八、こういうときのスラリン先生
軒先にて、俺がジグザドスさんとの話し合いに応じると。
「――まず初めにお詫びをさせていただきたい。先ほどは……伝承にある大英雄に対して大変失礼な物言いと態度をしてしまいました。本当に……申し訳なかった」
彼は突然、腰を深く折り曲げて頭を下げてきた。
「いえいえ、気にしないでください。この村には何やら複雑な事情があるようですし、俺は何とも思っていませんよ」
「おぉ……っ。寛大なお心に感謝いたします」
そうして再び頭を下げたジグザドスさんは、俺にとある話をもちかけた。
「そこでお詫びの印と言ってはなんでございますが……。儂の家で祝賀会を開かせていただければと思っております」
「祝賀会……?」
「はい。あの試しの剣を引き抜かれたジン殿は、間違いなく古くから伝わる大英雄に相違ありません。その大英雄の降臨を祝うための会でございます。もちろんジン殿のお連れの方もご一緒に」
「ふむ……」
祝賀会というからには、当然メシも用意されているのだろう。
(悪い話ではないな……)
わざわざモンスターを狩る手間が省けるうえに、ジグザドスさんから話を聞くことができる。それに何よりこれは、少しこじれてしまったお互いの関係を修復するいい機会だ。
(せっかくの誘いでもあるし、お招きにあすかるとするか)
俺がそんなことを考えていると。
「どうかなされましたか、ジンさ、ま……っ!?」
心配した様子のザリが玄関口から顔をのぞかせた。どうやら先の会話が少し、家の中にも届いていたようだ。
「じ、ジグザドス! いったい俺の家に――いいや、ジン様に何の用だ!」
「ふんっ! 儂はただ先のお詫びも兼ねて、祝賀会を開こうとしているだけじゃ!」
「祝賀会……? それならば、俺とスウェンも参加させてもらおう!」
「何じゃと……?」
「当然だ。お前がジン様にあらぬことを吹き込むやも知れんからな!」
「何をふざけたことを……っ。いや……まぁ、よいか……。今回だけは特別だ……許可してやろう」
一瞬だけ露骨に不快気な様子を見せたジグザドスさんだったが……。どういうわけか素直に身を引き、二人の同行を認めた。
「さて、それではジン殿。儂の家はこちらでございます。どうぞこちらへ」
そうして俺は、スラリンたちとザリと一緒にジグザドスさんの家へと向かった。
■
その後、ジグザドスさんの家に着いた俺たちは、彼に言われるがまま床に敷かれているゴザへ座った。
「それでは――儂は今から料理を作って参りますので、もうしばしお待ちください」
優し気な笑みを浮かべたジグザドスさんは、腕まくりをしながらそう言った。
「おっと、それでしたら俺もお手伝いしますよ」
一人より二人で作った方が早い。それに俺は料理が嫌いではない。どちらかというと好きな方だ。
そうしてその場で立ち上がると。
「い、いえいえ、それには及びませんぞっ! ジン殿は此度の会の主役――どうかごゆっくり、おくつろぎください!」
ジグザドスさんは慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「そ、そうですか……?」
「はい、料理に関しては全て儂に任せてくれれば幸いでございます!」
ふむ……調理場に入られるのを嫌う人もいると聞くし……。
せっかくの好意だ。ここは大人しく引き下がるのがよいだろう。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「え、えぇ! お任せください!」
そうして自信満々といった様子で、ジグザドスさんは奥の部屋へと向かっていった。
それから待つこと約十分。
「――大変お待たせいたしました」
器用にもたくさんの皿を手にしたジグザドスさんが、奥の部屋から戻ってきた。
「ちょっと前を失礼して――」
そう言いながら彼は、俺たちの前にいくつもの皿を並べていく。
(ほぉ……こいつはいいにおいだ)
脂の乗った肉厚のステーキが皿の上で強く存在感を放ち、部屋中に濃厚なにおいが充満する。
それだけではない。
他の皿には、色とりどりの野菜や果実が目を楽しませ、同時に強く食欲を刺激する。
「お、おいしそーっ!」
「……じゅるり」
