十一、準備完了
「あ、明日に出発すると言うのか……!? 少し、急ぎ過ぎではないか……っ!?」
「いえ、必要な情報はもう集まりました。これ以上、時間をかける必要はないでしょう」
(何より、魔人ヨーンにこれ以上『場』を作られたくない)
モンスターの中には、自らの属性に合わせて場を作る種類が存在する。
例えば毒龍ヒプノス――こいつは体から溢れ出す猛毒の液体を縄張りのそこかしこになすりつける。そうすることによって、自身が最も力を発揮できる有利な盤面を形成するのだ。
(まず間違いなく、ヨーンもその系統のモンスターだろう)
おそらく火属性のモンスター、それも無尽蔵にマグマを生み出す恐ろしい力と高い知性を併せ持つ強敵だ。
(これ以上奴に時間を与えても、いたずらに自分たちの首を絞めるだけだ。今回は早期決着が望ましい)
「し、しかし、道中にあるマグマはいったいどうするつもりだ!? もうノームの力は借りれないんだぞ!?」
「あれぐらいなら問題ありません。こちらで対処させていただきます」
「む、むぅ……。だが、マグマをどうにかできたとしても……そもそも勝算はあるのか……?」
「勝てる――と断言することはできませんが、負けるつもりはさらさらありません」
するとマカロさんはジッと俺の目を見つめ――重々しく首を縦に振った。
「……わかった。では道を案内するウンディーネは、私が決めてもよいか?」
「えぇ、ぜひお願いいたします」
その後、マカロさんは「火の里までの道に詳しいウンディーネと話しをしてくる」と言って、部屋をあとにした。
「さて……それじゃ俺も帰るとするか」
時刻は既に零時を回ろうとしている、スラリンたちはもうとっくに眠っている頃だろう。
スラリンとリューが朝起きて夜寝る――きちんとした朝型の生活になってくれたのは助かる。
(それまでは本当に……ゆっくりと寝ていられないような生活だったからな……)
深夜遅くまでクエストを消化し、それが終わったらすぐに二人のメシを作る。その後は、時間の許す限り二人と一緒に遊んで……。正直まともに寝る時間はほとんどなかった。
そんな昔のことを思い返していると、気付けば既に屋敷の前だった。
「――ただいま」
ゆっくりと扉を開け、いつもより小さな声で帰りの挨拶をする。
「……ふむ、寝てるか」
三人はそれぞれ違うシングルベッドで、ちゃんとパジャマに着替えてスヤスヤと眠っていた。
その後、風呂に入り、簡単に明日の準備を整えた俺は――。
「スラリン、リュー、アイリ。おやすみ」
空いているベッドに横たわり、ゆっくりと眠りについた。
■
翌朝。
(……うっ)
何やら強烈な寝苦しさを感じた俺は、ハッと目を覚ました。
(……どういうことだ?)
昨晩はちゃんと誰も寝ていない――空いているシングルベッドで寝たはずだ。
そのはずが――。
(……重い)
現在俺の右腕にはリュー、左腕にはアイリが抱き着いている。そして何より――。
「うへへぇ、もう食べられないよぉ……」
俺の腹の上でむにゃむにゃと寝言を言いながら、気持ちよさそうに寝ているスラリン。
いったいどんな夢を見ているのか、中々の量のよだれが、俺の寝間着を濡らしていた。
(……うん、いい朝だ)
強引にそう思い込むことによって、気分だけでも晴れやかなものにする。……体は全く休まっていないが。
「あー……起きるか」
カーテンから、太陽のまぶしい光がこぼれている。
時計を見れば時刻は六時。起きるにはちょうどいい時間だ。
「よっこいしょ……っと」
スラリンをゆっくり腹の上から降ろす。
「ふへへぇ……」
「全く……ずいぶんぐっすりと眠っているな」
大きく伸びをして、歯を磨く。
(それにしても……アイリがこの時間に起きていないのは珍しいな……)
彼女は俺たちの中で最も起きるのが早い。だいたいいつも五時ぐらいには起きて、家事に勤しんでくれている。
(やはり魔法を使い過ぎたのだろう……)
本人は一日寝れば大丈夫と言っていたが……。今日はあまり無茶をしないようによく見ておこう。
顔も洗ってさっぱりしたところで――。
「さて……今朝は何を作ろうかな……」
ウンディーネからいただいた食材を前に、俺は腕まくりをする。
■
それから俺たちは、いつものようにまったりと四人で朝メシを食べた。
話題は自然と今日の予定に移る。
「――ところでジンさん。今日はいったいどうするご予定ですか?」
「ん? あぁ、とりあえずヨーンを仕留めようと思う」
「おぉっ! 了解ーっ!」
「ふふっ……楽しみ……っ!」
「わかりまし――えぇっ!?」
するとアイリが一人素っ頓狂な声をあげた。
「ど、どうしたアイリ?」
「きょ、今日ですか!?」
「あ、あぁ……。何か都合でも悪かったか……?」
「い、いえ……。ずいぶん急だなと思いまして……」
アイリのこの反応……。もしかして……。
「もし具合が悪いのだったら、延期しても大丈夫だぞ……?」
「いえいえ! 私の体はもうばっちりです!」
彼女はバッと立ち上がり、元気であることを強くアピールした。
「そ、そうか。それならいいんだが……。もし少しでも具合が悪くなったら、ちゃんとすぐに声をかけてくれよ?」
「はい、ありがとうございますっ!」
アイリとそんな話しをしている一方で――。
「ねぇ、リュー。今回のごはんは、魔人だよーっ! どんな味がするのかーっ!?」
「きっと……ジューシー……っ!」
スラリンとリューは早速今日の昼メシの話をしていた。
ふむ、せっかく楽しんでいるところに水を差すようで悪いが……。
「いや……。七つの大罪の一つ――ゼルドドンという龍は、脂のない固い肉だったぞ? あまり期待し過ぎるのも――」
「「お肉ならなんでもいい!」」
「……そうか」
そういえばこの二人はそうだったな……。
彼女たちにとっては、高級霜降り肉もサシの全く入っていない肉も――どれも同じ、等しく『お肉』なのだ。ある意味ではこれ以上ないほどに、平等な考え方である。
(……まぁ好き嫌いがないのはいいことだよな……うん)
「それじゃ片づけを済ませたら、まずはマカロさんの家に行くとしよう」
彼には道案内として同行してもらうウンディーネを紹介してもらわなければならない。
「そうだな、俺が皿洗っている間にみんなは身支度を整えておいてくれ」
「「はーいっ!」」
「あっ、私もお手伝いします」
「おっ、そうか。助かるよ」
その後、後片づけを済ませ、身支度を整えた俺たちは、マカロさんの家へと向かった。




