三、祭壇と生贄
「よし、ここだな」
記憶と方向感覚を頼りに森を進み、俺はようやく老人と若者が口論していた場所に到着した。
「あの若い男は……っと。こっちだな」
踏みならされた草花の跡をたどっていく。
(見てしまったからには、さすがに見捨てるのはな……)
遠目からでも、あの若い男が決死の覚悟をもっていたのがわかった。
おそらく彼は『何か』と戦いにいったのであろう。それがモンスターなのか、龍神とやらなのか、はたまた村の掟なのかは不明だが。
(彼が森へ入ってから、既に三十分以上が経過している……。急がなくては)
早足で真新しい足跡を追っていくと。
「シュラァァアアアアアアアアアッ!」
「シューシューッ!」
「シャァアアアアアアアアアアッ!」
遠方からモンスターの鳴き声がいくつも轟いてきた。
敵意に満ち、やや甲高いそれは明らかに何かを威嚇するときのものだ。
(……まずいな)
おそらくは若い男がモンスターの群れと遭遇したのだろう。
俺は走り出し、鳴き声の元へと急ぐ。
すると――。
「シュラァアアアアアアアアアッ!」
前方に刀を持った先ほどの若い男と、小型の龍の姿をとらえた。龍は体長一・五メートルほど。青い皮膚に鳥のように尖った鋭いクチバシが特徴的だ。
そして今、三匹の小型の龍が鋭い牙を向きだしにして、若い男へ突進し始めた。
(よし、何とか間に合った)
俺が大剣の柄に手を伸ばし、加勢に入ろうかとしたそのとき。
「邪魔だぁあああああっ! ――闘技<瞬光斬>!」
若い男は一人だけ早送りをしているような奇妙な速度で、向かってくる龍の首をいとも簡単に切り落とした。
「まだまだいくぞぉおおおおっ!」
そして速度を維持したまま、残りの全ての龍もあっという間に切り伏せた。
(ほぅ……やるじゃないか)
まさかたった一人で数十頭からなる群れを壊滅させるとは。
(それにあの『闘技』とかいう技術……)
アイリとヨーンは口をそろえて『この世界にマナは存在しない』と言っていた。このことから、おそらくは魔法とは異なる技能だろう。
(……実に興味深い)
毎日こっそりと練習しているが、現状残念ながら魔法を習得できていない。しかし、マナに依存しないであろうこの闘技ならば、俺でも習得できる気がする。
(彼にはぜひ後で詳しく話しを聞きたいものだ)
そして全ての龍を仕留めた彼は、静かに刀を鞘に納め……その場で膝をついた。
「はぁはぁ……くっ……」
(……おや?)
龍から一発も攻撃をもらっておらず、戦闘も比較的短期なものだったにもかかわらず、彼の表情からは色濃い疲労が読み取れる。
どうやら今の技はずいぶんと体に負荷がかかるようだ。
男はこちらにまで聞こえるほど大きな深呼吸をすると、グッと力強く立ち上がった。
「待っていろ、スウェン。今助けに行くからな」
彼は胸に掛けてあるペンダントを握り締め、再び森の奥へ進んでいく。
(……スウェン? そう言えばさっきも『スウェンを見殺しに――』と言っていたな……)
どうやら彼の目的はそのスウェンという人物の救出にあるらしい。
俺は引き続き彼の後を追う前に――先ほどからずっと気になっていたことをポツリとつぶやく。
「……ところで、お前たち。そろそろ出てきたらどうだ?」
「……あれ、バレてた?」
聞きなれた可愛らしいスラリンの声が、背後の茂みから漏れた。
それを皮切りにスラリン・リュー・アイリ・ヨーンがその茂みからゾロゾロと現れた。
「はぁ……どうして、俺の後をつけたんだ?」
「だってジンのことだから、どうせあの男の人を助けにいくつもりだったでしょ?」
「……お人好しのジンが……あんな死にそうな人間を見逃すわけがない。……それに私たちがいれば……鬼に金棒」
さすがはスラリンとリュー。長年いっしょにいるだけあって、俺の考えていることなど筒抜けだったようだ。
「す、すみません、ジンさん。やっぱり後をつけるなんて、駄目でしたよね……」
申し訳なさそうに何度も頭を下げるアイリ。しかし、そう謝ることはない。
「いや、何も怒ってはいないさ」
後をつけてきたのだって、俺の身を案じてくれてのことだろう。そんな善意からの行動を無下にすることはない。むしろ少し嬉しく思う。
「いやー……。あたしは面倒くさいからパスって言ったんだけどねー」
「……実にお前らしいな、ヨーン」
さすがは怠惰の魔人というべきか。彼女は心底面倒くさそうに、ポツリとそう呟いた。
そうして偶然にも全員集合した俺たちは、こっそりと若い男の追跡を再開した。
■
あれからおよそ三十分後。若い男との距離を十メートルほど維持したまま、俺たちは彼の尾行を続けていた。
(……ずいぶん奥まで来たな)
目の前の彼は足を止めることなく、ひたすら真っ直ぐに森の奥地へと踏み込んでいく。ただし、先の戦闘とこの移動で体力が削られているのだろう。額からは滝のような汗が流れ出ている。
(……こんな調子で帰りまで持つのか?)
