四、飛龍とメシ
一分ちょっとでわかる、第五章のあらすじ。
モンスターのあふれる世界に転移したジン・スラリン・リュー・アイリ・ヨーン。
彼らは、ジンの並外れた聴覚を頼りに二人の原住民を発見することに成功した。
原住民の二人は、スウェンという女性を生贄に捧げることの是非について激しく言い争っていた。青髪の男ザリは、村の決定に背いてスウェンを助けるために祭壇へと向かう。
底なしのお人好しであるジンは、こっそりと彼の後を追う。
祭壇に着いたザリは、木製の檻に囚われたスウェンを発見する。
彼がスウェンを助けようとしたそのとき、真紅の飛龍が姿を現した。
飛龍は勢いよく祭壇に降り立つと、獰猛な唸り声をあげる。
「ギャロロロロロロ……ッ!」
やはり異世界。長年様々な飛龍を狩り続けてきたが、こいつは見たことのない種類だ。
サイズはそれほど大きくはない。ゼルドドンよりも一回り大きい程度の――小型と中型の間ぐらいだ。両翼と尻尾に生えた大きな棘。ギョロリとした大きな目。腹部には赤色の紋様が浮かんだり消えたりしている。
「ギャロロ――ギギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
唸り声は一転して、耳をつんざく咆哮に変わる。
機嫌が悪いことは誰の目にも明らかだ。
おそらく自身への捧げものであるスウェンを横取りされたと思っているのだろう。
「ざ、ザリ……っ! お願い、逃げてっ!」
自らも食われそうだというのに、彼女はザリの身を第一に考えていた。
(もしかすると二人は恋仲なのかもしれんな……)
二人を遠目に見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていると――。
「へ、へへっ……出やがったな、化物め……っ」
ザリは震える手で刀を握り、切っ先を飛龍の方へ向けた。
どうやら真正面から迎え撃つつもりのようだ。
「待ってろ、スウェン……。今からこのデカブツをかっさばいて、お前をそこから出してやるからな!」
「ダメっ! 早く逃げてっ!」
彼女の制止に耳も貸さず、ザリは雄叫びをあげて斬りかかった。
「ぅうぉおおおおおおお―――闘技<瞬光斬>!」
彼は先ほどと同様に奇妙な加速を見せると、
「はぁああああああああっ!」
独特な剣さばきで何度も何度も飛龍を斬り付けた。
しかし――。
「くそ……硬ぇな、おい……っ」
むなしくも彼の持つ刀の方が砕け散ってしまった。飛龍には傷一つない。
「はぁはぁ……ぐ、くそ……っ」
よほど無理をした動きだったのか。それとも既に体力が限界だったのか。
彼はその場で膝を付き、苦しそうに肩で息をした。
「ギギャギャギャギャギャァアッ!」
それを見下すように飛龍は聞き苦しい声で笑うと、その口を大きく開く。
「あー、ピンチってやつだ!?」
「ご飯に……なっちゃうね……」
「ジンさんっ!」
「おっさん、いいの? あれ死んじゃうよ?」
ここから祭壇まではかなり距離がある。人化した状態ではスラリンの影もリューの<龍の息吹/ドラゴンブレス>も間に合わないだろう。
(しかし、問題はない)
同僚のハンターが言うように、俺は何も近接戦のみの脳筋ではないのだ。
素早く背中の大剣を抜き放ち。
「――ぬぅんっ!」
それを一息に飛龍の首元目掛けて投擲した。
キイィィィンっという風を切る音が響き、
「ギャ……ロォ……?」
飛龍の首元に深々と大剣が突き刺さった。
奴は何が起きたのかも分かっていない様子で、その場でぐったりと倒れ伏した。
「ストラーイクッ!」
「一撃……だね……!」
「さすがはジンさん、素晴らしい精度です!」
「うわぁ……痛そー……」
スラリンたちが手放しに称えてくれるのに対し、片手をあげて応える。
(しかし、予想外だな……。貫通しないのか……)
骨が硬いのか、皮が硬いのか、はたまたそれとも肉が硬いのか。飛龍の首はいまだ繋がったままだ。
好奇心を刺激された俺は、スラリンたちを連れて祭壇を登っていく。
