一、やってやった!
帰還玉から溢れ出した赤い煙が晴れるとそこは――見慣れた元の世界だった。
「ふむ……どうやら無事に戻ってこれたようだな」
帰還した地点はラグナ山地にある不思議な穴の前。
太陽の位置から判断するに、時刻はちょうど昼過ぎぐらいだろう。
「へー、ここがおっさんの世界かー。けっこうマナで溢れたいいところだねー」
ヨーンが物珍しそうに周囲をキョロキョロと見ながらそういった。
「ほぅ、そうなのか?」
「うん、あたしのいた世界よりもちょっぴり多いかなー」
「なるほど」
俺には全くと言っていいほどわからないが、魔法の元となる『マナ』の量は各世界によって異なるらしい。
「ジンー、お腹すいたー!」
「右に……同じく……っ!」
するとスラリンとリューが空腹を訴えてきた。
ふむ、確かに俺も腹は減っている……。今すぐにでも昼メシにしたいところだが……。
「悪いな、昼メシはもう少しだけ我慢してくれ。俺は先にハンターズギルドにクエスト達成したことを知らせてくるから」
「「……はーい」」
スラリンとリューは少し肩を落としながら、返事を返した。
「さてそれじゃ、アイリ。悪いが先に二人を連れて家に帰っててくれないか?」
「はい、わかりました。……ですが、二人といいますと」
彼女の視線がスーッとヨーンの方へと動く。
「あぁ、ヨーンはギルドへ連れて行く」
彼女は大聖典について詳しく知っており、他にも俺たちの知らない未知の情報を握っているようだった。タールマンさん臨席の元、詳しく話しを聞かなければならない。
すると――。
「反対っ! それは危険だよ、ジン!」
「いつ裏切るか……わかったものじゃない……っ!」
「その……大丈夫、でしょうか?」
三人は、俺とヨーンが二人になることを強硬に反対した。
「いやいやいや、こんなどことも知れぬ完全なアウェーで? しかもこんな化物相手に? ないないない……誰がそんな自殺行為するよ? 今裏切るのは絶対にあり得ないでしょ……」
ヨーンはいくつも理由をあげ連ねて、はっきり「ない」と言い切った。
「「「……なるほど」」」
三人がヨーンに説得されている中、俺は彼女の言葉の一節に強い引っ掛かりを覚えた。
(ふむ……今ね……)
ということは将来的に彼女に有利な場が出来て、俺を仕留められる状況になった場合は、裏切るかもしれないということだ。俺が鋭い視線を彼女の背に向けると――。
「い、いやいや! 今って言ったのは、言葉の綾だよ! 全然全くこれっぽっちもそんな気はないからね!?」
ヨーンはバッと勢いよく振り返り、必死にさらなる弁明を繰り広げた。
「……そういうことにしておこう」
「ほ、本当に本当だからね!?」
「わかったわかった」
しかし、今の俺の視線だけで、そこまで瞬時に理解するとは……。
(やはり頭が切れるな……)
スラリンとリューとは比べ物にならない頭のキレだ。俺は内心でヨーンに対する警戒をグッと高める。
「っと、まぁそんなわけだから、俺とヨーンは先にハンターズギルドへと行く。スラリンたちは、家に帰って体を休めておいてくれ」
「「……はーい」」
「わかりました……お気をつけて」
そうして俺とヨーンはギルドへ、スラリンとリューとアイリは自宅へ向けて歩き始めた。
■
「――さぁ、ここがハンターズギルドだ」
扉を開け、ヨーンと共にギルドの中に入る。
「……へー、なんかいい感じのとこだねー」
ハンターズギルドは一階建ての大きな建物で、中には酒場も併設されている。クエストボードと睨み合っている者、昼間から浴びるように酒を飲んでいる者、バカ騒ぎしている者……といつものように多くのハンターが集まっていた。
「さてまずは受付に行こうか」
「ほーい」
ギルドの奥にある受付へと歩いていくと、顔馴染みのハンターたちから声をかけられた。
「おっ、どうしたジン? また女の子を拾ってきたのか?」
「またとは何だ、またとは……」
「今度は悪魔族か……また珍しいのを……」
「悪魔族のサキュバス――名前はヨーンという。よろしくしてやってくれ」
「おいジン、そろそろ一緒に飲もうや!」
「あぁ、また今度な」
彼らと簡単な挨拶を交わし、ようやく受付に到着する。
受付には過去に何度か見たことのある受付嬢が、忙しそうに書類整理に励んでいた。
「――すまない、少しいいか?」
「はい、どうされまし――じ、ジンさん!? お帰りになってたんですね!」
「あぁ、今帰ってきたばかりだ。早速だが、タールマンさんはいるか?」
