十四、ゴブリンの族長
「す、すごい……っ」
「やはり圧倒的ですね、ジン様!」
先の戦闘を見た二人は手放しを褒めてくれた。
「……ふふふっ……でしょ?」
それを聞いたリューは何故か鼻高々だった。
「いやいや、ゴブリンは所詮最弱の種族。どうということはないさ」
これは別に謙遜ではない。
たかがゴブリンとの戦闘でそんなに褒められても、何と言うか返答に困ってしまう。
ただ一つ気になることはあった。
(何故、戦闘を前にしてナイフを鞘に納めたんだ……?)
その行動の意味が全くわからなかった。
さっきのはホブでもキングでも何でもない――最下級の普通のゴブリンだ。
奴等は襲い掛かって来る直前に揃ってナイフを鞘に納めた。おそらく、ここの族長がそういった命令を出している可能性が高い。
(しかし、何のために……?)
ゴブリンは元々身体能力に強みを持つ種族ではない。
武器を持ち、数の力を利用した集団戦法を得意とする種族だ。
そんな彼らが自分から武器を封印する合理的な理由がわからない。
(……一応、いつもより警戒しておくとするか)
どれだけ考えてもわからない問題に頭を悩ませていても仕方がない。
俺はすぐさま頭を切り替えて、洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
道中、何度か岩陰というあまりにも定番の場所から何度も奇襲を受けた。
当然、長年ハンターをやっている俺からすれば、視線の通らない岩陰は最重要警戒ポイントであり、そこから飛び出して来られても何の驚きも無い。「あぁ、やっぱりいたか」といった具合に一匹一匹締めていくだけだった。
そうしてしばらくの間、洞窟の奥へと進んでいくと。
「……ここだな」
目の前に木で作られた不格好な扉が目に入った。ゴブリンたちが作ったのであろう。扉にはナイフか何かで独特な紋様が彫られていた。
(どれ……)
意識を集中させこの奥の様子を探ると――いくつもの呼吸音が聞こえた。足音が聞こえないところから判断するに、ここで俺たちを待ち構えているようだ。
俺は小さな声で指示を出す。
「中には俺一人で行く、リューたちはここで待機していてくれ。話し合いができそうだった場合は、俺が中から呼ぶことにする」
わざわざ危険が待ち受けている場所に全員で向かう必要はない。
奴等がきちんと理性的な話し合いができる部族だと判断できてから、リューたちを部屋の中へ呼べばより安全だ。
「うん……わかった……っ」
彼女はそう答え、ザリとスウェンもコクリと頷いた。
(さて……行くか)
勢いよく扉を開け放つとそこには――百匹近くにもなるゴブリンの群れがいた。
奇妙なことに彼らはみな足元にナイフや石斧を置き、一見して戦闘の意思が無いように見受けられる。
すると群れの先頭に立つ、一匹のゴブリンが口を開いた。
「……降伏いたします。どうか命だけは御助けを」
それは非常に流暢に喋るゴブリンだった。粗末な茶色のローブをまとい、古びれた木製の杖をついている。身なりから考えても族長と判断してよいだろう。
「あなたが族長ということでよろしいですか?」
ここへは一応話し合いに来ているため、丁寧な言葉で話しかけた。
「その通りでございます。私はこの部族の長。ゴブリンシャーマンのゴブシャマと申します」
「俺はジン、長年ハンターをやっているものです」
短く互いの自己紹介を済ませたところで、ゴブシャマは口を開いた。
「その強さ……あの邪龍の手の者ですな……?」
あの邪龍――グラノスたちのことを言っているのだろう。
「いえ、安心してください。俺たちは――」
俺がそう言葉を発した瞬間。
「う、う……ウガァアアアアアアアッ!」
族長の背後に控える一匹のゴブリンが、雄叫びをあげながら突撃してきた。その手には鋭いナイフが握られており、殺意に満ちた目をしていた。
「ゴブレッド!? や、やめんかっ!?」
ゴブシャマの制止の声も届かず、ゴブレッドと呼ばれたゴブリンは
俺は無造作に上から下へと拳を振り下ろす。
