十二、火の精霊サラマンダー
マカロさんの家の前には、ガタイのしっかりとした四人のウンディーネが集まっていた。その腕には独特の装飾が施された長い槍が握られており、戦意に満ちた目をしている。
(ん……四人?)
道案内として同行をお願いしたのは、確か一人だったはずだが……。
とにかくマカロさんに話を聞いてみよう。
「おはようございます、マカロさん」
「おぉ、ジン殿――と、水神様っ! いや、ご足労をおかけして、申し訳ございません! 今からそちらへ向かおうと思っていたのですが……っ!」
「「「「申し訳ございませんっ!」」」」
マカロさんを始めとしたウンディーネたちが、すぐさまアイリの前に跪いた。
「い、いえいえ! そんなお気になさらずにっ!」
(今日も水神様は大人気だな……。しかし、今はそんなことよりも――)
「ところでマカロさん、こちらの方々は……?」
「えぇ、この里でも腕利きの者たちです! ヨーンの討伐への大きな助けになるでしょうっ! ――さらにっ! この里一番の槍使い――この豪槍のマカロもおとも致しますっ!」
すると彼は身の丈以上の大きな槍を豪快に振り回してみせた。
「そ、そうですか、ありがとうございます」
「いえいえっ! 水神様を守護するのはウンディーネの務めっ! ぜひっ、大船に乗ったつもりでいてくださいっ!」
(……困ったな)
さすがにこれほどやる気に満ち溢れている彼らに「一人で大丈夫です」とは言えない。
(……やむを得ないな)
「それではマカロさん。早速ですが、ヨーンの居城までご案内をお願いできますか?」
「承知しましたっ! ――いくぞ、お前たちっ!」
「「「「はっ!」」」」
こうして俺たちは、彼ら五人を加えた合計九人になる大所帯でヨーン討伐へと向かうことになった。
■
数時間後。
「うー、やっぱりこっちは暑いー……」
「そうですね……少し厳しい気温になってきました……」
「……んー……そう?」
南へ南へと下り、昨日訪れた湖を越えたあたりで、一気にむせ返るような暑さが猛威を振るった。
(ふむ……ウンディーネたちも、さすがにつらそうだな……)
敬愛する水神様がいるからか、彼らは決して弱音をあげることはなかった。しかし、その額に浮かぶ大粒の汗が、彼らの窮状を何よりも雄弁に語っていた。
(そろそろクールドリンクを使うか……?)
俺がそんなことを考えていると、先陣を行くマカロさんが突如立ち止まった。
「こ、こんなところにまでマグマがっ!?」
見れば、視線の先には溢れんばかりのマグマが広がっていた。それはジワジワと、しかし確実に水の里へと迫っている。
「じ、ジン殿、昨夜は問題ないと言っていたが……。このマグマをいったいどうやって乗り越えるんだ?」
「大丈夫です、ちゃんと考えてあります――リュー」
「……ん? どうしたの……ジン……」
「<氷の息吹/ブリザードブレス>だ。……ちゃんと加減はしてくれよ?」
「あいー」
彼女は少しだけ、大きく空気を吸い込み――。
「ふーっ」
ゆっくりと息を吐きだした――次の瞬間。
「な、なんとっ!?」
「す、すごい……っ!」
辺り一面が白銀の世界に――透き通るような氷に包まれた。
そこには灼熱のマグマも、うだるような暑さもない。どこまでも広がる氷の世界だ。
すると――。
「あ、あなた様は……氷の神でいらしたのかっ!?」
マカロさんの鋭い瞳が、リューを真っすぐにとらえた。
「……?」
事態を全く飲み込めていない彼女は首を傾げ、助けを求めるようにして俺の方を見た。
「あー……。はい……実はリューは氷の神なんですよ」
助け船とも呼べない、半ば投げ槍なカミングアウトをすると――マカロさんは顔を伏せプルプルと震え始めた。
「あの、マカロさん……? 大丈夫ですか……?」
「……なんという……なぁんというっっ!! 水神様のみならず、氷の神までもが……っ! 我らウンディーネの窮地に立ち上がっていただけるとはっ! あぁーっっっ! 我々の先祖はいったいどれほどの徳を積み、善行を重ねたのかっ! 繁栄のときは――約束のときはきたっ! ふふっ……ふぅうはははははははははっ!」
……どうやら彼の中の大事な何かが壊れてしまったようだ。
突如マカロさんは身をよじって、狂ったように笑い始めた。
同時に残りのウンディーネたちも、それにつられるようにして笑い始めた。
「……行こうか」
「「はーいっ!」」
「は、はいっ!」
軽いトリップ状態に陥っている彼らを置いて、俺たちは南へと向かって進む。氷に覆われた大地を真っすぐに。
「おぉ、神よ――いや、神々よっ! お待ちくださいっ!」
その後、そのままずっと南へと下っていくと――。
「――見えてきました。あれが火の里です」
前方にサラマンダーの集落、火の里が目に入った。
「ほぅ……ここが火の里か」
遠目からでも多くのサラマンダーが右往左往している姿が見える。
どうやら彼らは突然の環境の変化――マグマが、大地が一瞬にして凍り付いたことに驚いているようだった。
「ジン殿。魔人ヨーンの居城はこの先です。……ここは迂回しましょうか?」
「いえ、このまま突っ切りましょう」
下手に迂回したルートを選ぶと、最悪の場合魔人ヨーンとサラマンダーに挟撃される恐れがある。彼らが素直に通してくれるならばそれでよし、通してくれない場合は眠ってもらえばいい。
そのまま火の里へ足を踏み入れると――。
「な、なんだ貴様らはっ!? 火の里に何の用だっ!」
「この氷は貴様たちの仕業かっ!?」
「お、お前はマカロっ!? ウンディーネめ、性懲りもなくまた攻めてきたのかっ!」
赤い髪に赤い瞳をした男たち――サラマンダーが矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。彼らの手には既に長い刀が握られており、明確な敵対姿勢を示している。
「ねぇねぇ、ジンー。あれ、食べていい?」
「いいわけないだろう?」
「うぅ、そっか……我慢する」
食欲旺盛なスラリンを押しとどめ、俺はこの一団を代表して一歩前へと出る。
「あー……すまない。ここを通してくれないか? あなたたちサラマンダーと争うつもりはない。俺たちは、ただヨーンを討伐しに来ただけなんだ」
「……火神様を討伐する……だと?」
サラマンダーたちの目に危険な色が宿った。
「我らが神に牙を向くとはいい度胸だっ! その愚かさ、無謀さ、罪の重さをっ! その身をもって知るがいいっ! ――かかれぇっ!」
一人の放った大きな号令とともに――。
「うぅぉおおおおおおおおおっ!」
「ヨーン様へ信仰を捧げるのだぁあああああっ!」
「愚かなウンディーネがぁあああああああっ!」
刀を手にした大勢のサラマンダーが一斉に襲いかかってきた。
「じ、ジンさんっ!?」
「み、水神様を守れぇえええっ!」
このような事態に慣れていないアイリあg一歩たじろぎ、その周囲をウンディーネが固めた。サラマンダーは、必然的に先頭に立つ俺へと迫ってくる。
「はぁ……残念だ……」
俺は仕方なく大剣を手に持ち、そのまま横一線に薙ぎ払うと――。
「ぐはっ!?」
「うぅっ……」
「かはぁ……っ!?」
襲い掛かってきたサラマンダーたちは、たったの一撃で遥か遠方まで吹き飛んだ。
「「「……は?」」」
残されたサラマンダーの口から、言葉にならないつぶやきが漏れ出た。
「――安心しろ、命まではとらんさ」




