十、決戦前夜
その後、水の里に帰った俺は簡単な食事を作って、スラリン・リュー・アイリと一緒に楽しく食べた。
ウンディーネたちは今日も祭りを開こうとしていたが、そこはさすがに丁重にお断りさせていただいた。既にずいぶんと無理をしているアイリに、これ以上の負担を強いるわけにはない。
そして現在、俺はマカロさん宅にお邪魔していた。目的は当然、この世界の情報収集である。少し話が長引くことが予想されたので、スラリンたちは部屋においてきている。今頃は三人ともぐっすりと寝ていることだろう。
時刻は二十三時――話し合いを始めてから既に二時間が経過していた。
「――なるほど。ヨーンの居城は、サラマンダーの集落――火の里をさらに南下したところにあるのですね……」
この周辺の地理情報・生息するモンスターの情報・サラマンダーの身体的特徴・ヨーンを守る謎のマグマの土人形――そしてたった今、魔人ヨーンの居城について教えてもらった。
「うむ、その通りだ。……そうだな、少し待っておれ」
すると何かを思い出したかのようにマカロさんはスッと立ち上がり、ごそごそと大きな机を漁り始めた。
ちなみに水神様ことアイリがこの場にいないため、彼は初めて会ったときの威厳あふれる族長に戻っている。
「確かこの辺りに……おぉ、あったあった」
マカロさんは、机から取り出した一枚の古ぼけた大きな紙を机に広げる。
そこには大雑把ながらも、この周辺の地形が記されていた。
「これは……この辺りの地図ですか」
「うむ。大昔に作られたもので、正確性には乏しいが……。まぁ、ないよりはましだろう」
「助かります」
マカロさんは鷹揚に頷き、「念のために」と前置きしたうえで地図の説明を始めた。
「この青い丸で囲ってあるのがここ水の里だ。こっちの赤い丸で囲われているのが火の里。――そして、そうだな……。ちょうど、このあたりがヨーンの居城だろう」
マカロさんは、トントンと地図上の一点を指差した。
「少し、距離がありますね……」
昼に足を運んだ湖からさらに南へ下った先に火の里があった。
それに何より、気になるのが――。
「ヨーン討伐隊は、どのようにして火の里へたどり着いたのですか?」
この地図を見る限り火の里は、俺たちが転移してきた地点よりもさらに南側にある。
(……あのあたりは一帯がマグマだまりだったはずだ)
スラリン――スライムと動揺に火が弱点のウンディーネが、いったいどのようにして、あの大量のマグマを越えて火の里へたどり着いたのか。
「あぁ、それははだな――ノームの力を借りたのだ」
そのまま彼は説明を続ける。
「ジン殿も知っての通り、ノームは地の精霊。彼らが本気になればこの大地を操作し、マグマのない道を作り出すことも可能だ」
「なるほど……。しかし、ノームは既に里を捨てて、北へ移住をしたという話でしたよね?」
「うむ……。彼らは風の精霊シルフと共に、北方へと旅立っていった。今やどこで何をしているかもわからん。残念ながら今回はノームの手を借りることはできんな……」
「そうですか……」
ノームの力を借りられないとなると、あのマグマを突破する別の手段を考えなければならない。
(さて、はたしてどの方法が一番目立たないだろうか……?)
俺の脳内にパッと浮かぶ方法は三つだ。
一、スラリンが全てのマグマを食べ尽くす。
二、リューの<氷の息吹/ブリザードブレス>で、マグマを凍らせてしまう。
三、リューの<龍の息吹/ドラゴンブレス>で、マグマのある一帯を全て吹き飛ばす。
アイリが<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>でマグマを冷やすという手もなくはないが……。おそらく彼女の体力が持たないし、何より時間がかかり過ぎてしまう。現実的なものは、この一・二・三のどれかだろう。
(ふむ、三は……駄目だな……。あまりにも目立ち過ぎる……)
さすがに周辺の土地を丸々吹き飛ばしたのでは、すぐにヨーンに感づかれてしまう。逃げられでもしたら厄介だ。
(ならば、残るは一と二だが……)
スラリンは……残念ながらあまり器用な子ではない。何より自分の欲望をセーブすることが、少し……いや、かなり苦手としていると。もし彼女にマグマだけを食べるよう言ったとしても……。
(まず間違いなく、周辺の大地にも手を付けるだろうな……)
そうなればここら一帯が穴だらけになってしまう。これでは魔人ヨーンを無事に討伐したとしても、この世界に大きな爪痕を残してしまう。
(となると……一か)
人化こそ少し苦手だが、それ以外の面においてリューは非常に優秀な子だ。破滅の龍の巨大な力を完璧にコントロールしており、俺の言うこともちゃんと聞いてくれる。
(よし、そうだな……。今回はリューに頼むとしよう)
とにかくこれで必要な情報は全て集まった。
(まぁ、欲を言えばヨーンの見た目やどのような力を持つかなども知りたいところではあるが……)
ないものねだりをしてもしょうがない。この世界でそれを知るのは、魔人ヨーン本人とサラマンダーだけだ。
思考がまとまったところで、俺は長時間丁寧にこの世界の情勢を話してくれたマカロさんに礼を告げる。
「――マカロさん。このたびはいろいろと教えていただき、ありがとうございました。本当に助かります」
「いやいや。こちらこそ湖をもとに戻してくれたこと、本当に感謝している」
俺が感謝の意を込めて頭を下げると、向こうも同じように頭を下げた。
「ところでマカロさん、一つお願いがあるのですが……」
「ん、どうした? 私が力になれることならば、何でも言ってくれ」
「ありがとうございます。では――もし可能であれば、ヨーン討伐に参加したウンディーネを一人、お借りしてもよろしいでしょうか?」
「……? それはどういう意味だ……?」
するとマカロさんは首を傾げ、発言の真意を問うてきた。
「いえ、明日にはヨーンを討伐したいと思いますので。ぜひ道案内をお願いしたいんですよ」
「な、なんだとっ!?」
彼は目を大きく見開き、大きく後ろにのけぞった。