頂上には文字通り『首の皮一枚』繋がった飛龍が倒れ伏していた。その横にポカンと口を開けたザリが腰を抜かしたようにへたり込み、彼に寄り添うようにしてスウェンがしゃがんでいた。
「こ、これはお前が――いや、失礼。あなた様がやってのけたのですか……?」
信じられない。そう言いたげな目でザリはこちらを見た。隣のスウェンは震えながら、ザリの服の袖をギュッと握っていた。
「ん、あぁ。緊急事態だったのでな、手を出させてもらったんだが……まずかったか?」
もしかすると彼は、俺と同じハンターだったのかもしれない。偶然にもアイリとヨーンのいた世界には、ハンターという職業が存在しなかった。しかし、だからといってこの世界も同じだと決めつけるのは早計だ。
(もし彼がハンターだったのならば、俺は重大なマナー違反を犯したことになる……)
『ハンターのものに手を出してはならない』――子どもでも知っている、俺の世界の常識だ。
(少し浅慮な行動だったか……)
自らの甘い判断を反省していると、彼はブンブンと首を横に振った。
「い、いえ、とんでもございません! 命を救っていただき、ありがとうございました!」
どうやら俺の心配は杞憂に終わったようで、彼はスッと立ち上がり、礼儀正しく頭を下げてきた。
「俺の――いや、私の名前はザリ。この近くのユークリッド村出身で、畑仕事をしております」
ザリと名乗った青年は右目のあたりにモンスターに引っ掛かれたような傷があった。短く切り揃えられた青髪。茶色の貫頭衣をアレンジしたような服装だ。外見年齢は十代の半ばと言ったところであろうか。適度に鍛えられているようで、ひ弱な印象は受けない。
(なるほど、あの村はユークリッド村というのか……)
どうやら情報収集はうまくいきそうだな……。そんなことを考えていると、スウェンも慌てて立ち上がり自分の名を名乗った。
「わ、私はスウェンと申します。ザリと同じユークリッド村出身で、養蚕業をしております。さ、先ほどは助けていただき、本当にありがとうございました……っ」
そういって彼女はペコリと頭を下げた。肩口あたりで切り揃えられた黒髪、ユークリッド村で多くの人たちが着ていた白色の貫頭衣。外見年齢はザリと同じ十代半ばぐらいだ。
俺は二人の感謝の言葉に右手をあげて応える。
そう何度も何度もお礼を言われると、背中がむず痒くなってしまう。早くこちらの自己紹介に移ってしまおう。
「俺はジン。ここから遠く離れた村で、ハンターをしている者だ」
「ジン様……力強く雄々しい、素晴らしいお名前ですね……っ!」
「名前だけじゃないぞ、スウェン。鍛え上げられた強靭な足。あんな大きい剣を軽々と投げ放つ頑強な腕――まさに男の中の男だっ!」
「そ、そうか……ありがとう」
二人から畏敬の念が込められた熱い視線をひしひしと感じる。
その視線から逃れるように、俺はスラリンたちの自己紹介を始めた。
「え、えっと、そうだな……ゴホン。俺の仲間の紹介をしたいと思う。――こっちの青い髪の女の子がスラリンだ」
「よろしくねー!」
そういってスラリンは元気よく両手を振った。
「そしてちょっとピンクがかった白髪がリュー」
「……よろしく」
リューはいつも通りの無表情でポツリとつぶやく。
「こちらの長い茶髪がアイリ」
「よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をするアイリ。
「最後にこの赤い髪のダウナーなのがヨーンだ」
「うぃーっす、よろしくなー」
気だるげに片手をあげるヨーン。
互いに自己紹介を終えたところで――そろそろ調べないと、だな。
あまり時間が経ち過ぎると細胞が変質してしまい、情報の正確性が落ちてしまう。
「すまない。ちょっと調べなきゃならんことがあるから、少し待っててくれ」
一言断りを入れてから、俺は死亡した飛龍の元へ向かう。
(どれ……)
そうして飛龍の骨・皮・肉を触り、その硬度を確認する。皮一枚とはいえ、俺の一撃を防いだ防御力――防具としていい素材になるやもしれん。
しかし、そんな期待はあっさりと裏切られることになった。
(……柔らかい、だと?)