「えぇ、ジンさんがいらっしゃったらすぐに通すようにと言われています。さぁ、どうぞこちらへ」
彼女の案内に従ってギルドの奥へ奥へと進んでいき、大きな扉の前で立ち止まる。先日訪れたばかりのギルド長の仕事部屋だ。
彼女はコンコンと扉を優しくノックすると――。
「なんだ?」
部屋の中から、タールマンさんの声が聞こえてきた。
「ジンさんがお見えになられました」
「お、おぉっ、そうか! すぐに入っていただけ!」
「かしこまりました。それではジンさん、中へどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
ここまで案内してくれた受付嬢に礼を言い、部屋へと入る。
すると仕事椅子に座っていたタールマンさんが立ち上がり、友好的な笑顔を浮かべてこちらに歩いてきた。
「おぉ、ジン君! もう帰ってきたのか!」
「えぇ、三日ぶりぐらいですかね。お元気そうで何よりです、タールマンさん」
がっしりと握手を交わすと、早速タールマンさんが話しを切り出してきた。
「――さて君が無事にこの世界へ帰ってきたということは……期待してもいいのだろうか?」
「えぇ、もちろんです。七つの大罪の一つ――怠惰の魔人ヨーンは無事に討伐してきました」
「ふふふっ――はっはっはっはっはっ!」
するとどういうわけか、突然タールマンさんは嬉しそうに大笑いを始めた。
「……なぁおっさん、このヒゲのおっさん、大丈夫なのか?」
「ど、どうしたんですか、タールマンさん?」
「ふはは……いやいや、すまない。少し嬉しくなってしまってな!」
そう言って彼は話しを続けた。
「君がヨーン討伐に向かったその日。王都直下の腕利きのハンター十名がロハネ神殿に出現した不思議な穴の調査へ向かったんだ」
「ほぅ……」
「彼らはあの国王が国家の威信を賭けて集めた精鋭中の精鋭だそうだ。――しかし、今現在! まだあの穴から無事に帰ってきたものはいない! つまりはジン君――君の勝ちということだっ!」
「は、はぁ……」
いったい何に勝ったのかは、よくわからないが……。とにかくタールマンさんが元気そうで何よりだ。
「ふふふっ、今もずっと王国から嫌がらせを受けている私からすれば『やってやった!』という気持ちでいっぱいなんだよ! ――ふふっ、はっはっはっはっはっ!」
「あぁ、なるほど……」
(そういうことか……)
ようやく彼がこれほど上機嫌な理由がわかった。
約十年ほど前に、俺はルーラル王国と大争いをしたことがある。そのときタールマンさんは王国全土を敵に回してまで俺の肩を持ってくれた。それが原因となり、彼は王国中央部から煙たがられ、出世争いからも脱落したそうだ。
(……おそらくだが、あれ以来ずっと細々とした小さな嫌がらせを受けていたのだろう)
彼がこのように笑い出すのも無理からぬ話だろう。
「いや、それにしてもさすがはジン君だな! この街のギルド長として鼻が高い! ――おっと失礼した、立ち話もなんだな! そこに掛けてくれ」
備え付けのソファに俺はゆっくりと腰かける。
「失礼します」
「おっ? ふっかふかじゃーん!」
見るからに高級そうなソファを、ヨーンは嬉しそうにポスポスと叩いた。
「こら、ヨーン。ちゃんとおとなしくしていろ」
「ほ……ほーい……」
そう言って彼女は尻尾をだらりと下げ、大人しくソファに腰かけた。
(ふむ……頭は切れるようだが、このあたりの情緒はあまりスラリンたちと変わらないな……)
俺がヨーンをたしなめていると、タールマンさんが豪快に笑い出した。
「はっはっはっ、構わんさ! 子どもは元気でないとな! ちょっと待ってくれ、今飲み物を用意させるからな――おーい、果実水を頼む! 大至急だ!」
「かしこまりました」
背後に控えるギルド職員が丁寧に腰を折り、テキパキと飲み物の準備を始める。
「――ところでジン君。さっきから気になっていたのだが、そちらのお子さ――いや失礼。お嬢さんはどうしたんだね?」
「紹介が遅れました。この子は先ほどお話した怠惰の魔人ヨーンです。ヨーン、こちらはハンターズギルドでギルド長を務めるタールマンさんだ」
「ん、あたしは怠惰の魔人ヨーン。よろしくな、ヒゲのおっさん」
「おー! この子があの怠惰の魔人ヨーンか! いやはや、七つの大罪がまさかこんな小さな女の子とは……って、ん゛ん゛っ?」
するとタールマンさんは、目を見開きヨーンの顔をまじまじと見つめた。




