九、重い? 軽い?
「早速なんだが、ニョーンはサラマンダー……ということでいいのか?」
マカロさんの話では、この世界に存在する人型の種族は四大精霊のみらしい。ということは、身体的特徴――その赤い髪から察するに彼女はおそらくサラマンダーだろう。
するとニョーンは、ガシガシと頭をかきながら――。
「んー……。まぁ全然違うけど、そんな感じー」
(全然違うのか、そんな感じなのか……果たしてどちらなのだろうか……)
ずいぶんと適当な返事を返してきた。
「それでおっさん、どしたの? あたしに何かよう?」
「いや、この近くにウンディーネが大勢来ていてな。ニョーンが彼らに見つかる前に、警告ぐらいはしようと思ってな」
「えー……、そうなの? うーん、ウンディーネかぁ……。今はちょっと会いたくないなぁ……」
彼女は苦い顔をすると――。
「はぁ……。よっこいしょっと……」
まだ若いというのにずいぶんおっさんくさい、掛け声とともに立ち上がった。
「おっさん、教えてくれてありがとね。あたしは、ウンディーネに気付かれる前に帰るとするよ」
「そうか、気を付けてな」
「ん」
ニョーンはバケツに入った魚を全て湖に逃がすと、そのままどこかへと歩き去っていった。
(食べるために釣っていたわけではないのか……。変わった奴だな……)
彼女を無事に逃がすことが出来たので、俺はアイリたちのいる場所へと戻った。
(アイリは……っと、まだ頑張ってくれているのか……)
そこでは先ほどと同様に熱狂的な踊りを繰り広げるウンディーネと、その中心で一人けなげに魔法を発動し続けるアイリの姿があった。
「ジン、さっきの赤髪の子……なんだったの……?」
口を開いたのは、木陰に腰を下ろし、周囲の警戒をしてくれているリューだ。
「おそらくだが、サラマンダーの少女だな」
「……逃がしたの?」
「まぁな。俺たちの目的はヨーンの討伐だ。それにサラマンダーたちも被害者だからな」
「そうなんだ……了解……」
それから数分後――。
「はぁはぁ……。少し、休憩をいただいてきました……」
肩で息をしたアイリがウンディーネの集団をかきわけて、こちらへ向かってきた。
「おつかれさま。――スラリン、水とグラスを出してくれ」
「はーい」
スラリンはお腹のあたりから、水がなみなみと注がれたグラスを取り出した。
「疲れただろう、水でも飲んで少しゆっくりとするといい」
「あ、ありがとうございますっ!」
アイリはそれを本当においしそうにごくごくと飲み始めた。
「んぐんぐ……あぁ……。生き返ります……」
この蒸し暑い気温の中、異様なテンションで踊り続けるウンディーネに囲まれ、一人でずっと魔法を使い続けていたんだ。疲れるのも無理はない。
「どうするアイリ? 今日はこのあたりでいったん里に戻るか?」
別に今日一日で湖の水を元通りにする必要はない。明日や明後日と分割すれば、体力的にも楽だろう。
しかし、彼女はぶんぶんと首を横に振った・
「い、いいえっ! 絶対に! 何としても! 今日で終わらせますっ!」
アイリははっきりと強く宣言した。
(今日で終わらせたいんだろうな……)
どうやら彼女は嫌なことはその日の内に――可能な限り早く終わらせてしまうタイプらしい。
「……そうか、それなら俺たちはここから陰ながら応援しているぞ」
「ありがとうございますっ! それでは……行ってきます」
そうして彼女は神妙な面持ちで、再びあの狂気の場所へと足を踏み入れた。
「はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」
「「「――はいっ! はいっ! はいはいはいっ!」」」
「さーっ! さーっ! さっさーっ!」
「「「――さーっ! さーっ! さっさーっ!」」」
「そいやっ! そいやっ! そいそいそいそいっ!」
「「「――そいやっ! そいやっ! そいそいそいそいっ!」」」
その後、アイリは何度かの小休憩を挟み――そしてついに。
「お、終わりました……っ」
見事、日が暮れる前に湖の修復を完了させた。
「――うぅぉおおおおおおおおおおおっ!」
「さすがは水神様だっ!」
「たった一日で――いや、半日でこの大きな湖を蘇らせるとはっ!」
ウンディーネは歓喜の声をあげ、大喜びで湖へ飛び込んで行った。
「や、やりましたよ……ジンさん……」
そういって彼女は、俺の横にどてっと倒れ伏した。
「あぁ、おつかれさま。よくやってくれたな」
