ろした。一方でヨーンはあまり興味無さそうに、ゴロゴロと寝そべっていた。この辺りはさすが怠惰の魔人といったところだろう。
「それで突然なんだが――今日、今すぐにでもグラノスの討伐へ向かおうと思う」
すると、
「ぃやったーっ! ご飯だーっ!」
「お肉……お肉……っ!」
スラリンとリューは万歳をして喜んだ。
さすがは食物連鎖の頂点に君臨する二人。モンスター=メシという等式が細胞レベルで刻まれているようだ。
一瞬、気を引き締めるべきだと注意すべきか迷ったが……。
(今回のスラリンとリューの仕事は比較的容易い……。そこまで目を光らせる心配はないか……)
そう判断した俺は、特に何も言わなかった。
せっかくやる気を出してくれているんだ、下手に水を差さない方がいいだろう。
「ず、ずいぶんと急なお話ですね……?」
そんな中、アイリは一人だけ少しビックリしている様子だった。
さすがは俺の家族の中で唯一の常識人。彼女のごく普通で一般的な反応には毎度心が洗われる気持ちだ。
今回こういった判断を下した理由を彼女に説明しようとしたそのとき。
「いやいや、よーく考えて見なよ、アイリ。この世界に来てからのうちらの行動振り返れば、そりゃ今日行くべきだってなるさ」
うつ伏せになりながら、心底面倒くさそうにヨーンが口を開いた。
こう見えてヨーンは頭の回転がとても速い。ゴロゴロして全く話を聞いていないような態度を取りながらも、しっかりと現在のこの世界の状況を考えてくれていたようだ。
「そ、そうなんですか?」
アイリが説明を求めるように、ヨーンの顔をうかがい見た。
「そのグラノスってのは、言葉を操るくらい賢い飛龍なんでしょ? それならこっちの村の状況も何かしらの方法で定期的に把握してると考えるべきっしょ。きっとゴブリンシャーマンが生贄をすぐに村に返さず、わざわざ暗い洞窟の中に匿っていたのもそういう理由だと思うよ」
「な、なるほど……」
俺はそこに更なる説明を付け加えた。
「それに偶然とはいえ、俺達は既にグラノスの配下である赤の飛龍を一匹仕留めている。奴等にどれだけの仲間意識があるかは不明だが……急いだ方がいい」
飛龍種は基本的に馴れ合いを好む種族ではない。上下の区別がはっきりついた、完全な支配関係を築く。通常ならば支配下のモンスターを狩ろうが、奴等は気にも掛けないのだが……。
(この世界のモンスターは、俺の住む世界とはいろいろと勝手が異なる……)
それはあの非常に高度な知能を持つゴブリンたちを見れば一目瞭然だ。
もしもグラノスに人間のような『情』があるならば、配下の死を知った奴は怒り狂って、この村やゴブリンたちに牙を剥くだろう。そうなる前にこちらから先制攻撃を仕掛けるべきだ。
「さてとグラノスを仕留めに行くことが決まったところで……今回は役割分担をしようと思う」
「……役割?」
「……分担?」
スラリンとリューは仲良く首を傾げた。
「こちらが奴等の住処に向かっている間に、この村を奇襲されてはかなわんからな。この村の護衛にはスラリンを。それと……そうだな、ゴブリンの洞窟はリューに守ってもらおうと思っている」
あの祭壇を作ったのがゴブリンたちであることを、グラノスたちは知っているとみていいだろう。ならば生贄を匿った何者かとゴブリンたちを結びつけるのは難しくない。
戦力は大きく分散してしまうことになるが、これは仕方がない。ゴブリンたちには、村人を匿ってもらった恩があるのだ。
「えー、何でーっ!? リンも一緒にジンと行きたーいっ!」
「当然……私も……っ!」
「まぁまぁ、そう言ってくれるな。これは二人にしかできない大事な仕事なんだ」
「「む、むぅ……っ」」
『大事な仕事』という言葉を聞いた二人は、少しだけ悩む素振りを見せた。
よしよし、これはあともう一息だな……。
「そうだ! もしこの仕事をちゃんとこなせたなら――食べ放題の焼肉パーティを開催しよう!」
俺が特大のニンジンをぶら下げると、
「た、たた食べ放題っ!?」
「そ、それも……お肉……っ!?」
二人は目の色を変えて食いついてきた。
(ふっ……これはいただいたな)
俺は内心ほくそ笑みながら、いったいどれだけの費用がかかるのか、頭の中のソロバンをはじき始めた。




