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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第四章:おっさんの世界での日常

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二、書きかけの予言書、大聖典


「こ、この子が魔人ヨーンとは、いったいどういうことなんだね、ジン君!?」

「そうですね……。まずは順を追って話しましょう――」


 そうして俺は、あのマグマに覆われた異世界で起きたことを細かに説明した。


 穴の先が標高二百メートルで、その下はマグマだまりだったこと。

 四大精霊の一つ、ウンディーネに出会ったこと。

 サラマンダーと魔人ヨーンが手を組み、他の四大精霊を滅ぼそうとしたこと。

 スラリン・リューと共にヨーンと戦ったこと。

 ヨーンは大聖典についてなど、自分たちの知らない多くの情報を握っていること。

 その他、現地で見聞きした様々なことを覚えている限り、丁寧に話した。


「――っと、こういうわけでつい先ほど帰還玉を使って帰ってきたというわけです」

「ふむふむ……」


 タールマンさんは真剣な顔つきで、俺の話を手元の羊皮紙に書き写していく。


「……なるほど。七つの大罪をその異世界から連れ出せば、『葬った』ことになるというわけか……」


 彼は確認するようにボソリとつぶやいた。


「えぇ、ヨーンの話を信じるならばそういうことになります」

「だからー、本当だってー……。信じてよー……」


 すると真横に座っているヨーンが不満に満ちた声をあげた。


「わかったわかった。わかったから、服を引っ張らないでくれ」

「本当に信じてくれてるのー……?」

「あぁ、信じてる信じてる」


 実際、今のところはヨーンを完全に信用している。彼女が妙なことをしでかさない限りは、こちらからどうこうするつもりはない。


「むぅー……怪しいなぁ……」


 (うたぐ)り深い彼女は、ジト目でこちらをじーっと見つめてきた。


「大丈夫だ。俺から裏切るようなことは絶対にない――約束しよう」

「おっ、言ったねー! それじゃ……んっ」


 するとヨーンはスッと小指を立てた右手をこちらに向けた。


「……なんだ、これは?」

「指切りだよ、指切り! 知らないの?」

「そういえば、どこかの民族の間でそういう儀式があると聞いたことがあるな……」


 耳にしたことはあるが、実際にやったことはない。


「確か、こうだったか?」


 俺はぎこちない仕草で、彼女の小指に自分の小指を絡める。


「ん……。それじゃ――ゆーびきりげんまーん、嘘ついたら針千本飲んで死ね! ゆーび切った!」


 そういってヨーンは小指をパッと放した」

 少し物騒な口上だったのが気になるが……まぁこれでヨーンが納得してくれるならいいだろう。


「えへへー。これで嘘ついたら針千本飲んでもらうからねー?」

「あぁ、千本でも二千本でも飲んでやるさ」


 元から約束を破る気など毛頭ない。もしそんなことがあったならば、針でも槍でも飲んでやろう。

 すると――。


「ふふっ」


 突然、タールマンさんが優しげな視線をこちらに向けて笑い出した。


「どうかしましたか?」

「ふふふ、いや、すまないね。君もずいぶんと丸くなったなと思ってな……」

「あぁ、そういう……。まぁ俺ももう歳をとりましたからね……」


 さすがに十代・二十代のようにいつまでやんちゃをしているわけにはいかない。俺も社会に生きる一人の人間なのだから、年齢には年齢相応の態度をとらなければ白い目で見られてしまう。


「いやいや、歳を重ねたばかりが理由ではあるまいよ。あの娘っ子たちのおかげも大いにあるだろう。昔なんて本当に――」


 タールマンさんは目を細めて、どこか遠くを眺め、懐かしむようにそう言った。おそらくは昔の――十数年前に初めて俺と出会った頃のことを思い出しているのだろう。あの頃は……まぁ俺も若かった。


「タールマンさん、昔の話はもういいでしょう……」


 彼が変なことを話し出す前に、しっかりと口止めを行う。

 この部屋にいるのが、俺とタールマンさんだけなら昔話に付き合うのもやぶさかではない。しかし、ここにはヨーンがいる。あまり下手な話をされたくはない。


「はっはっはっ、すまんすまん!」

「全く……」


 タールマンさんは豪快に笑い、一人話を掴めていないヨーンは首を傾げた。


「――おっと、そうだ忘れていた! そういえば一つ、いい報告があるぞ!」

「ほぅ、なんでしょうか?」


 すると彼はバッと立ち上がり、彼の仕事机から一枚の羊皮紙を取り出した。


「なんと大聖典の解読が進んだのだ! ――こいつを見てくれ!」


 彼からその紙を受け取り、じっくりと中身に目を通す。

 その羊皮紙には大聖典の記述のうち、新たに解読された部分がまとめられていた。


 七つの大罪の一つ、怠惰の魔人ヨーン。赤い髪をした悪魔族のサキュバス。火属性の魔法を操り、怠惰の権能――<優しい堕落>を有する。その効果はありとあらゆる力の減衰。権能とは各大罪が一つ保有する特異な力。大罪が権能を使用できるのは、破壊を命じられた世界でのみ。その他の世界においては、権能はその効果を発現しない。


(なるほど……確かに記述とヨーンの特徴は全て一致しているな……。それにこの権能という力……)


 脳裏によぎったのは、あのマグマのあふれる世界でヨーンが自信満々に言い放ったあのセリフだ。


【あのね? この世界(・・・・)では(・・)絶対にあたしに勝てないんだよ……? 悪いことは言わないからさー、ほんとやめときなってー】


(あの妙な自信と『この世界では』という言い回しはそういう意味だったのか……)


