十二、いざ出発
リュー、ザリ、スウェンの三名を連れた俺は、ジグザドスさんの家へと到着した。
「ジグザドスさん、いらっしゃますか?」
家の外から少し大きな声で呼びかけ、そのまましばらく待つと。
「おぉ、これはこれはジン殿。おはようございます」
中からジグザドスさんが出て来てくれた。
「おはようございます、今日もいい天気ですね」
ちょっとした朝の挨拶を交わしたところで、彼は俺の背後に立つザリとスウェンに目をやった。
「……えぇ、全くその通りでございますな」
何か言いたげな様子ではあったが、特に二人に触れることはなかった。
「して、このような早朝から、いかがされましたかな?」
「これからゴブリンとの話し合いに臨むのですが、その前に奴等の住処となる場所を教えていただきたいなと思いまして」
「左様でございましたか。それでは少々お待ちください」
そう言うと彼は家の中に戻り、一枚の紙切れを持って戻ってきた。
「どうぞ、こちらをお持ちください」
「これは……地図ですか」
「はい。ここにある赤い三角形、これが昨日ジン殿が行かれた祭壇を示しております。そしてそのやや右上――ちょうどこの辺りに奴等が根城としている洞窟があります」
「なるほど……これは助かります」
少し古びれた地図だが、これさえあれば迷うことはない。非常にいいものを貸してくれたものだ。
受け取った地図を懐に仕舞い込んでいると。
「しかし、その……大丈夫なのでしょうか?」
ジグザドスさんは少し不安げな様子で、そう尋ねてきた。
言外に『ザリとスウェンを連れたままで大丈夫なのか?』と言っていることは、すぐに読み取れた。
だから俺は彼が安心するように強く断言した。
「問題ありません。ゴブリンを相手にそれほど構える必要はありませんから」
相手は所詮最弱の種族。クエスト難度的には、最低のF級だろう。村にいるハンターなら、酒瓶片手にクリアできる程度のものだ。
「そうですか、その言葉を聞いて安心いたしました」
ホッと胸を撫で下ろすように、ジグザドスさんが吐息をついたのもつかの間。
彼はさらなる話を持ち出してきた。
「それと……先日は言いそびれてしまったのですが……」
「おや、何でしょうか?」
「もしやすると……。生贄として捧げられた村人を捕らえているのは、そのゴブリンやもしれません……」
「えぇ……、俺もその可能性は考えていました」
ゴブリンの存在を耳にした瞬間すぐに、その可能性には思い当たったが……口に出すことは躊躇われた。
(もし……ゴブリンが生贄を捕らえていた場合は……)
きっともう彼らは全員殺されてしまっているだろう。
ゴブリンは残忍で残虐……きっと散々遊び倒した後に、凄惨な最期を遂げることになったに違いない。……当然ながら、こんな推測をジグザドスさんに話すことはできない。
(できれば、そうあって欲しくはないものだが……)
俺は首を振り、マイナス方向へ傾きかけた思考を切り替えた。こんなところで頭を悩ましたとて何にもならない。物事を解決するためには、原始的だが足を動かすことが一番だ。
「それでは、行ってまいります。遅くても夕方ごろまでには帰りますので、ご安心ください」
「承知致しました。どうかお気を付けて、行ってらっしゃいませ」
そうしてジグザドスさんと別れた俺たちは、今度こそ森へと向かう。
「地図も手に入れられたことだし――それじゃ行くか」
「あいー」
「はいっ!」
「は、はいっ! 足を引っ張らないよう、頑張りますねっ!」
頼もしい返事をもらったところで、俺たちは森の中へと入って行った。
■
それからしばらく地図を頼りに、獣道を進んでいく。
今回はザリの他にスウェンもいるので、いつもよりゆったりとしたペースで歩く。
時折休憩を挟みながら、進むこと約一時間。
「ふむ……あそこだな……」
ようやく前方に目的地らしき洞窟が目に入った。
見るからに陰鬱な空気が漂う、薄暗くジメジメした洞窟。いかにもゴブリンが好みそうな場所だ。
聴覚に意識を集中させ、少し中の様子を窺ってみると。
(……いるな)
洞窟の内部にいくつもの足音を捉えた。
