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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第五章:モンスターだらけの世界

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十、絶対に許してはならない敵


「お、おぉ……っ」


 俺が大英雄であると強く断言したことにより、ジグザドスさんの瞳に大きな希望の光が宿った。同時に時折どこか不安気な色が見え隠れしていたザリとスウェンも、完全に安心しきったようだ。


(ふむ……これで少しは落ち着いてくれるだろう)


 当然ながら、自分が大英雄だとなんて一ミリたりとも思っていない。俺はどこにでもいる普通のハンターだ。それも旬の過ぎたおっさんの。


(嘘をついたことになってしまうが……やむを得まい)


 過度な不安やストレスは人の心を蝕み、正常な思考を狂わせる。グラノスという絶望を前にして、心の折れかかった彼らには『大英雄』という薬が必要だ。


「だが、そうなるとやはり……。儂は間違っていたのか……っ」


 ジグザドスさんは歯を食いしばりながら、絞り出すような声でつぶやいた。


「あのとき伝承を嘘っぱちだと決めつけなければ……もっと、いくらでもやりようはあったはず……っ」


 彼の口からは悔恨の言葉が漏れ出した。しかし、いくら過去を悔やんでもどうにもならない。幸せな未来のためにも、今すべきことをしなければならない。


 それに――。


「……ジグザドスさんは悪くないですよ」


 彼の心の闇を晴らすよう、優しく声をかけた。


「今、なんと……?」

「伝承を信じるか否か。それを選択するとき、どちらが正しい答えなのかは、誰にもわかりません」


 その選択が正しいかどうかは、結果が出るまでわからない。――いや、その「結果」が本当に「最後の結果」かどうかさえもわからない。短いようで長い人生だ。紆余曲折があり、自分の選択がどこにどう影響を及ぼすかわからない。


「ただ――ジグザドスさんは、そんな極限状態の中でも村を守ろうと必死にもがいた。その先に今があるんですよ」

「……お気遣い、ありがとうございます」


 そう言って彼はペコリと頭を下げた。

 まだ自分の中での区切りがついていないのだろう。


(さて、それではそろそろ本題に入るか……)


 本人に直接これ(・・)を聞くのは少しデリカシーに欠けるが……とても大事なことだ。きちんと確認しておかなければならない。


「ときにジグザドスさん。……あなたはその孫娘さんの遺体をその目で見ましたか?」

「……っ。い、いえ、見てはおりません……」

「ふむ……やはり(・・・)そうですか……」

「ど、どういうことですか……っ!?」


 答えを予測していたかのような俺の口振りに、彼は目を向いて食いついてきた。


「いえ、ただあの祭壇があまりに綺麗だったものですから。『もしかすると』、と思ったんですよ」

「も、『もしかすると』とは……もしや!?」


 その意味するところを素早く理解した彼は、喉を震わせながら問うてきた。


「もしかすると――まだ生きているのではないか、ということです」

「そ、それは本当ですかっ!? ぜひ詳しくお聞かせくださいっ!」

「もちろんです」


 そうして俺は、自分の予想を語り聞かせた。


「生贄を捧げる祭壇。あそこには死体もなければ、血の跡もない。――つまり、あの場で生贄は殺されていません」


 そこは間違いない。意識を集中させて匂いも嗅いでみたが、全くと言っていいほど血の匂いがしなかった。


「し、しかし、ジン様。奴等が巣に持ち帰ってから……その、食べた……。ということも考えられるではないでしょうか……?」


 ザリが素直な疑問を口にしたが、俺はすぐさま首を横に振る。


「いや、その可能性は限りなく低い。飛龍種のような食物連鎖の頂点に立つモンスターは、堂々とした振る舞いをする。コソコソと自分の巣穴に獲物を持ち帰ってから食べるような真似はしない」

「な、なるほど……」


 S級クエスト扱いのモンスターはみなそうである。わざわざ巣に――安全地帯に持ち帰って食うようなせせこましい真似はしない。もっと堂々と、まるで見せびらかすようにその場で食い散らかすのだ。

