十四、怠惰の魔人ヨーン
(ふむ、中心まで<氷の息吹/ブリザードブレス>が到達しなかったか……? それとも『魔法』による特殊な効果か……?)
俺が冷静に、目の前で起きた現象を分析していると――。
「……もっと……強く?」
リューが小首を傾げて問いかけてきた。
「……いや、ここはもういっそのこと食べてもらおう。――スラリン」
「やったーっ! いっただきまーすっ!」
待ってましたとばかりに、スラリンは全身から十本の黒い影を伸ばした。
「はむはむはむ……っ!」
「イ゛……イ゛ィ゛ッ!?」
影は瞬く間に土人形を食らい尽くし、スラリンは満足気にお腹のあたりをさすった。
「っぷはー。おいしかったーっ!」
「ありがとう、助かったよ」
「えへへぇ、こんなのお安い御用だ……よよよ?」
「……ん?」
すると先ほどと同じようにボコボコと異音が鳴り、何もない空間から再びマグマが溢れだした。
「イ゛イ゛ィイ……」
マグマは結合し合い、先ほどと同じような二メートルほどの土人形が次々と量産されていく。
「ふむ、こんなのがいくら湧いたところで時間稼ぎにもならんのだがな――スラリン」
「いっただきまー……っえぇ!?」
スラリンが一歩前に出たそのとき。
突如土人形たちが一か所に集結し始め――あっという間に一体の巨大な巨人となった。
「イ゛ィ゛ィイイイイイイイイイイッ!」
巨人は周囲にマグマをまき散らしながら、地鳴りのような雄叫びを上げる。
「……でかいな」
目測だが、だいたい五十メートルと言ったところか。
「うわー、おっきくなったねーっ!」
「……おぉーっ!」
「じ、ジンさんどうしましょうっ!?」
「み、水神様、ここは我らが食い止めますっ! お逃げくださいっ!」
すると巨人はゆっくりと右腕を振り上げ――一思いにそれを振り下ろした。
「じ、ジンさんっ!?」
「み、水神様ぁーっ!?」
アイリが俺の背に抱き着き、その周囲をウンディーネが固める。
「ジン、どうするー? 全部食べちゃうー?」
「……吹き飛ばす?」
さすがのスラリンもこのサイズの物体を一瞬で食べ尽くすには、人化を解いて本来の姿に戻る必要がある。そうなると付近にいる俺たちもただでは済まない。
また、こんな至近距離で<龍の息吹/ドラゴンブレス>を放たれては、余波によりアイリたちが怪我をしてしまう。
(となると、消去法的に……)
「――俺が出るしかないな」
俺はそっとアイリから離れ、巨人の前に一人躍り出る。
「イ゛ィ゛イイイイイイイイイイッ!」
「ふんっ!」
俺の大剣と巨人の拳が激しく衝突し――。
「――悪いが、力比べなら負けんぞ? ……ぬぅんっ!」
ただ純粋な腕力をもって、巨人の拳をはじき返した。
「イ゛ィ゛ッ!?」
「お、押し返したーっ!?」
バランスを崩した巨人は、そのまま仰向けに倒れた。
「きゃぁっ!?」
その衝撃で大きく大地が揺れる。
「今だ、スラリン! 早めに食べてくれっ!」
「りょうかーいっ!」
彼女は人間の姿を保ったまま、数十本の影を伸ばす。
「イ゛ッイ゛ィ゛イイイイイイッ!?」
壮絶な断末魔と共に、巨人はその全身をスラリンに食いつくされた。
「ぷはー、体がポッカポッカだよーっ!」
「さてもう終わり……か?」
しばらくその場で周囲を警戒してみるが、あのマグマの土人形が出現する兆候はなかった。
「ふむ……どうやら今のが最後のようだな」
そのまま周囲を警戒しながら、洞窟の奥へ奥へと進んでいくとポッカリと開けた場所に出た。
そこには赤い髪に赤い瞳をした三人のサラマンダーと――。
「あれ……? どしたの、おっさん。こんなとこで」
「お前は……ニョーン?」
湖で出会った少女――ニョーンがいた。
外見年齢にして十代前半。スラリンとリューよりもやや幼く、やる気のなさげなダウナーな顔つき。特徴的な赤髪は『放っておいたらこうなった』という感じの長さだ。上は明らかにサイズの大きいダボダボな白いシャツ、下はホットパンツを履いている。
あのとき出会ったままの姿だ。
すると――。
「お下がりくださいっ! ヨーン様っ!」
「ここは我々がっ!」
「こんのウンディーネどもがぁぁああっ!」
長い刀を手にした三人のサラマンダーが襲い掛かってきた。
「へぶっ!?」
「ぬぐぅっ!?」
「ぐはぁ……っ」
彼らを軽くねじ伏せた俺は、ニョーンの目を真っすぐに見据える。
「……『ヨーン様』……だと?」
このサラマンダーたちはニョーンのことを『ヨーン様』と呼んだ。加えてあの必死な態度……。……なるほどな。
「まさか、お前が魔人ヨーンだったとはな……。ニョーンという名は偽名か……」
「あー……」
ニョーンこと、魔人ヨーンは面倒くさそうにポリポリと頭をかいた。
「はぁ……おっさんは何かいい奴っぽいから、殺したくなかったけどー……。仕方ないかー……」
すると彼女の目が煌々と赤く輝き、その周囲に灼熱のマグマが漂い始めた。
「――全員下がれ! 前線は俺が、スラリンとリューは援護を頼む!」
「りょーかいっ!」
「……任せてっ!」
簡単に役割を振り当て、戦闘態勢に移行する。
「んーそこの二匹は、そこそこやるね……。下手に暴れられると面倒だしー……。使っとくかなー……」
そういって魔人ヨーンがこちらに向けて手をかざすと――。
「……ぬっ!?」
「きゃっ!?」
「……あれ?」
「な、何だこれは……っ!?」
突如、全身から力が吸い取られるような不思議な感覚に襲われた。
周囲を見れば、アイリやウンディーネはおろか、あのリューさえもペタリと地面に座り込んでしまっている。
「え、えっ!? きゅ、急にどうしたのみんな!?」
平気なのは不定形モンスター――スライムのスラリンだけだ。俺はしっかりと体に力を巡らすことによって地面に座り込むことはなかったが、それでも何とも言えない気だるさに見舞われている。
そんな中――。
「ふふっ。怠惰の権能――<優しい堕落>。これでもう、おっさんたちに勝ち目はないよー?」
魔人ヨーンだけが、一人怪しくほほ笑んだ。