骨も皮も肉も――どれも別段に硬いというわけではなかった。むしろS級クエストのモンスターと比較すれば、柔らかいと言っても差し支えがないレベルだ。
(おかしい……力加減を間違えたか……?)
……いや、その線は薄い。
あのときは、時間的余裕のない局面だった。それほど力を抜いたわけがないはずだ……。
(うぅむ……これはいったい……?)
そうして俺が首を傾げていると、後ろから「じゅるり」とよだれをすする音が聞こえた。
「ね、ねぇ、ジン。そろそろいいかな?」
「我慢の……限界……っ!」
スラリンとリューは口を半分開きながら、恍惚とした目で動かなくなった飛龍を見ていた。
(そう言えば……、この世界に来てからまだ何も食っていなかったな……)
村からこの祭壇まで、そこそこ距離があった。俺も少し小腹が空いているし、おそらくアイリもヨーンも同じだろう。
(残念ながらこの飛龍の素材は武器や防具に適したものではない……)
それならば、ここはありがたく、肉としていただくのがいいだろう。
「よし、それじゃメシにするか!」
「ぃやったー!」
「お肉……大好き……っ!」
仲良くハイタッチする二人。
その後ろでは――。
「アイリはお腹ぐーぐー鳴ってたからなー、よかったなー」
「っ!? よ、ヨーンさん!? 何を馬鹿なことを言っているんですかっ!?」
ヨーンが肩を竦めながら意地悪を言い、アイリは顔を真っ赤にして否定した。
「ほ、本当に鳴っていませんからね、ジンさん!」
耳まで真っ赤にしながら、アイリはこちらに詰め寄ってきた。
「そ、そうか。わかった、わかったから、もう少し落ち着いてくれ」
「す、すみません……」
ジト目でヨーンを睨みつけるアイリ。一方のヨーンは悪戯っ子のように笑っている。性格・考え方と、いろいろ真反対な二人だが一応仲良くやっているようだ。
俺が苦笑しながら、そんな二人を見ていると――。
「ジンー、肉焼きセットだよー!」
スラリンがお腹の中からいつも使っている簡易式の肉焼きセットを取り出してくれた。
「おっ、助かる。ついでにリューと一緒に、肉をバラシておいてくれないか?」
「「はーいっ!」」
二人は元気よく返事をすると、すぐさま作業に取り掛かってくれた。腰に生えた羽で空を飛ぶリューが龍をぶらりと吊り下げ、スラリンが器用に影を使って肉をさばいていく。
そんないつもの様子を、ザリとスウェンは目を丸くして見ていた。二人にしては少し物珍しいのかもしれない。
そして――。
「よっこらせっと」
俺は慣れた手つきで、いつもお世話になっている肉焼きセットを組み立てていく。
それから少し手持ち無沙汰になっているザリとスウェンに声をかける。
「どうだ、一緒にメシにしないか?」
親睦を深めるのに必要なのは、遥か昔から『メシ』だと相場が決まっている。そのメシが『肉』ともなれば一発だ。すぐさま打ち解けることができるだろう。
「は、はいっ!」
「い、いただきます……っ!」
それから俺たちは、油のたっぷりと乗った飛龍の肉をおいしくいただいた。




