七、仁義なき戦い
「とりあえず明日いっぱいは、里のウンディーネに聞き込みをしようと思う」
「あれ? ヨーンを倒しに行かないの?」
スラリンは不思議そうに首をかしげた。
「あぁ、ヨーンの討伐に向かうのは早くても明後日以降だ。まずはもっとたくさんの情報を集めないとな」
この周辺の地理情報・サラマンダーが今何をしているか・魔人ヨーンの居城の位置――まだまだ必要な情報が不足している。
(とにもかくにも――まずは情報収集だ)
これは討伐クエストを受けるときも同じだ。目標となるモンスターの生息地・活動時間・周辺の地理情報を調べ上げ、それらをしっかりと頭に叩き込んでから出発する。
(敵は高い知性を持った未知の化物……警戒し過ぎるということはない)
幸いにして異世界転移初日に十分な足掛かりを――地盤を固めることができた。ここは勝負を急がずに、着実に有利な盤面を構築していくべきだろう。
「わかった!」
「了解ー……っ!」
「明日は聞き込みですね!」
三人の承諾も取れたところで、俺は昼過ぎからずっと気になっていたことを切り出す。
「――ところで、アイリ。さっきの魔法――<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>は、どうしてああなったんだ?」
魔法を失敗してしまったのか? それとも暴発したのだろうか? どちらにせよ、前回エルフの森で見た魔法とは、あまりに規模が違い過ぎる。
すると彼女は悩ましげに、顎に手を添えて自身の考えを口にした。
「……おそらくですが、大気中のマナ濃度がとても高いからだと思います。私のいた世界では、これほどのマナは存在しませんでした」
マナ――アイリの話によれば、広く世界に存在する魔力の源。魔法を発動する際は、大気中に浮遊するマナと自身の身体エネルギーを織り交ぜて発動するらしい。
「なるほど……」
その話を聞いた俺は、ギルド長のタールマンさんとの会話を思い出す。
(確か強欲の魔龍ゼルドドンは、周囲のマナと呼ばれる力を吸収する……という話だったな)
おそらくだが、アイリのいた世界のマナはゼルドドンに吸収されつくしてしまっていたのだろう。そう考えれば筋が通る。
「――となると、今後魔法を使う際は、少し注意が必要だな」
「そうですね……」
彼女は<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>以外にも、たくさんの魔法をメイビスさんから教え込まれたと言っていた。それらが強化されたことは素直に喜ばしい。今後の旅においても大きな力となってくれるだろう。
(……しかし現状、安易に戦闘で使うことはできない)
規模・効果範囲が不明確なため、敵に放ったつもりの魔法が、味方を襲ってしまうかもしれない。
「この世界のマナ濃度は、俺たちのいた世界のと比べてどうだ? 濃いめなのか? それとも薄めなのか?」
「うーん……。正直なところ、あまり大差はないと思います」
「そうか。それなら魔法のことは、元の世界に帰ってからじっくりと調べよう」
ここで魔法の練習をするのはあまりに目立ち過ぎる。いらぬ注目を浴びて、魔人ヨーンに逃げられたり、妙な手を打たれるような事態は避けたい。
「はい、わかりました」
さてこれでひとまず今日話し合うべきことは全て片付いた。
「――よし、それじゃ、みんな。今日は疲れただろう。風呂に入って、ゆっくり体を休めてくれ」
「「はーいっ!」」
元気な返事をした二人が、どたどたと風呂場へ走っていった。
「あの、いつも先を譲っていただいてばかりなのですが……」
アイリは一人その場で申し訳なさそう表情を浮かべた。言外に『一番風呂をどうぞ』と言っている。
すると――。
「なになにーっ? ジンも一緒に入るー?」
「私たちは……構わないよ……?」
スラリンとリューが風呂場からひょっこりと顔だけをのぞかせてそう言った。
「えっと、そ、その……わ、私も別に構いませ――」
「こらこら、おっさんをからかうんじゃない。――ほら、アイリも俺のことは気にせずに、ゆっくりと風呂につかってくるといい。俺はみんなが上がってからいただくよ」