しかし、幸運なことにそれほどの量ではないな。これならばリューの出番は無いだろう。
そんなことを考えていると、ザリが恐る恐るといった感じで問いかけてきた。
「お言葉ですがジン様……。本当にその武器でも大丈夫なのでしょうか……?」
彼は何やら俺が背負っている大剣を気にしているようだった。
「ん? どういう意味だ?」
「いえ……その……。奴等の住処は狭い洞窟の中ですから、ジン様の大剣では自由に戦闘ができないのではと思いまして……」
「あぁ、それならば問題ない。今回は大剣を使うことはないからな」
「えっ……。と、言いますと……?」
「これだこれ」
そう言って俺は力こぶを作って見せた。
「これって……まさか、素手ですかっ!?」
「おぅとも。ゴブリンを狩るのにわざわざ武器など必要ないからな」
ゴブリンは最弱の種族であり、あんな小物を狩るのに大仰な武器など必要ない――素手で十分だ。
「それに洞窟内だからといって大剣を振るうのに支障はないぞ?」
「ど、どういうことでしょうか……?」
「簡単なことだ。敵を周囲の壁ごとを叩き斬ればいい」
そもそも土の壁すら切断できないものは、まだまだハンターとしては半人前もいいところ。そんな状態で危険な討伐クエストを受けるのは、あまりに危険過ぎる。基礎である武器の素振りをし、しっかりと鍛錬を積まなければならない。
「さ、さすがは大英雄……勉強になりますっ!」
ザリは興奮した様子で尊敬の眼差しを送る一方で、スウェンは少し不安げな顔をしていた。
「じ、ジン様? えっとその……まずはお話し合いをしてくれるのですよね……?」
彼女は心配そうに尋ねてきたが、そこは安心してほしい。
「あぁ、もちろんだ。安心してくれ、約束はしっかりと守る」
そうして優しく笑いかけると。
「あ、ありがとうございます」
ホッとしたのか、彼女は年相応の柔らかい笑みを浮かべた。
おそらく向こうはお構い無しに襲い掛かって来るだろうが……最初のうちは殺さない。ここの部族を束ねる族長と会話を試み、どうしても戦闘が避けられない場合のみ狩るつもりだ。
(とはいうものの……おそらく全て狩ることになるんだろうけどな……)
別にスウェンのことを信用していないというわけではないが、俺にはどうしても信じられなかった――彼女の言う『いいゴブリン』という存在が。
(まぁ、それは置いておくとして……少し静かだな)
俺は先ほどから、少し黙り気味なリューの方に目をやると。
「くぁあ……っ」
とてつもなく大きなあくびをしていた。
「大丈夫か、リュー?」
「うん……ちょっと眠いだけ……っ」
彼女はそう言いながら、ゴシゴシと目元をこすった。
最近は何とか朝型の生活を送ろうとしているリューだが、元々はかなりの夜型。今はまだ早朝ということもあって、睡魔と戦っているようだ。。
「少し日向ぼっこでもするか?」
「んーん……大丈夫……」
「そうか」
リューはこう見えて切り替えの上手な子だ。今はぽわぽわとしているが、いざゴブリン狩りとなったときには、しっかりザリとスウェンを守ってくれることだろう。
彼女の頭をポンポンとたたき、頭をゴブリンの方へと切り替える。
(しかし、話し合いか……言葉が通じる種族だといいんだがな)
一口にゴブリンといっても奴等の種類は豊富だ。
地域によっては小鬼とも呼ばれる、ゴブリン種の中でも最弱のゴブリン。
一回り体が大きく、より好戦的な気質を持つホブゴブリン。
高度な知恵を持ち、部族を率いることも多いゴブリンシャーマン。
ゴブリンを統べるゴブリンであり、オーク並みの巨躯と並外れた腕力を有するゴブリンキング。
(理想を言うなら、早々に『シャーマン』か『キング』クラスが出てくれることが一番望ましいな)
この二匹は知能が高く、ほぼ間違いなく話し合いをすることが可能なはずだ。
(手加減をするにも、やはり限界というのものがあるからな……)
うっかり力んで殺してしまう前に、早いところ話の通じるゴブリンが出てきてくれると助かる。
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