 すると今度は、スウェンが質問を投げかけてきた。


「で、では、生贄に捧げられた人がいなくなっているのは何故でしょうか?」

「ふむ……十中八九どこかに囚われていると見ていいだろう。言語を理解するほどの高度な知能を持つモンスターは、強い支配欲を持つことが多いからな」


 そこまで説明したところで、


「……もしや、奴等(・・)の仕業か?」


 真剣な顔つきのジグザドスさんがポツリとそう呟いた。


「……『奴等』? ジグザドスさん、何か心当たりがあるんですか?」

「は、はい。実は、あの祭壇の近くにはゴブリンの巣がありまし――」

「な、何だとっ!?」


 今、俺の聞き間違えでなければ、とんでもない種族の名を耳にしてしまった。


「じ、ジン……?」

「……何か……あった?」

「ゴホッゴホッ!? ちょっ、おっさん! 急に大きな声出さないでよっ! 喉に詰まっちゃうじゃん!」


 突然俺が大声を出したために、後ろでメシを食っていた三人が驚かせてしまったようだ。隣に座っているアイリも目を丸くしながら、こちらを見つめている。


「ご、ゴブリン……だと? 今、ゴブリンと、そう言いましたか……っ!?」


 ジグザドスさんを問い詰めると、彼は無情にもコクリと首を縦に振った。


「は、はい……っ! 確かにそう言いましたが……ゴブリンがどうかしましたか?」


 地面がグラリと揺れたような奇妙な衝撃に襲われた。


(まさか……そんな……。…………いや、異様にモンスターの多いこの世界。もしかしたら……とは思ってはいたが……。本当に存在するとは……っ)


 俺は念のために、もう一度同じ質問をする。


「ゴブリンが……いるのですね?」

「は、はい。祭壇の近くに奴等の住処があったはずです。そ、そうだな、ザリ、スウェン?」


 彼は確認を取るように視線を向けると、二人はコクコクと頷いた。


「何という……ことだ……っ」


 その会話を聞いていたスラリンとリューは、納得したとばかりに頷いた。


「あー、ゴブリンがいたのかー……」

「それは……仕方がない……」

「スラリンさん、リューさん、いったいどういうことですか?」

「なになに? 二人は何か知ってるの?」


 事情を知らないアイリとヨーンが、スラリンたちに説明を求めていた。


「ジンはゴブリンが大っっっ嫌いだからねー」

「絶滅するまで……狩り尽くした……」

「そ、そうなんですか……?」

「ほへー、それは初耳」


 ザリたちもその説明に耳を傾けていた。


「確か何度も何度もジンの家に入って、盗みを働いたんだっけ?」

「その通り……。全くもって……命知らず……」


 ……あぁ、思い出しただけで頭に血が登る。


 防具づくりのためにかき集めたモンスターの素材。

 とっておきにと隠しておいた酒。

 老後の備えとして貯めていた金貨。


(それを奴等は……何の躊躇いもなく盗んでいきやがった……)


 当然すぐさま住処を突き止めて全て狩り尽くしたものの……。希少なモンスターの素材や金貨は方々に散乱し、その全てを回収することはできず、大事な酒や肉は既に奴等の腹の中……。


(何より、そんな被害が一度や二度ではなかった……)


 奴等はいくつもの部族を構成し、各地に点在していたのだ。一か所、二か所の巣を潰したところでは何の意味もない。奴等の繁殖能力は凄まじい。放っておけば二、三か月もしない内に、新たな部族が生まれてしまう。


 あまりの被害に我慢の限界を迎えた俺は仕方なく、日夜ゴブリンの討伐クエストを受注した。


(確か丸々ひと月ほど、ひたすらにゴブリン狩りに勤しんでいたんだったか)


