七、男の料理と来訪者
ザリの家は、この村に他のものと同様に竪穴住居のような大きな家だった。
木製の扉を開けた先は、大きな部屋になっていた。中心には囲炉裏があり、その周囲には藁でできたゴザが敷かれている。その他にも木製の棚や保存用の甕などなど、生活必需品である家具が部屋の隅に置かれており、何というか非常に落ち着いた感じの部屋だった。
「さぁ、ジン様。何もないところですが、どうぞおくつろぎください」
そう言ってザリはニッコリと笑った。
「それじゃ、失礼して」
俺はゴザの上に胡坐をかいて座った。それを皮切りに、スラリンが女の子座りでペタンと座り、リューが静かに三角座りをし、アイリは正座を少しだけ崩したような形で座った。
そんな中、
「ふへぇー、疲れたー……」
ヨーンは一人、だらしなく寝転がった。
「こらこら、行儀が悪いぞ、ヨーン」
いくら「くつろいでくれ」と言われていたとしても、ここは人様の家――最低限の礼節というものがある。我が家とは違うのだ。
「……はーい」
するとヨーンは不承不承といった感じでではあるが、素直に女の子座りをした。
人の注意を素直に受け入れることは存外に難しい。渋々とはいえ、ちゃんと自分の行いを改めたヨーンは立派だ。
「よしよし、偉いぞ」
俺が彼女の頭をわしわしと撫ぜてやると。
「べ、別に偉く何かないし……っ」
ヨーンは少し顔を赤らめながら、ぷいっとそっぽを向いた。
(しまった……。リンもゴロンってすればよかった……っ!?)
(ヨーンは意外と……策士かも……っ!?)
(うぅ……何だか、この世界に来てからジンさんにあまり触れられていない気がします……)
俺がヨーンとそんなやり取りをしていると、スウェンさんがゴム紐で髪を後ろにまとめ始めた。
「それでは私とザリはこれから、おもてなしの料理を作ってまいります。少々お待ちくださいね」
「ジン様! とびっきりの――男の料理をお見せしますので! ぜひともご期待くださいっ!」
そう言ってスウェンとザリは、仲良く奥の部屋へと向かっていった。おそらくあそこに調理場があるのだろう。
「男の料理か……楽しみだな」
『男の料理』といえば、俺は丸焼きを想像してしまう。
(クエスト終わりに食うラグートンの丸焼き……。思い出しただけで、よだれがあふれてくるぞ……っ!)
あれだけ自信満々だったんだ。きっと期待してもいいのだろう。
「お肉かな? お肉かも? きっとお肉だよね!」
「男の料理と言えば……肉で決まり……っ!」
スラリンとリューは待ちきれない様子で、右へ左へと体を揺らしていた。
すると――。
「な、なにぃ……っ!?」
奥の部屋からザリの悲痛に満ちた大声が聞こえてきた。
「およ、何だろう?」
「ザリの……声だね……」
「ど、どうされたのでしょうか?」
「さぁ? あたしに聞かれてもー」
「ふむ……お前たちはここにいてくれ、俺が見てくる」
早足に奥の部屋へ向かうとそこには、膝を付きうなだれるザリの姿があった。
その隣には深刻な顔つきをしたスウェンがただずんでいる。
「二人とも、どうしたんだ?」
彼らの元へ駆け寄り、事情を聞くと。
「も、申し訳ございません……っ。俺としたことが……」
ザリはかすれた声で口を開いた。
「肉を……切らしておりました……っ」
「……え?」
「申し訳ございません……。スウェンを助けるために力をつけようと……。昨日、全て食べ尽くしてしまったのを失念しておりました……っ」
「そ、そうか……」
……どうやらあまり大したことではなさそうだな。
俺がホッとため息をついたのをどう捉えたのか、ザリは額に汗を浮かべながら立ち上がった。
「ぐっ……! かくなるうえは……今からモンスターを狩って参ります!」
「あーいやいや、そんなに気を使わないでくれ」