 俺が脳内で情報を整理していると、横合いから羊皮紙を見ていたヨーンが口を開いた。


「あー……違う違う。それは解読が進んだんじゃなくて、文字として書かれただけだよー」

「文字として書かれただけ……? それはどういう意味だ?」

「どういう意味も何も、言葉通りの意味だよー。大聖典はまだ完成していない。今も執筆途中の――未完成の魔導書なんだよ」


 そんな突拍子もないことをさも当然のようにヨーンは口にした。


「そんなわけがない! 大聖典は今も王国最深部で厳重に保管されている! 誰にも気づかれることなく、アレに文字を書き記すことなど不可能だ!」


 タールマンさんはっきりと断言した、不可能であると。

 するとヨーンはパタパタと顔の前で手を振った。


「いやさ、何か勘違いしてるみたいだけど……。ひげのおっさんたちが持ってるのは大聖典の模造品――レプリカだよ」

「レプ、リカ……だと……?」

「そそ。本物はあたしたち七つの大罪を作ったマスターが今も持ってるよー」

「ど、どういうことだね、ヨーン君!? 詳しく説明してくれないか!?」

「いいよー。ここでちゃんとおっさんの信用ポイントも稼いでおきたいしねー」


 そういって彼女はチラリとこちらを見た。

 別に信用ポイントなど稼がなくとも信じているんだがな……。自慢ではないが、今までで約束を破ったことは一度もない。


「では、早速だが――まず大聖典が『執筆途中』であり私たちの所有するものが『レプリカ』だという話を聞かせてくれ」

「ん。えーっとね、まず大前提として大聖典は預言書であって預言書じゃない。インチキ魔導書なんだよ」

「『予言書であって預言書でない』……?」


 タールマンさんは首をひねりながらも、ヨーンの話を新たに取り出した羊皮紙に書き写していく。


「うん。アレに書かれるのは私たち、七つの大罪についての『確定した過去』。そしてこの先起こりうる『可能性の高い未来』――まぁこっちは完全にマスターの主観で書かれた推測だろうねー」

「ふ、ふむふむ……っ!」

「んで、えーっと……本物とレプリカの話しだったね。さっきも言ったけど、ひげのおっさんたちが持ってるのは大聖典のレプリカ。それには本物に書かれた内容が転写されていっているだけだから、解読なんてそもそもできっこないんだよー」


 ヨーンは「『文字としての意味を持たない文字』を読むのは無理だよねー」と、もっともらしいような、何とも言えない解説を加えた。


「で、では次の質問だ! ヨーン君の話を信じたとして――マスターとは、いったいどこの誰なんだ!? 何の目的があって大聖典を書いているというんだ!?」

「マスターはあたしたち七つの大罪を作った人のことー。何の目的があって大聖典を書いているのかは……ちょっとわかんないなぁー。多分だけど、暇つぶし代わりに書いてるんじゃない? 今もどこかの(・・・・)世界で(・・・)のんびりとねー」


(七つの大罪を作った……だと……?)


 彼女が話をしてくれるたびに、一つまた一つと新たな疑問が溢れ出す。


「七つの大罪を作っ、た……? そ、そのマスターとはいったい誰なんだね!?」


 タールマンさんは鼻息を荒くして、そう問いかけた。本件で頭を悩ませているギルド長としては当然の反応だろう。そのマスターとやらが、この件の黒幕なのだから。


「知らないー」

「……え?」

「だから、そこまでは知らないってー」


 彼女は足をパタパタとさせながら、何のけなしにそういった。


「よ、ヨーン君はマスターとやらに会ったことがあるのではないのかね!?」

「もちろん、あるよー」

「で、ではどうして――」

「いやだって考えても見てよ、ひげのおっさん? 会ったと言ってももう何万年も前の話だよー? さすがにそんな昔のこと、もう覚えてないよ」

「な、何万年……」


 一般に悪魔族の寿命は長い。それもヨーンのように――魔人と称されるクラスの上位悪魔の寿命はそれこそ不老を思わせるほどだと聞く。

 彼女の話が本当ならば、数万年前に見た顔を思い出せというのはさすがに酷な話だ。


「そうか……わかった。いや、本当に貴重な情報を感謝するぞ、ヨーン君」

「ん、いっぱい感謝してねー」

「あぁ、ありがとう」


 二人の話しがひと段落を迎えたところで、タールマンさんはこちらに目を向けた。


「さて、ジン君。それでは早速報酬を……といきたいのは山々なんだが、少し待っていてくれないか? まさかこれほど早くに穴の調査を完了するとは思っていなくてね、まだ追加報酬が王国から届いてないんだよ」


 彼は申し訳なさそうにそう言った。


「そうですか、わかりました」 

「すまないね。国王には私の方から、急ぐようにと催促しておくよ。それまでの間は、そうだな……久しぶりの休暇にしてみてはどうだろうか? いつも仕事をお願いしている私が言えた口ではないが、君は少々働きすぎなきらいがあるからな」

「そうですね……。では、数日はゆっくりするとしましょう」


 やって(・・・)おきたい(・・・・)こと(・・)もあったから、ちょうどいいだろう。


「それではタールマンさん、俺はこのあたりで失礼します」

「そうか、今後ともどうかよろしく頼むよ」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」

「んじゃ、またねー、ひげのおっさん」


 そうして俺とヨーンは、スラリンたちの待つ自宅へと足を向けた。


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