十六、悪魔族
「……何のつもりだ?」
突如、降伏宣言を始めたヨーンに問いかける。
「無理無理、勝てないって……。そっちの二匹はともかくとして、おっさんには逆立ちしても勝てないよ……」
そういって彼女は肩をすくめた。
「……あ゛?」
「喧嘩……売ってるの……?」
気の短いスラリンとリューが、笑顔のまま殺気を放つ。
「二匹ともかなり強いのはわかるよ? でも、こう見えてもあたしは『魔人』だからねー。規格外のおっさんさえいなければ、あたしが勝つよ」
「……ふーん」
「……井の中の蛙……大海を知らず」
「ま、待て待て、二人とも落ち着け! 特にスラリン、体が黒くなりかけてるぞっ!」
勝手に人化を解こうとするスラリンとリューに冷静になるよう注意を促す。
「「……はーい」」
二人は鋭い目付きをヨーンに向けながらも、一応は矛を収めてくれた。
「ふー……。さて、見逃してほしいという話だが、残念ながらそれは無理だ。こっちにも事情があるんでな」
あの預言書――大聖典によれば、『七つの大罪』全てを葬らなければ世界が滅びてしまうらしい。悪いが、彼女を見逃すわけにはいかない。
「事情ねー……。おっさんたちアレでしょ? 大聖典とかいうインチキ魔導書を見て、この世界に来たんでしょ?」
「……ほぅ。大聖典を知っているのか?」
それに『インチキ』という表現も気になる。
「もちろんー。多分おっさんよりも、いろいろと知っているはずだよー」
「ほぅ、それは是非とも話を聞かせてもらいたいな」
「いいよー。でも、その代わりにあたしを見逃してっ! ……ダメかな?」
そう言うとヨーンは胸の前で両手を合わせて、上目遣いにこちらを覗き見た。
「……ふむ。だが、大聖典には『七つの大罪を全て葬らなければ、世界が滅びる』と書いてあったのだがな……」
「それは大丈夫! あたしをここから連れ出せば、『この世界から葬った』ことになるから!」
(……なるほど、そういう捉え方も出来るのか)
さて、どうしたものか……。
(大聖典については、確かによく知っているようだな……。それに話を聞く限り、他にも多くの情報を持っているようだ……)
「お願い! 一回だけっ! 一回だけチャンスをちょうだいっ!」
必死にヨーンが懇願を続けていると――。
「騙されちゃダメだよ、ジン! ほらあれ見てっ! 悪魔の尻尾だよっ! モンスターの言うことに耳を貸しちゃダメっ!」
そういってヨーンのお尻の辺りから生えている黒い尻尾を指差した。
「その通り……っ! ヨーンはモンスター……慈悲はない……っ!」
二人は断固してヨーンをここで仕留めるつもりのようだ。
しかし――。
(スラリンもリューもモンスターなんだよなぁ……)
二人の主張は、驚くほどに筋が通っていなかった。
「そりゃ、確かにあたしは悪魔族のサキュバスだよ? でもさ、そんなこと言うならそっちだってモンスターじゃんっ!」
「へへーんっ! リンは暴食の王! 世界を食いつくす伝説上のスライムだもーん! ただのモンスター――それも悪魔族みたいな嘘つきとは違うもんねーっ!」
「同じく……私は破滅の龍……っ! 世界を混沌に導く破滅の龍……悪魔族とは信用が違う……っ!」
「いや、二人とも世界を滅ぼすんでしょ? 悪魔族より性質悪いじゃん……?」
「「ぐ、ぐぬぬっ!」」
ヨーンの言うことは至極もっともだ。
反論の余地がなくなった二人は、悔しそうに彼女を睨み付けた。
「はぁ……わかったよ」
「「じ、ジンっ!?」」
「い、いいの!?」
驚愕の表情を浮かべるスラリンとリューを片手で制する。
「――ただ、その前にいくつか質問をさせてくれ。見逃すかどうかは、その返答次第だ」
「りょ、了解……っ」
彼女はゴクリと生唾を呑んだ。
「――質問は二つだ。一つ、サラマンダーにウンディーネの抹殺を命じたというのは本当か?」
これが真実である場合は、彼女をここで見逃すという話はなしだ。そんな危険な悪魔を近くに置いておくわけにはいかない。
「ち、違う違うっ! あたしはただ『この辺りから他の種族を追い出してー』って、言っただけ! 嘘だと思うなら、だれか他のサラマンダーに聞いてみてよっ!」
彼女は身振り手振りを加えて、必死になって否定した。
「そうか……。では二つ目の質問だ。ヨーン討伐隊――ウンディーネ、シルフ、ノームの連合部隊を撃退したのはお前か?」
すると彼女は少し青い顔をして、ポツリポツリと口を開く。
「う……。そ、それは……確かに結果的にはあたしだけど――で、でも! 誰一人として殺してないよ! あのゴーレムたちには『洞窟に足を踏み入れたものを追い払え』って命令してあるからっ!」
「嘘は自分のためにならんぞ……?」
「全部本当だよっ! 嘘なんてついてないっ!」
ヨーンは正面から真っすぐに俺の目を見た。
(ふむ……嘘をついている感じはないな)
「……わかった。いいだろう、今回は見逃そう」
「「どうしてっ!?」」
「や、やったっ!」
ガッツポーズを見せるヨーンに、とある条件を突きつける。
「――ただし、一つ条件がある」
「な、なにっ?」
「しばらくの間は俺の家に住んでもらう。これはもちろん監視の意――」
「宿ありなのっ!? それでごはんは? ごはんは付いてくるの!?」
「あ、あぁ……メシはもちろん三食用意しよう」
すると彼女は突如プルプルと震えだした。
「おい、どうし――」
「――ぃいやったーっ! 宿あり、三食ごはん付きだーーっ!」
彼女は心底嬉しそうに、歓喜の雄叫びをあげた。感情が高ぶっているためか、悪魔族特有の尻尾をブンブンと千切れそうなほどに振っている。
(……なんというか調子の狂うやつだな)
まぁとにもかくにも、これでひとまずヨーン討伐は無事に完了したと言っていいだろう。
あとは最低限の後処理――ウンディーネとサラマンダーの仲を取り持ってから、元の世界に帰るとしよう。
「さて、それじゃアイリたちを迎えに行こうか」
「「……はーい」」
「オッケー!」
少し不貞腐れた顔のスラリンとリュー。上機嫌な魔人ヨーン。
俺は彼女たちを引き連れて洞窟から抜け出し、アイリたちを探しに向かった。