幸いなことについ先ほど飛龍の肉を食べたところだ。確かに小腹こそ空いているものの、我慢できないというほどではない。
「し、しかし……っ! せっかく足を運んでいただいたというのに、何のおもてなしもしないというのは……っ!」
どうやら彼は、中々実直で誠実な気質のようだった。
「そうだな……それなら肉の代わりに、この世界のことを聞かせてくれないか?」
「『この世界のこと』……ですか?」
ザリが不思議そうに首を傾げたところで、ようやく俺は自分の失言に気が付いた。
「あ、あぁ、すまない。『この地方のこと』だな」
「そう言えば……確かジン様はここより遥か遠くの村からいらしてたんでしたね」
「そ、そうなんだ! だからこの辺りのことはあまり詳しく知らなくてな。是非ともいろいろ話を聞きたいと思っていたんだ」
「わかりました。そんなことでよろしければ、いくらでもお話しいたします!」
「おぉ、そうか。それは助かる」
そうして俺はザリとスウェンとともに、みんなの待つ広い部屋へと向かった。
(ふぅ、危ない危ない……うっかりと余計なことを口にしてしまったな)
とにもかくにもいい具合に話が転んでくれた。
(一応今のところ、クエストは順調に進んでいるな……)
ザリとスウェンからこの世界のことを詳しく聞ければ、明日にでも大罪を狩りに行けるかもしれないぞ。
そんな楽観的なことを考えながら、元の部屋へ戻ると。
「ねぇ、ジン……お肉は?」
「お腹……ペコペコ……」
ほんの一、二時間ほど前に食べたばかりだというのに、二人はぐったりした様子でそう言った。どうやら『男の料理』への期待に胸を膨らませ過ぎた結果、激しく胃袋を消耗してしまったようだ。
「あー……それなんだが……。どうやら肉を切らしていたみたいでな。ちょっと今回はお預けだ」
「「………えっ?」」
よほどショックだったのか、二人は口を半開きにしたまま固まってしまった。
「すまないな。帰ったらすぐにメシにするから、もうちょっとだけ待っててくれないか」
「「………………わかった」」
少し長めの間があったが……二人はしぶしぶ頷いてくれた。
「アイリもヨーンも、すまないな」
「いえ、全然大丈夫です」
「あたしも、そこまでお腹空いてないしねー」
二人は実際さほど空腹ではなかったようで、軽く了承してくれた。
「よし。それじゃ早速だが、この地方のことについて話してくれると助かる」
するとザリは、頬をかきながらどこか困った様子で口を開いた。
「この地方のことですか……。え、えーっと……」
「っとすまない。質問があまりに漠然としていたな……。ふむ……まずはジグザドスさんが口にしていた『龍神様』とやらから聞かせて――」
俺がそこまで言いかけたところで。
ぐーっ。
何とも間の抜けた、腹の虫の音が部屋中に響いた。
するとすぐさまヨーンが呆れたように声をあげる。
「もぅー、アイリぃー? お腹空いたのはわかるけど、自己主張は控え目にねー」
「わ、私じゃありません! 変なことを言わないでくださいよ、ヨーンさん!」
顔を真っ赤にしたアイリが首を横に振りながら、すぐさまそれを否定する。
「じ、ジンさん! 私じゃありませんからね! 本当ですからねっ!?」
「あ、あぁ、わかっているさ」
音源はもちろん――あの二人のどちらかだ。
チラリと右後ろに視線をやるとそこには、部屋の壁に背をつけ、しょんぼりした様子で座っているスラリンとリューの姿があった。……今日のところは手短に話をまとめた方が良さそうだな。
「っと、すまない。まずはジグザドスさんが口にしていた『龍神様』とやら――」
俺がやや早口で同じ質問を口にすると。
ぐぐーっ。
これまた先ほどよりも一回り大きな音が響いた。
「もぅ、アイリ――」
「私じゃありません!」
