十六:グラノスの住処
「うわぁ……まさか生きてこの村に戻って来られるなんて……っ!」
ユークリッド村に着いて早々、マイルはしみじみとそう呟いた。
他の多くの村人も同じように感動しているようだった。
「ここまでくればもう大丈夫だ。家族の元へ帰るといい」
「あ、ありがとうございましたっ!」
彼女たちは口々に礼を言うと、あちらこちらの家へと駆け出して行った。
「さてと……それじゃリュー。悪いんだが、スラリンたちに俺が戻ってきたことを伝えておいてくれるか?」
「……? いいけど……ジンは……?」
「俺は先にジグザドスさんに今回の件を報告しに行こうと思う。後からすぐにそっちへ向かう」
「そっか……わかった」
彼女はコクリと頷くと、トテトテとスラリンたちの待つ家へと向かった。
そうしてジグザドスさんの家に行こうとしたそのとき、マイルだけがまだこの場に残っていることに気付いた。
「あ、あの……ジン様……?」
彼女は恐る恐ると言った様子で声を掛けてきた。
「どうしたんだ、マイル?」
「あの……実は私、この村の長であるジグザドスの孫なんです」
「おぉ、そうだったのか」
そういえばジグザドスさんは、孫娘がいるとか言っていたな。
よくよく見れば、目元などよく似ている。
「俺もちょうどジグザドスさんの家に行くつもりだったし、一緒に行くとするか」
「は、はいっ」
「ザリとスウェンはどうする? 一緒に来るか?」
「「はいっ!」」
そうして俺は、ザリたちと一緒にジグザドスさんの家に向かった。
■
ジグザドスさんの家に到着すると。
「ただいま、お爺さまっ!」
マイルはすぐさま彼の元へ駆け寄っていった。
「ま、マイル……かっ!?」
ジグザドスさんはこれでもかというほどに大きく目を見開き、よろめきながら立ち上がった。
「よ、よかった……本当に、生きておったのか……っ!」
「うん、うん……っ。生きてた……っ」
「すまん……すまんかった……っ。愚かな儂を許してくれ……っ」
そうして二人はしばしの間、大粒の涙を流しながら抱き合った。
それから二人が落ち着いたところで、ジグザドスさんはこちらを向いて頭を下げた。
「ジン殿……本当に、本当にありがとうございます……っ。いったい何とお礼を申し上げたらよいやら……っ」
「いえ、気にしないでください。……それと大事な話がありますので、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「も、もちろんでございます……っ」
それから俺はあの洞窟内であった出来事を簡単にまとめて説明した。
「な、なんと……っ。ゴブリンたちがそんなことを……っ」
「はい。スウェンの言う通り、いいゴブリンだったようです」
「ゴブリンたちにも深く感謝せねばなりませんな……」
「えぇ、そうですね。俺もゴブリンに対する認識が少しだけ変わりました」
ほんの少しだけだが。
「ところでジン殿はこれからどのように……?」
「俺は今日中にグラノスを仕留めようと思っています。……あまり時間の余裕も無さそうですので」
「な、なんとっ!?」
昨日はグラノスの配下の一匹を仕留め、そして今日は数十人単位での森の移動――まず間違いなく奴等は異変に気付いているだろう。
(そう。もうあまり時間はない……)
モンスターとの防衛線は、必ずと言っていいほどに大きな被害が出る。しかもここはルーラル王国のように、モンスターへの防備があるわけでもない。もしもここを強襲された場合、その被害は甚大なものになるだろう。そうなる前にこちらから先手を打つ必要がある。
「ジグザドスさん、グラノスたちの住処に心当たりはありませんか?」
すると彼はポリポリと頭をかきながら、苦い顔をして答えた。
「他の村がグラノスに総攻撃を仕掛けた時の情報はありますが……。何分少し前の話でして、今も奴等がその住処に留まっておるのかは、正直わかりかねます……」
「いえ、十分です。ぜひその場所を教えてください」
飛龍種はプライドが高い。
一か所ここという住処を作ったならば、たとえ外敵から襲撃を受けようとも、そう易々と別の場所に移り住むことはない。十中八九、今もその場所にいると見ていいだろう。
俺は懐からゴブリンの住処が示された地図を取り出し、そこにグラノスの住処の位置を書き記してもらった。
「なるほど……祭壇からさらに北へ行ったところにある台地ですね……。助かりました、ありがとうございます」
場所さえわかってしまえばこちらのものだ。
今すぐにでもここを発ち、奴等がこの村を襲撃する前にケリを付けてしまおう。
「それでは、俺はこの辺りで失礼します」
そうして俺が立ち上がると、
「どうかよろしくお願いいたします……っ」
「ジン様、グラノスのくそったれに目にモノ見せてやってくれっ!」
「ジン様のご武運を心から祈っております……っ」
「微力ながら、応援させていただきます……っ」
ジグザドスさんにザリとスウェン、それからマイルがそんな温かい言葉で送り出してくれた。
「えぇ、任せてください」
俺は彼らを安心させるために力強くそう言うと、ジグザドスさんの家を後にした。