「「はーいっ!」」
「は、はいっ、すみません!」
スラリンとリューは顔を引っ込め、アイリは何故か顔を真っ赤にして風呂場へ走り去っていった。
■
その後、風呂に入り、歯を磨き、寝間着に着替えた。スラリンはいつも青色のパジャマ。リューは白色のパジャマ。そしてアイリは、彼女用にと街で買ってあげた黄色のパジャマを着ている。
(ふー……そろそろ寝るか……)
時刻は既に二十三時。後はもうベッドに入って寝るだけだ。
(それにしても、今日はいろいろなことがあったな……)
転移先が地上三百メートルの空中で、そのうえ下がマグマだまり。四大精霊の一つウンディーネとの遭遇。七つの大罪の一つ――魔人ヨーン。そして恐るべき狂信者たちによる降臨祭。
(明日は……まずはマカロさんに会いに行くか)
俺がそんなことを考えながら、ベッドに横たわると――。
「私は今日――グーを出します!」
「それじゃ私も……グーを出す……っ!」
「そ、それならリンは、パーを出すよ!」
毎晩の恒例となっている仁義なき戦いが始まった。
アイリが我が家に住むようになってから、毎晩誰が俺の隣で寝るかを決める熱きジャンケン大会が開かれている。
「い、いいの、二人とも? リンはパーを出すんだよ? 本当にグーでいいの? 今なら変えっこしてもいいよ?」
「ふっ……構わない……っ!」
「問題ありませんっ!」
何やら今回はいつもよりも激しい心理戦が繰り広げられていた。
「ふ、ふーんっ! そ、それならリンの一人勝ちだねっ!」
「それは……どうかな……?」
「ふふっ、そう上手くは行きませんよ?」
リューとアイリは余裕の表情を浮かべている。
「ぐ、ぐぬぬ……っ! そ、それじゃいくよ――最初はグーっ!」
「「「じゃんけん――ポンっ!」」」
結果――アイリとリューは、宣言通りにグーを出した。
その一方で、裏の裏をかいたスラリンは一人チョキを出していた。
「やったっ!」
「今日も……華麗な勝利……っ!」
見事にこの仁義なき戦いを制した二人は、リューとアイリは二人仲良くハイタッチを交わす。
「な……っ!? な、なんでみんな嘘つかないのっ!?」
一人ぷるぷると体を震わせながら、スラリンがそんな何とも言えない疑問を二人に投げかけた。
「ふっ、正義は……勝つ……っ!」
「ふふっ、嘘は駄目ですよ、スラリンさん!」
(うーん、今日もこうなったか……)
残念ながら、スラリンはジャンケンが――いや、心理戦がとてつもなく弱かった。勝率でいうと二割ほどだろうか……。無駄に裏の裏を読み過ぎて、いつも自滅している。
すると――。
「ジンー……助けてぇー……」
しょんぼりとした顔のスラリンが、俺の上に飛び乗ってきた。
「いや……そんな目をされてもなぁ……」
一応はルールに則って行われた勝負だ。俺が強引にスラリンと一緒に寝るわけにもいかない。
「そうだな……。明日からジャンケンはやめて、別の種目にするのはどうだ?」
苦手なジャンケンをやめにして、ババ抜きなり神経衰弱なり、別の種目を試してみるのも悪くないだろう。
「そんなの、リンが逃げたみたいで嫌ーっ!」
「……そうか」
それならばもう俺には「がんばれ」としか言ってやることができない。
「ふふっ、敗者は……去るべし……っ!」
「むぎゅっ!?」
そういってリューが、スラリンを俺からひっぺ返し、隣のベッドへと放り投げた。
「えへへ、今日も……ジンと一緒ぉ……」
「やっぱり、落ち着きます……」
そういって二人は俺の両隣に横たわり、しっかりと俺の両腕を抱きしめた。
「あー……スラリン? ちゃんと布団をきて寝るんだぞ? お腹は冷やすなよ?」
「うぅ、ありがと……ジン……」
俺はせめてものフォローをスラリンにしつつ、ゆっくりと眠りについた。
■
その翌日。
朝支度を済ませ、屋敷から出た俺たちを出迎えたのは――。
「え、えーっと……どうしたのでしょうか、みなさん?」
平伏した里中のウンディーネたちだった。
「――水神様。折り入って、お願いごとがございます」
一族を代表して、マカロさんが顔を伏せたままそういった。




