十一、ゴブリン狩りの準備
その翌日。
「……よし準備は万端だ」
朝メシは森の中にいたモンスターの肉をたらふく食べた。広い森の中で伸び伸びと運動していたのだろう、健康的な赤身が非常にうまかった。
腹も満タン。睡眠もばっちり。天気は快晴。
(――絶好のゴブリン狩り日和だ)
そうして身支度を整えた俺は、囲炉裏の前に敷いてあるゴザの上で、気持ちよさそうに寝転がっている彼女に声をかけた。
「リュー、そろそろ行くぞ」
「ふわぁ……あいー……」
彼女は大きな欠伸をすると、全身を猫のように伸ばしながら返事をした。
「あっ、もう行くのー? ゴブリンを食べに行くんだよねーっ!」
するとそれに気付いたスラリンが、嬉しそうに俺の周りをグルグルと回った。
「あー、それなんだが……。今回スラリンは村の警護を頼む」
「え、えーっ!? 何で、どうしてリューだけ!? リンも行きたいっ!」
頬を膨らまして抗議の声をあげる彼女に対し、俺は静かに首を振る。
「いつグラノスたちが襲って来るかもわからんからな、誰かが村の警護をしなくちゃならんのだ」
「そ、それならリューでも十分だよ! おんなじ龍なんだからさっ!」
するとリューは待ってましたと言わんばかりに、勝ち誇った顔で答えた。
「私にはもしもの時の……大役がある……っ!」
「あまりにもゴブリンが多いときは、リューの<龍の息吹/ドラゴンブレス>で辺り一帯を吹き飛ばす――昨日、お前も聞いていただろう?」
一匹一匹の力は弱いゴブリンは、徒党を組んでもこれまた弱い。しかし、五万十万規模になられるとさすがに一人で狩るのは骨が折れる。
「そ、そんなのリンにだってできるよ! 全部食べちゃえばいいだけでしょ!?」
「それはそうなんだが……スラリンは加減が苦手だろう?」
そう指摘すると彼女のアホ毛は、みるみるうちに萎れていった。
「うっ……そ、それは……っ」
前に一度、あまりに大量のゴブリンがいたのでスラリンの力を借りた時があったが……結果は散々なものだった。超巨大な体を上手に使い、ゴブリンの巣穴を丸のみしたところまではよかったのだが……。少し張り切り過ぎてしまった彼女は、「まだ残り物があるかもしれないっ!」と、周囲の山をところ構わず食べ始めたのだ。
それに加え、俺に隠れてこっそりと足元の土をおいしく食べていたようで……。結局、とんでもない深さの穴がいくつもできて、後処理に膨大な時間がかかった。
その点リューは力加減が上手だ。環境に甚大な被害が与えない程度の、強過ぎず弱過ぎない――程よい火力でゴブリンを殲滅してくれることだろう。
「まぁ、そんなわけで今回はリューを連れて行く」
「うぅ……わかった……」
不承不承と言った様子でスラリンは引き下がった。
(ふむ……少しフォローを入れておくか)
あまり彼女の元気の無い姿を見るのはつらい。それにこれは適材適所という奴だ。リューにはリューの、スラリンにはスラリンの良いところがある。
「――ただ勘違いしてはいけないぞ、スラリン」
「……な、何を?」
「村の護衛だって、他の誰にも任せられないとても重要な仕事だ。俺がこうやって安心してゴブリン狩りに臨めるのも、お前がこの村に残ってくれるからなんだぞ?」
「そ、そうなの……?」
「あぁ、そうだとも」
スラリンの強さは、実際に戦った俺が一番よく知っている。
が、いつものようにこれだけは言っておかなければならない。
「ただ、もしグラノスが襲ってきたときは、絶対に一人で戦おうとするなよ? すぐに人化を解いて俺を呼ぶんだぞ?」
『可能な限り一対一の戦闘は避けること』――これはスラリンとリューに口が酸っぱくなるほど言い聞かせていることだ。
確かに二人はそれぞれ『暴食の王』『破滅の龍』と呼ばれる伝説上の存在。並みのモンスター相手に後れを取るとは思えない。
(しかし、戦闘には『相性』が存在する)