そんなことを思っていると、彼は目的の何かを見つけたのか。突如、走り出した。
置いていかれないように俺たちも小走りで追いかけるとそこは――一面ぽっかりと空けた広い空き地が広がっていた。
空き地には円形の小さな湖があり、その中心に直方体のような建物があった。建物には一つだけ階段があり、その頂上には木製の檻があった。
(……なるほど。あの老人が言っていた『祭壇』とは、これのことか)
確かにそう言われれば原始的な祭壇のように見えなくもない。ただし問題は――そこに両手両足を縛られた女性が捧げられているということだ。檻に捕らえられた彼女は、いったい何を思っているのか、ぼんやりと空を眺めていた。
彼女を目にした男は、嬉しいような・悲しいような・安心したような・怒っているような、様々な感情の入り混じった複雑な表情を浮かべた。それから無事に湖を渡り切った男は、そのままの勢いで祭壇にある階段を駆け上がっていく。
「ジン、どうするのー? もうちょっと近づいてみる?」
「いや……ここで大丈夫だ」
俺一人ならともかく、さすがにこの人数が湖を渡るとなると目立ち過ぎる。幸いなことにギリギリ目視できる距離だ。この茂みに隠れたままでも問題ないだろう。
その後、無事に祭壇の頂上へと到着した男は、勢いよく檻に掴みかかった。
「スウェン! 俺だ、ザリだ!」
どうやら男の名前はザリ。女の名前はスウェンというらしい。
「っザリ!? どうしてここに!?」
「助けに来たに決まっているだろう! ちょっと離れとけよ……しっ!」
そう言うとザリは手に持つ刀で木製の檻を叩き斬った。それほど丈夫な作りではなかったようだ。
「よし。さぁ、一緒に逃げよう!」
無事にスウェンを解放したザリは、笑顔で手を伸ばす。
しかし――。
「ありがとう……でも、ごめんなさい」
彼女は静かに首を横へ振った。
「な、何を謝っているんだ……?」
「ありがとう、ザリ。嬉しい……本当に嬉しい……っ。でも――ごめん、私は行けない。ここで死ななくちゃいけないから」
彼女は涙を流しながら、無理くり作った笑顔で話しを続ける。
「ここで私が死ねば、村のみんなが助かる。だから、私はここで死ななくちゃ」
「そんな……生贄だなんて馬鹿げてるっ! それにどうせ全員殺されるさ! 奴等はそもそも誰一人として生かす気はないんだ! 俺たちを苦しめて、なぶり殺しにしているだけだ!」
「……でも、少しの間は生きられる――希望が生まれる」
「希望なんてない! 俺たち人間じゃ、あの邪龍たちには勝てないんだよっ!」
「……そうかもしれないね。でも、百万分の一の奇跡が起きて――神様があの悪い龍たちをやっつけてくれるかもしれないでしょ?」
「この残酷な世界には、神様も奇跡もないんだよっ! わかるだろうっ!?」
ザリは必死の形相で説得を試みたが、彼女はクルリと反対の方を向いた。
「早く逃げないと……奴らが来ちゃうよ……」
「あぁ、だから早く逃げようって……っ!」
「ありがとう。……大好きだよ、ザリ」
涙声でそう言った彼女は、そっと三角座りをした。
遠目で見てもわかるほどに彼女の肩は震えている。
「くそっ、こうなったら力づくでも……っ!」
ザリが強引にスウェンの手を引っ張ろうとしたそのとき――。
「ギャロォオオオオオオオオンッ!」
地鳴りのような鳴き声が天から降り、力強い羽音が周囲に響いた。
すぐさまその方角に目を向けると――。
「……飛龍種か」
真紅の飛龍が、鋭い眼光を祭壇に向けていた。
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