六、おっさんと時間
「それにしても、おいしかったねーっ! 水水料理っ!」
「あれは……絶品……っ!」
二人はじゅるりとヨダレを垂らしそうになりながら、晩メシとして振る舞われた料理のことを語りだした。
(水水料理――ウンディーネに古くから伝わる伝統料理だな)
彼らにとって『水』とは飲むものでもあり、同時に食べるものでもある。塩や胡椒などで味付けをした水に粘性を持たせ、それを薄く何層も何層も肉に巻き付けたり、魚介類の旨味を「これでもか」というほどに濃縮したスープだったり。こと『水』の扱いにおいては、ウンディーネの右に出るものはいない。
(そういえば俺が水水料理を食べるのは、これで二度目になるな……)
元の世界でたまたまウンディーネを助けた際にも、こうやって水水料理を振る舞ってもらったことがあった。彼女は今頃元気にしているのだろうか?
俺がそんな昔のことを思い出していると――。
「私も食べてみたかったです……」
アイリがしょんぼりとしながら、そういった。
先ほど開かれた降臨祭の主役――水神様(仮)のアイリだったが、残念ながら水水料理を口にすることはできなかった。
(まぁ……あの状況で食べろという方が無茶だな……)
周囲を――四方八方をウンディーネに囲まれ、尊敬と期待が入り混じった目でジッと見つめられたあの異常な状況で、メシが喉を通るわけがない。
そんな風にアイリが苦境に立たされている間、スラリンとリューはウンディーネに振る舞われた水水料理を一心不乱に口へ運んでいた。
俺はというと、万が一にでもアイリに襲いかかるウンディーネがいないか、彼女の背後で警戒しながら――水水料理に舌鼓を打っていた。
「――っと、そうだ。スラリン、そろそろアレを出してくれ」
もうここには他人の目が――ウンディーネの目がない。自由にスラリンの体から物を出し入れしても大丈夫だ。
「はーい」
すると彼女は体内から、たくさんの水水料理を取り出した。
「じ、ジンさん、これは……っ!?」
「ゆっくりと食事がとれる状況じゃなかったからな。こっそりとスラリンに保管してもらっていたんだよ」
ウンディーネの目を盗んで、スラリンの体に料理を詰め込むのはそう難しいことではなかった。彼らの意識は完全にアイリへ集中しており、こちらに注意を払うものなどいなかったのだ。
「あ、ありがとうございますっ!」
アイリは行儀よく「いただきますっ!」というと、水水料理の一つ――水水チキンに手を伸ばした。
「はむ……っ! んっ……お、おいしいっ!」
彼女は目を輝かせて、そう感想を述べた。
「でしょでしょーっ! 私も水水チキンが一番のお気に入りっ!」
「確かに……水水チキンもおいしかった……。でも私の一押しは……水水貝のガーリック炒め……っ!」
その後、アイリは本当に幸せそうに水水料理を堪能した。
(ふむ……水神様になりきるのは――特にあの狂信者たちの相手をするのは相当に疲れたと見えるな……)
普段はどちらかというと小食な彼女だが、今日ばかりは大の大人ばりに食べていた。
(ここは暑いからな……。しっかりと食べて、体力をつけてくれるのは助かる)
スラリンやリューと違って、彼女は普通のエルフ――過酷な環境への耐性はあまりない。
(アイリの体力と健康状態には少し目を光らせておく必要があるな……)
俺がそんなことを考えていると――。
「ねーねー、ジンはどの料理が一番おいしかったー?」
ふいにスラリンがそんな話を振ってきた。
「俺か……? そうだな……。どれもうまかったが、強いて言うなら――水水イカだな。水に包まれたイカの独特な歯ごたえ。そして何より、醤油ベースの甘辛い水のタレ! ――あぁ、想像するだけで酒が飲みたくなってきた!」
あれはまさに酒の肴としては一級品だ。
俺が自分のイチ押し料理を力説していると――。
「あはは、ジン何かおっさんみたーいっ!」
「ふふっ……もしかして、少し老けた……?」
二人はそうやって楽しそうに笑った。
「俺だって年もとるさ。あれから何年経ったと思っているんだ?」
スラリン・リューと初めて出会ってから、既に十年以上の時が経過している。そりゃ俺だって、おっさんにもなるさ。
「えー、そんなに昔のことじゃないよー?」
「うん……つい昨日のことのよう……」
「はぁ……。まぁとにかく、もう少し労わってくれると助かる」
彼女たちは別に嘘を言っているつもりはないのだろう。二人にとっては、俺と出会ったことも、本当につい先日のことのように感じているはずだ。
(モンスターと人間の時間の感覚は大きく異なるからな……)
二人のような、はるか悠久の時を生きる伝説上のモンスターの場合は特にだ。
すると――。
「若いころのジンさん……いったいどんな感じだったんですか?」
アイリが妙なところに興味を持ってしまった。
「えーっとねー、何というかもうバチバチに尖ってたよ!」
「触るものみな……傷つける……っ!」
俺の若いころをよく知る二人は、隠すことなくペラペラと口を開き始めた。
「こ、こらこらっ! アイリに妙なことを吹き込むなっ!」
「「はーい!」」
二人は素直なので、注意をすれば一応きちんと口を閉じてくれた。
しかし、口を閉じたからといって一度発した言葉が消えてなくなるわけではない。
アイリが少し驚いたような表情を浮かべながら、質問を投げかけてきた。
「む、昔のジンさんは、尖ってたんですか……?」
「あー……。まぁ、なんだ……その……。昔のことはおいといてだな……。そろそろ明日以降の行動方針を決めようか」
誰だって中年に――おっさんになるころには、話したくないことの一つや二つはあるものだ。彼女には悪いが、少し強引に話題を変えさせてもらう。
「あー、話しをそらしたーっ!」
「ふふっ……、そらしたそらした……っ!」
「教えてくださいよー、ジンさーん!」
俺は三人の指摘を華麗に受け流し、明日以降の予定を話し始める。




