十八:エピローグ
その後――。
(……やはり、ここもそうなのか)
水の里に到着した今、先ほどと全く同じことが繰り返されていた。
「水神様……水神様ぁ……」
「もう、終わりだ……。いったい、これからどうすれば……」
「こんな思いをするのなら、花や木に生まれたかった……」
ただ一つ違うのが、サラマンダーがアッパー系の狂信者だとしたら、ウンディーネはダウナー系の狂信者だというぐらいか。
まるで水神様が亡くなってしまったかのような気の落としように、なんと声をかけていいのかわからなくなる。
「じ、ジン殿、本当にもう旅立たれてしまうのか? 今日一日ぐらいゆっくりとしていかれてはどうだ……?」
震える声で、マカロさんはそう問いかけてきた。
「……申し訳ございません。お気持ちだけ、ありがたく受け取っておきます」
せっかくの申し出だが、丁重にお断りさせていただく。
「えー、ジンー。もう帰るのー? もうちょっと遊んでいこうよー?」
「……ここの料理は………おいしいよ?」
するとスラリンとリューがもう少し残りたいと言い出した。
「悪いな、今回は我慢してくれ。すぐにでも帰ってやらなきゃならない仕事があるんだ」
本当ならばもう少しゆっくりしていってもいいのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
(あの穴は――この世界へと通じるあの不思議な穴は危険過ぎる……)
さすがに転移先が地上数百メートルというのは笑えない。
現在はリューの<氷の息吹/ブリザードブレス>により、その下に広がっていたマグマはなくなった。……とは言うものの地上数百メートルの高さから落下すれば、ただではすまない。これ以上被害が出る前に早く手を打たなければ。
(とりあえず、元の世界に戻ったらすぐにタールマンさんに報告しよう)
冒険者ギルドの方から、『あの穴に近づかないように』と全ハンターへ通達を出してもらうのがいいだろう。
そうやって俺がやんわりとスラリンとリューの提案を断ると――。
「「はーい……」」
二人は元気なさげにそう答えた。
(二人とも、本当にわかりやすいな……)
スラリンは、そのときの感情がそのまま顔に出る。嬉しいときや楽しいときは、ひたすら笑顔でハイテンションだ。しかし、今のように悲しいときやつらいときは、口数が少なり目に見えて元気がなくなる。
一方のリューは、スラリンのようにわかりやすく顔に出ることはあまりない。彼女の場合は、腰に生えた翼に出る。嬉しいときや楽しいときはパタパタと小刻みに翼を動かす。しかし、今のように悲しいときやつらいときは、翼が下向きにだらりと垂れ下がってしまうのだ。
「まぁ、そう気を落としてくれるな。多分だが、またすぐに旅に出ることになるだろう」
それを聞いた二人は、食いつくようにこちらを見上げた。
「「ほんとに!?」」
「あぁ」
「「……やったーっ!」」
「……遊びに行く訳じゃないんだぞ?」
二人はまるで旅行に行くのが決定した子どものように、嬉しそうに笑った。
(まぁ、これからも二人の力を借りることにはなるだろうから、乗り気でいてくれた方が助かるか……)
魔龍ゼルドドンと魔人ヨーン――討伐に成功した七つの大罪はまだたったの二体だ。これからまたしっかりと準備を整えて、残り五体の討伐に向かわなければならない。
(なんといっても、七つの大罪を一体討伐するごとに報酬として金貨十万枚だからな……)
これほど高額な報酬が設定されたクエストは、今まで見たことがない。こんな絶好の機会を見逃せるはずがない。
(俺の体がまだ動いてくれるうちに、早く老後の貯蓄を貯めてしまわないとな……)
俺はもう今年で三十五歳。人として、何よりハンターとして十分におっさんと呼べる年齢だ。加齢というのは本当に恐ろしいもので、ゆっくりと――しかし確実に体が衰えているのがわかる。
(ハンターの仕事は常に死と隣り合わせだ……。ほんのわずかな油断が、命に関わる大怪我に繋がる。俺だって、いったいいつそうなってしまうかわからない……)
考えたくはないが、万が一。万が一そうなってしまった時に備えて、まだ体が動く今しっかりとお金を稼がなくてはならない。大食らいのスラリンたちが生涯ひもじい思いをしなくてすむだけの――巨額のお金を。
俺がそんなことを考えていると――。
「ジン、どうしたのー?」
「……難しい顔……してるよ?」
「大丈夫ですか、ジンさん?」
「どうした、おっさん? 立ち眩みか?」
スラリンたちが心配そうに、こちらを見上げていた。
「あー……すまんすまん、ちょっとボーッとしていただけだ。気にするな」
彼女たちに心配をかけないように笑いかけた後、俺はマカロさんの方へ向き直る。
「マカロさん、いろいろとお世話になりました。俺たちはこれで失礼させていただきます」
「いえいえ、こちらこそ。我らウンディーネを救っていただき本当にありがとうございました。この御恩は――一生忘れませんっ!」
そう言って彼が深々と頭を下げると――。
「ジン! 最初はうさんくさいなどと言ってすまなかった! この里を救ってくれて――本当にありがとうっ!」
「水神様ーっ! どうか、どうかお元気でっ! 我らはいつもあなたと共にいますからっ!」
「またいつでも、その神々しい御姿をお見せになってくださいっ!」
ラフィーネを含めた大勢のウンディーネから、張り裂けんばかりの大声で感謝の言葉を送られた。
「あぁ。またいつかここへ、遊びに来させてもらうよ」
「まったねー!」
「……水水料理……また食べにくる……っ!」
「みなさん、お体にはお気をつけて、どうかお元気で」
「いろいろと迷惑かけてごめんねー」
彼らに手を振り、別れの挨拶を済ませた俺は、スラリンたちを一か所に集合させる。
「っと、ヨーン。もう少し近くに寄ってくれ」
「別にいいけど……なんで?」
彼女は不思議そうに首を傾げながら、俺のすぐ近くへと寄ってきた。
「あぁ、こいつを使うからな」
懐から帰還玉を一つ取り出す。
「なにその赤い玉?」
「これは帰還玉と言ってだな……。まぁ簡単に言うと、元の世界に帰るための道具だ」
「ふーん……なるほどねぇ……」
そう言ってヨーンはジッと帰還玉を見つめた。
「――さて、それじゃ帰るぞ。忘れ物はないな?」
「はーいっ!」
「中々に……楽しかった……っ!」
「とてもいい経験をさせていただきました。世界は広いですね……」
「さてさて、おっさんの家はどんなのかなー?」
全員の準備が整っていることを確認した俺は、最後にもう一度だけこの世界をグルリと見渡す。
(いろいろとあったが、何とか無事にクエスト達成だな……)
最初こそヒヤリとさせられたものの、その後は順調にことが進み、無事にヨーンをこの世界から葬ることができた。
「――よし、それじゃ帰るか」
俺は帰還玉を地面に叩き付け――この不思議な異世界をあとにした。