「えー……何も言ってないのに、大きな声出さないでよー」
「うぅ……ひ、卑怯ですよ!」
ヨーンがいたずらっ子のようにケタケタ笑い、アイリは指を差してそれを糾弾していた。先ほどからのやり取りといい、二人は何だかんだで相性がいいようだ。
(しかし……このままでは話しにならないな……)
二人の大きな腹の音が鳴り響くこの部屋では、集中して情報を集めることができない。
(スラリンに保存してもらっている肉を出すか……? ……いや、わざわざ周囲に大量のモンスターがいるこの状況では、食料の無駄遣いになってしまうな……)
今でも耳をすませば、この村の周囲をうろつくモンスターたちの足音が聞こえる。その気になればほんの十分やそこらで肉を調達できるだろう。
(仕方ない……一度、メシにしてから出直すか……)
急がば回れ、だな。
別に今絶対にザリとスウェンから、話を聞かなければならないわけでは無い。晩メシを食べてからにでもゆっくりと聞けばいい。それからまた明日、この村の長であるジグザドスさんの元へ行くのもいいだろう。
「すまない、ザリ、スウェン。やはり先にメシにしようか思うんだが、いいか?」
「そ、それでしたら……っ! 今から俺がモンスターを狩りに――」
「――いや、ここは俺が行こう。夜の狩は危険だ。それにザリは、かなり体力を消耗しているだろう?」
あの独特な剣技……確か<瞬光斬>とか言ったか。よほど体に無理を強いる技なのだろう。あれを使用した後、彼が激しく消耗していたのを俺はしっかりと見ている。人間無理は良くないというものだ。
「ぐ……っ。す、全てお見通し、というわけですか……」
するとザリはがっくりと項垂れた様子で、静かにコクリと頷いた。
「それじゃ適当にモンスターを狩ってから戻ってくる」
「も、申し訳ございません……っ」
「お手数をお掛けしてしまい……本当にすみません……っ」
ザリとスウェンは恐縮しきった様子で二人して頭を下げた。
「気にするな。大したことをするわけじゃない」
ただ身内の腹が減ったから食料を調達してくるだけだ。
俺がスッと立ち上がると同時に、アイリもサッと立ち上がった。
「ジンさん、お気を付けてくださいね」
「あぁ、いつもありがとう」
彼女は俺がどこかへ出かけるときは、必ずこうして玄関口まで一緒に来てくれる。
「ふわぁ……別にゆっくりでもいいよ……」
どうやらヨーンは食欲よりも睡魔が勝っているようで、うつらうつらと船を漕いでいた。
「ひと様の家で寝るのは感心しないぞ、ヨーン?」
「んー……頑張ってみるぅ……」
彼女はどこか舌ったらずなしゃべり方で返事を返した。
「さて――それじゃサッと二、三匹仕留めてくるから、いい子にして待ってるんだぞ?」
「ジン、早く帰ってきてね……。これ以上お腹が空いたらリンは……リンは……っ」
「大至急で……お願い……っ」
「わかったわかった。それじゃ行ってくる」
そうして俺がザリの家から出たところで――予想外の人物と出くわした。
「おや……ジグザドスさん?」
そこにいたのは、先ほど俺が試しの剣を抜いたっきりどこかへ行ってしまったジグザドスさんだった。
「おぉ、やはりザリの家にいらしたんですね。ジン殿……とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「はい、それはもちろん構いませんが……。いったいどうなされたのですか?」
「えぇ、少々お話ししたいことがありまして……。少し、お時間をいただいても大丈夫でしょうか?」
そう言った彼の瞳には、どこか黒いモヤのようなものが見てとれた。
(これは……少し面倒なことになるやもしれんな……)
嫌な予感を覚えつつも、俺はひとまずコクリと頷いたのだった。




