十七、平和な世界
ヨーンの居城である洞窟と火の里のちょうど中間地点で、アイリたちを見つけた。
「おっと。ここにいたのか、アイリ」
「じ、ジンさんっ! ご無事だった――っ!? ま、魔人ヨーン!?」
彼女は一瞬ホッとした表情を浮かべたが、背後に控えるヨーンを見た瞬間、顔を青く染めた。
「ジン殿、これはいったいどういうことですか!?」
「ふむ……どこから話したものでしょうか……」
正直に真実を――魔人ヨーンを力でねじ伏せたことを語るのは、この世界の今後を考えるとよろしくない……。
そうした場合、遠回しにだが水神アイリが火神ヨーンより優れた存在と認知され、ウンディーネがサラマンダーに対して優位な立場を築いてしまう。
(この世界にヨーンが降り立つ前の、四大種族が対等な関係を築くためには――)
「――そうですね。先に結論から申し上げますと、ヨーンとは無事に和解することができました」
「わ、和解……ですか?」
「ジン殿、その話。詳しくお聞かせ願えますかな?」
「えぇ、もちろんです」
その後、俺はマカロさんたちに嘘の話をした。
神々の世界でアイリとヨーンが喧嘩をしてしまったこと。怒ったヨーンがこの世界に降り、乱暴を働いたこと。それを察知した自分たちが、慌ててこの世界に降りたこと。そしてつい先ほど、無事に仲直りが成立したこと。
(まぁ、こんなところでいいだろう)
嘘はあまり好きじゃないが、今回ばかりは仕方ない。これも四大精霊たちが今後も仲良く生活するためだ。
「「……んん?」」
状況を飲み込めずに首を傾げるスラリンとリュー。
小さな声で「後で詳しく説明する」と耳打ちをすると、素直に首を縦に振ってくれた。
「……なるほど、そのようなことがあったのですね」
納得のいった表情でマカロさんは何度も頷いた。
「えぇ。ウンディーネのみなさんには、迷惑をおかけして本当に申し訳ない」
「ごめんねー」
俺がぺこりと頭を下げると、なんとなく意図を察したヨーンも舌をペロっと出して、いたずらが失敗した子どものように謝った。
「いえいえ、ジン殿が謝ることではありませんよ。確かに里は少し荒れてしまいましたが……。私たちが信仰を捧げる水神様の御姿を拝見することができたのですから。結果的にはプラスといっていいでしょう」
「そう言っていただけると、助かります」
そうして何とか無事に、うまく話をまとめることに成功すると――。
「ねぇねぇ、ジンー。それで今からどうするのー?」
先ほどから手持無沙汰となっていたスラリンが、これからの予定を問うてきた。
「うーん、そうだな……。ひとまずは帰り道にあるサラマンダー集落に立ち寄って、今回の件について説明しないとな」
彼らとて魔人ヨーンの被害者だ。それに仕方がなかったとはいえ、少し手荒な真似をしてしまった。しっかりと事情を説明するのが、ものの道理というものだ。
そのまま北へと少し歩いていくと、サラマンダーの集落――火の里に到着した。
そして俺たちが一歩足を踏み入れた瞬間――。
「ひ、ひぃいいいいいいっ!? 化物が、化物が戻ってきたぞぉおおおおおおっ!?」
「なっ!? あれは火神様!?」
「よ、ヨーン様がいったいなぜあの化物と一緒にっ!?」
里中が蜂の巣をつついたような大騒ぎとなってしまった。
「待ってほしい。少し話しを聞いて――」
話しだけでも聞いてもらおうと近付くと――。
「こ、子どもを、子どもを先に逃がせっ! 武器を持てる者は武器を持てっ!」
「倒そうと思うな! とにかく時間を――子どもたちを逃がす時間を稼ぐんだっ!」
大人のサラマンダーは決死の覚悟で武器を手に持ち、女性や子どもはコソコソと里の裏手から逃げ出していった。
見れば、立ちはだかる彼らの手足は恐怖により震えているではないか。
(……いや、これではまるで俺が悪者じゃないか)
さすがにこんな扱いを受けては、心に刺さるものがある……。
一人がっくりと肩を落としていると、隣にいるヨーンが楽しそうに笑い始めた。
「あっはっはっ! おっさん、何したの? すっごい嫌われようじゃん?」
「はぁ……。ちょっと刃を交えただけなんだがな……」
「あー……。そりゃ、こうなるよ……」
何故か合点がいったとばかりに、ヨーンはうんうんと頷いた。
今の説明で何かわかったのか……?
「まぁとにかく、残念ながら俺の声は届かないようだ……。ヨーン、何とかうまくやってくれ」
「ほいほーい。任せといてー」
そうして彼女は、つい先ほど俺が話した内容をサラマンダーに言って聞かせた。
「……ってな、わけだからー。みんな、これからは仲良くしてねー」
「そ、そのような事情があったとは……承知いたしました。我らサラマンダー族、今後は他の四大精霊と手を取り合って、恒久的な平和を築いていく所存ですっ!」
白い立派な顎鬚を蓄えたサラマンダーが、深く頭を下げながらそう言った。おそらく彼がこの里の族長なのだろう。それに続くようにして、多くのサラマンダーも深く頭を下げた。
「うんうん、それじゃお願いねー」
「はっ!」
そしてきちんと自分の仕事を果たしたヨーンが、こちらにブイサインをしていると――。
「……ときに火神様は、今後どうなさるのでしょうか?」
サラマンダーを代表して、族長らしき男が恐る恐ると言った風に問いかけた。
「あたし? あたしは元いた世界に帰るよー」
何のけなしにヨーンがそう言い放った次の瞬間――。
「んぬぁっ!?」
族長らしき男は、この世の終わりのような表情を浮かべた。
それに続くようにして、多くのサラマンダーがボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「う、うぅ……。火神様……火神様ぁ……っ」
「どうして、そんな……。あと、後一日だけでもぉ……」
「いやだ、いやだいやだいやだ……いやだぁあああああっ!」
ある者は天を仰ぎながら謎の奇声を発し、またある者は頭を地面に打ち付けながら「ごめんなさいごめんなさい……」とひたらすに謝罪を繰り返し、またある者は意識を失ってその場に倒れこんだ。
その異様な状況を見て、俺は戦慄する。
(か、彼らもこうなのか……)
ウンディーネと同様にサラマンダーも自らの神を、いっそ恐ろしいまでに信仰していた。
「え、えぇいっ! 涙を流すでないっ! この馬鹿者どもめっ! きょ、今日はヨーン様の新たな門出の日っ! 我らが涙を流していては……う゛っ、うぅ……ヨ゛ーンざまがっ! 旅立でぬではないがっ!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにし、目を血走らせた族長らしき男が、サラマンダーたちを厳しく叱責する。
「うぅ……そ、そうですよね……。私たちが発狂していたら、火神様が安心して旅立てないですよねっ!」
「然り、然り然り然りっ! ここは涙をこらえ、て笑って……ぐす……笑っで送り゛出しまじょうっ!」
「火神様っ! 我々はずっと、ずっと御傍におりますからっ! 決して一人ではないことをっ! 我らサラマンダーがついていることをっ! 忘れないでくださいっ!」
「あー……うん、ありがとね……」
そうして俺たちは、背に張り裂けんばかりの声援を受けながら、水の里へと向かった。