先ほどからお腹を鳴らしていたスラリンとリューが、今にも飛び掛かりそうな勢いで皿を凝視する。
その一方で、アイリは一人悩まし気な表情を浮かべていた。
「おいしそう……ですが……。これ以上食べるわけには……っ」
食欲自体はあるようだが、何か問題を抱えているらしい。
俺が「どうしたんだ?」と声をかけようとしたそのとき。
「そうだねぇー……。最近アイリはけっこうきてるからねー……ほら」
そう言ってヨーンはアイリの下腹のあたりをムニッとつまんだ。
しかし、それほどしっかりとつまめているわけではない。指先だけでギリギリつまんでいる程度だ。
不意に下腹部をつままれたアイリは、顔を真っ赤にして――何故かすぐに俺の方を見た。当然、先ほどから彼女のことを気に掛けていた俺とばっちり目が合ってしまう。
すると彼女はまるで何でも無かったかのようにニッコリと笑うと、
「……ヨーンさん、覚悟はできていますね?」
次の瞬間には額に青筋を浮かべ、凍てつくような目でヨーンを睨み付けていた。
「ご、ごめんって……っ!」
「そんな悪いことばかり言うお口は――こうですっ!」
そうしてヨーンの頬っぺたをギューッと左右に引っ張った。
「い、いふぁい、いふぁいよっ!? ひっはらないでっ!?」
ほぅ、思ったよりもよく伸びるな……。中々に弾力性に富んだ頬っぺただ。
「いいですかー? 次にジンさんの前でこんなことをすれば……許しませんからねー?」
「ひょ、ひょうかい……っ!」
俺がそんな二人の微笑ましいやり取りをぼんやりと眺めていると。
「ねぇー、早く食べようよー!」
「もう……我慢できない……っ!」
スラリンのアホ毛がせわしなく動き、リューも腰の羽をパタパタとはためかせていた。
「あぁ、そうだな」
せっかくの出来立てほやほやの料理だ。冷めないうちにいただいてしまおう。
俺が顔を上げジグザドスさんの方を見やると、彼は笑顔のままコクリと頷いた。
「よし、それじゃ――」
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
食前の挨拶を済ませたところで、俺は早速ちょうど目の前にあった骨付き肉を手に取り、かぶりつこうとしたその時。
――何とも言えない、奇妙なにおいがした。
「……待てっ!」
俺は大声を張り上げ、食事をやめるよう警告を発する。
「ど、どうしたの、ジン?」
「好みじゃ……無かった……?」
普段とは違うきつい口調だったためか、スラリンもリューもアイリもヨーンも――みんな目を丸くしてこちらを見ていた。
「じ、ジンさん……? どうかされたのでしょうか?」
「何だよー、いきなりでかい声を出すからびっくりしたじゃん」
幸いにもザリとスウェンを含めた全員が、まだ料理に口をつけていないようだった。
「ど、どうかされましたか、ジン殿?」
ジグザドスさんは少し挙動不審な様子で、こちらを心配してきた。
「……いえ」
ここで間違った判断を下すわけにはいかない。
俺は念のためにもう一度、目の前の肉に鼻を近づけた。
(すんすん……っ。……やはり、おかしい)
この肉……何か妙なにおいがする。
(あのとき……ザリの家の前で見たジグザドスさんの目……)
どこか濁った、黒いモヤがかった怪しい目。
そして現在のこの挙動不審な態度。
(……何か『ある』な)
長年ハンター業をし、常に死と隣り合わせの生活を続けてきた俺の勘が警鐘を鳴らしている。
こういう時は――先生の出番だ。
「スラリン、悪いが先に食べてくれないか?」
「え、いいのっ!?」
アホ毛をピンと立たせたスラリンが、満面の笑みを浮かべた。
「あぁ、是非とも頼む」
「ぃやったー! いっただっきまーすっ!」
そうして彼女は、目の前の分厚いステーキ肉を本当においしそうに頬張った。
「んーっ! おいしーっ!」
もにゅもにゅと幸せそうに咀嚼するスラリンの口が――突然ピタリと止まった。
「……ん? でもこれ……毒が入ってるね」
彼女はケロッとした様子で、とんでもないことを口にした。
「「「「「なっ!?」」」」」
俺とリューを除いた全員が、驚愕に目を見開いた。
「……やはりか」
出来れば外れて欲しかった予想が、ピタリと当たってしまった。