俺だって苦手とするモンスターは存在するし、二人が苦手とするモンスターがいることも俺はちゃんと知っている。グラノスとその取り巻きの情報がない今、一人っきりで戦うのはあまりに危険だ。
「う、うんっ! わかったっ! それじゃリンがここを守ってるから、ジンは安心して行ってきて!」
「あぁ、ありがとう」
フォローの甲斐もあってか、少しは元気を取り戻してくれたみたいだ。よかったよかった。
俺が優しくスラリンの頭を撫ぜていると。
「あの、私たちはどうすればいいのでしょうか?」
アイリが困った顔で問いかけてきた。
おそらく魔法が使えないために、付いて行けばいいのか、それとも村に残った方がいいのか困っているのだろう。
一方のヨーンは全く乗り気ではないようで、柔らかいゴザの上で「あたしは行きたくなーい……」と気持ちのいいほどはっきりと意見表明していた。
「ふむ……そうだな、今回は留守番を頼んでいいか?」
今日はおそらく――いや、間違いなくゴブリンを殲滅することになる。かなり血生臭い仕事になるため、アイリとヨーンは来ない方がいいだろう。
「わかりました。それではジンさん、くれぐれもお気を付けてくださいね」
「行ってらー」
「あぁ、ありがとう」
二人に挨拶をすると、今度はスラリンがギュッと抱き着いてきた。
「早く帰ってきてね、ジン!」
「あぁ。すぐに帰って来るから、少しの間待っていてくれ」
そうして俺は、リューを連れて仮の宿を後にした。
■
外に出たところで、リューが「あっ」と声をあげた。
「ところでジン……ゴブリンはどこにいるの……?」
「ふむ、確かジグザドスさんは祭壇の近くに住処があるとか言っていたっけか……」
おそらく祭壇近くまで行けば、足音や臭いでわかるとは思うが……。
「……そうだな、ひとまず彼の家に行って詳しい場所を聞いてみようか」
「あいー」
もし俺の聞き間違いだった場合は、かなりの無駄足になってしまう。ゴブリンの住処を聞くだけなら、十分もかからない。念には念をということで、一応確認しに行った方がいいだろう。
そうしてジグザドスさんの家へと向かう途中。
「あっ、ジン様っ!」
「おはようございます、ジン様!」
偶然、ザリとスウェンに出会った。
「あぁ、おはよう。どうしたんだ二人して?」
「いえ、今からジン様にお会いしに行くところだったんですよ」
「ん、俺に何かようか?」
すると二人はお互いに目を合わせ、ほとんど同時にコクリ頷いた。
「ジン様……何というか、その……俺たちも連れて行ってはもらえないでしょうか?」
「ど、どうかお願いします」
二人はガバッと勢いよく頭を下げた。
「それはゴブリン狩――ゴホン。……ゴブリンとの話し合いにか?」
「「は、はいっ!」」
「ゴブリンさんもきっと私のことを見れば、思い出してくれると思うんですっ!」
「ふむ……」
そういえばスウェンは昔、ゴブリンに助けられたと言っていたな……。本当かどうかはかなり怪しい話だが、大きな恩を感じていることは間違いなさそうだ。
「あぁ、別に構わないぞ」
今回は俺一人で行く訳ではない、心強い仲間が、リューがいる。
俺が前線に出て、彼女には二人の護衛をしてもらえば問題ないだろう。
「「あ、ありがとうございますっ!」」
二人は感激した様子で、とてもいい笑顔でお礼を言ってきた。
「気にするな。――ところで、ジグザドスさんの家に寄ってから、すぐにここを発とうと思っているんだが、準備はもうできているのか?」
「はい、ばっちりです!」
「わ、私も最低限の備えを持って参りましたので……っ!」
ザリは腰に差した刀に手を添え、スウェンは懐から緑色の丸い玉をのぞかせた。少し嗅覚に意識を集中させれば、その玉から放たれる鋭い草の匂いに気付いた。
(ふむ……モンスターが嫌がる薬草か何かが練り込んであるな……)
モンスターの多いこの世界における自衛手段的なものだろう。頼もしい限りだ。
「そうか、それなら早速ジグザドスさんの家に行くとしよう」
「「はいっ!」」
「あいー」