 ギルド長であるタールマンさんの協力もあって、俺は無事に全てのゴブリンを狩り尽くした。

 しかしまさか、こんな異世界に来てまで俺の前に立ち塞がるとは……。


「ゴブリンは……いけない」


 この世界に存在する全てをとまでは言わないが。この村の周辺の区域のゴブリンは全て狩り尽くすべきだ。奴等は無駄に狡猾であり、大罪を仕留める際の障壁にもなりかねない。


「……まずは奴等を狩りましょう。グラノスはその後です」

「し、しかし、ジン殿……。奴等は力こそ大したこと無いものの、凄まじい数がいますぞ?」


 ハンターという職業を知らないジグザドスさんからすれば、少し不安もあるやもしれない。が、しかし、そこは安心してほしい。


「問題ありません。ゴブリンなど百匹いようが千匹いようが物の数に入りませんので」


 極稀に新人ハンターがゴブリンの群れに襲われて死亡する場合もあるようだが……。それは自業自得だ。ハンターの討伐対象には、村一つ丸飲みするような砂鯨や飛龍を好んで食す空鯉といった化物もいる。子どもほどの力しかないゴブリンを相手にやられているようでは、ハンター業は務まらない。


「それと、もし万が一ゴブリンの数が十万を越えていた場合は、その辺り一帯を更地にさせていただきます。――リュー、頼めるか?」

「あいー」


 さすがに十万ものゴブリンを狩り切るには、少し時間がかかり過ぎる。それに方々へ逃げられた場合は厄介だ。そういう時はリューの<龍の息吹/ドラゴンブレス>で、奴等の住処を跡形もなく消し飛ばすのが効果的だ。


「え、えぇ、それはもちろん構いません」


 そうしてジグザドスさんの了承を取り付けたところで――。


「ま、待ってください!」


 突然スウェンが大きな声をあげて立ち上がった。


「ご、ゴブリンさんたちを……殺さないでくださいっ!」

「……何だと?」


 俺が視線やると、彼女は必死に事情を説明し始めた。


「ご、ゴブリンさんたちは、本当はとっても優しいんです! いいゴブリンさんなんですっ!」


 ……『いいゴブリン』……だと?


「そんなものはいない。ゴブリンはみな等しく悪だ」


 あいつらは醜悪で下劣で――人が大事にしているものを奪う下種な種族だ。『いいゴブリン』なんて、この世にいるはずがない。


「い、いるんですっ! だって、昔私が森で怪我をしたとき。ゴブリンさんは手当てをして、村まで送り届けてくれたんです……っ。この森のゴブリンさんたちは、いいゴブリンさんなんですっ!」

「ゴブリンが人間の手当てを……?」


 にわかには信じ難い。

 ゴブリンが手負いの人間を――それもスウェンのような女子どもを見逃すこと何て、ましてや治療をするなんぞ考えられない。


「ですから……っ。どうか、どうかお願いします……。ゴブリンさんと、せめて一度だけでもお話ししてくれないでしょうか……っ」


 そう言って彼女は深く深く頭を下げた。 


「お、俺からもお願いする……っ。ジン様、この通り――どうかお願いだ……っ」


 ザリもそこへ加わり、一対二のような形になってしまった。


「……ぬぅ」


 ここで二人の提案を突っぱねるのは簡単だが……。ここでそれをするのは何だか大人げが無いように思われた。それにスウェンのあの必死な態度……もしかすると本当に……。


(………………いや、ないな)


 人のものを奪って悦に浸る――そんな性根の腐った奴等は悪だ。いいゴブリンなんてものは存在しない。


 ……とはいうものの、ここまで頼み込まれては仕方がない。


「はぁ……わかった。一度だけ……一度だけ、話しをしてみよう」

「あ、ありがとうございますっ!」

「よかったな、スウェン! ジン様の慈悲深さに感謝だな!」

「うんっ! それと、ザリもありがとうねっ!」


 若い二人が笑顔になったことで、温かく和やかな空気が流れる。


「さてそれでは明朝ここを発ち、ゴブリンを殲滅……ではなく話し合いに向かう。ということでいいですね?」

「はい、よろしくお願いいたします」


 ザリたちはそう言ってペコリと頭を下げた。


「では、俺たちは一度これで失礼します」


 そうして俺はスラリンたちを連れて、仮の宿へと戻った。


(一応話し合いという体にはしてあるが……どうせ奴等とまともな会話などできるはずがない……)


 気を引き締めていこう。

 一匹たりとも逃がしてはならない。



 明日は――ゴブリン狩りだ。



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