疲労でぐったりとした彼女の頭を優しく撫ぜてやる。
「はふぅ……」
彼女はため息をもらすと、そのまま俺の方へすり寄ってきた。
(本当に疲れたことだろう――主に精神的に)
とにもかくにもこれでウンディーネの願いは聞き届けた。本来ならば、この場で聞き込み調査を開始したいところだが。
(さすがにアイリの疲労が大きいな……)
ポーションで回復させるのもありだが、今回の場合は精神的な疲労によるところが大きい。こういうときは、静かな場所でゆっくりと体を休めるのが一番だ。
「――よし、それじゃ一度里に帰るか」
情報収集はアイリを部屋で寝かしつけてから、俺が一人でやっておくことにしよう。
「賛成ーっ!」
「……帰ろーっ!」
「はい、わかりまし――あ、あれ……? ――いたっ!?」
スラリンとリューが元気よく立ち上がったが――いったいどうしたというのか、アイリは立ち上がろうとした勢いをそのままに、前のめりに倒れてしまった。
「お、おい、大丈夫か!?」
すぐさま彼女を仰向けにしてあげる。
「す、すみません。どうやら魔法を使い過ぎてしまったみたいで……。ちょっと体に力が入らないみたいです……」
アイリは申し訳なさそうにそういった。
(確か魔法の発動には、周囲のマナと身体エネルギーが必要という話だったな……)
となればこれは、長時間にわたり魔法を発動し続けたことによる身体エネルギーの欠乏……とみるべきだろうか。
「いや、気にするな。そんなことよりも、この状態は大丈夫なのか?」
正直魔法について全く知識のない俺では、対処に困る状況だ。ここはポーションを飲ませるべきなのか? それとも強壮剤を飲ませるべきなのか? 判断に困ってしまう。
「はい……。少し休めばちゃんと元気になります。前にもお母さんに魔法を教えてもらっていたとき、一度こうなったことがあるので……」
なるほど……。どうやら、ここは『体を休める』が正解のようだ。
「そうか、それはよかった。……それじゃ、俺がおぶっていこうか?」
既に太陽は東の地平線に沈もうとしている。
それにこんな吹きっさらしの平原では、休まるものも休まらないだろう。
「い、いいんですかっ!?」
「あぁ。アイリが嫌じゃなければ、だがな」
すると――。
「は、反対っ! おんぶするなら、暑さにやられたリンがいいと思いますっ!」
「二人とも……駄目……っ! ここは今日一日見張りを頑張った……私が適任……っ!」
どういうわけかスラリンとリューが猛反対の姿勢を見せた。
「……いや、二人とも歩けるだろう?」
「「……むぅ」」
反論の余地がなくなったからか、二人は同時に口をつぐんだ。
いったい何だったんだ……。
「どうするアイリ? 嫌なら、別に構わないんだが……」
その際は少々荒療治だが、ポーションを飲んでもらうつもりだ。そうすれば、肉体的疲労は回復するので、里まで歩いて帰ることぐらいはできるだろう。
(まぁ何にせよ、夜はモンスターの活動が活発になる。この場に長く、留まることは危険だ)
「い、いえ! ぜひ――ぜひお願いしますっ!」
「そうか、それじゃ――乗っかるといい」
アイリに背を向け、しゃがんだ姿勢をとるが――。
「……どうした?」
どういうわけか彼女は、何かをためらうように俺の背をジッと見て固まっていた。
「わ、私……その……。少し重いかもしれません……」
アイリは顔を赤くして、ポツリとつぶやいた。
「ははは、大丈夫だ。俺はこう見えて力には少し自信がある」
年を重ねるごとに、体は言うことを聞いてくれなくなっている。俊敏さも体力も、昔に比べればずいぶんと衰えてしまった。しかし、幸いなことにまだ腕力だけは、今も全盛期……のつもりだ。
「気にせずに、ドーンと来るといい」
「そ、それじゃ失礼して……っ」
そういって彼女は静かに俺の背にもたれかかった。
彼女が俺に体重を預けたことを確認して――。
「よっと」
そのまま立ち上がる。
「ん? なんだ、軽いじゃないか」
「そ、そうですか……?」
「あぁ、俺の大剣よりも遥かに軽いぞ!」
「そ、それは……喜んでいいんでしょうか……?」
「……ん? ま、まぁともかく、しっかりと俺に掴まっててくれよ?」
「はいっ!」
そうして俺はアイリをおんぶしたまま、水の里へと向かった。
(こ、これは役得……ですねっ!)
(ず、ずるいずるいっ! リンだって疲れてるのにっ!)
(……うらやましい)