「ベキィッ!?」
ゴブレッドはそれっきりピクリとも動かなくなった。
もちろん、殺してはいない。ただ気を失っただけだ。
「「「っ!?」」」
その一瞬の出来事にゴブリンたちは全員息を呑み、静寂が場を支配した。
「も、申し訳ございません……っ!」
ゴブシャマはその場に膝を付き、深く頭を下げた。
それに従うようにして、背後のゴブリンたちもみな一斉に平伏した。
「私の統率が行き届いておらず、ゴブレッドが大変な御無礼を……っ。しかし、今のは部族の総意ではございませんゆえ……。どうか、どうかご慈悲を……っ」
そう言ってゴブシャマは地面に額をこすり付けた。
「いえ、気にしないでください」
俺はなるべく優しげな声で話しかけた。
知能の低いゴブリンを完璧に統率することなど土台不可能な話だ。
(そんなことよりも……驚いたな)
ゴブシャマほどに流暢な言葉を操り、理性的な態度を示すゴブリンは初めて見た。
自身の種族名をゴブリンシャーマンと名乗っていたが……俺の知っているゴブリンシャーマンより遥かに知能が高い。おそらくは極まれに発生すると言われる変異種だろう。
そうしてゴブシャマのことをじっくり分析していると、あることに気付いた。
ゴブシャマの背後に控えるゴブリンたちの視線が、俺の背にある大剣に集まっているのだ。
(ふむ……これは外した方が良さそうだな)
向こうはわざわざ武器を手放してくれているんだ。
こちらも武装を解除すべきだろう。
そうして俺が大剣の柄に手をかけたそのとき。
「い、イィイイイイイイッ!」
「ウガァアアアアアアアアアアアッ!」
俺が襲い掛かってくると勘違いしたのか、またもや数匹のゴブリンが突撃してきた。
「待て、お前たちっ!」
本能に飲まれたゴブリンたちに、ゴブシャマの声は届かなかった。
(全く……面倒な奴等だな)
いつもならば一刀の元に切り捨てるところだが、今回はスウェンとの約束がある。
仕方なく素手で彼らを制圧し、一息をついた。
「さてと……」
そろそろ落ち着いて話をしたいものだ。
そう思って一歩前に進んだそのとき。
「ま、待ってくださいっ!」
「このゴブリンさんたちを殺さないでっ!」
どこから湧いてきたのか、大勢の人間がゴブリンたちの前に立った。
「な、なんだ?」
彼女たちが現れた場所を見ると、部屋の壁にぽっかりと大きな穴が空き、その奥に大きな空間が広がっていた。どうやら彼女たちは隠し穴に身を隠していたようだ。
「こ、こらお前たち、何故出てきた!」
狼狽した様子のゴブシャマは、声を荒げて彼女たちを怒鳴りつけた。
しかし、彼女たちはジッと俺の方を見て震える声で訴えた。
「こ、このゴブリンさんたちは、私たちを守ってくれているんですっ!」
「どうか殺さないでくださいっ!」
ジッと彼女たちの顔や体を見ると、肌には艶があり、特段怪我をしているといったこともない。どうやらゴブリンに脅されているという可能性は低そうだ。
(……いったい、これはどうなっているんだ?)
突然の事態に俺が混乱していると。
「ま、マイルッ!?」
扉の外から、スウェンの大きな声が響いた。
「す、スウェン……!? スウェンなの!?」
ゴブリンの前に立った少女は、ハッと大きく息を呑んだ。
どうやら二人は顔馴染みのようだった。
「あー……いいぞ。入ってきて」
少し大きな声でそう言うと、スウェンとザリ、それから少し遅れてリューが部屋に入ってきた。
「スウェン! それにザリも!」
「マイル! よかった、生きていたのね!」
「よ、よくわからねぇが、とにかくよかった! 本当によかったっ!」
スウェンとマイルは二人して抱き合い、ザリはその横で嬉しそうに笑っていた。
「この人はジン様。大丈夫、私たちの味方だよ!」
「鬼のように強いんだぜ! なんてったって、早速邪龍の一匹を倒しちまったんだからなっ!」
「う、うそっ!? 本当にっ!?」
話し方や互いの距離感から察するに三人は幼馴染なのだろう。
「ふむ……」
これはどうやら、ゴブシャマに詳しく話を聞く必要があるようだ。




