五、自然・当然・必然
「あー……おいしかったっ!」
部屋中の水気を全身で吸い取ったスラリンは非常に上機嫌だった。
彼女が満足してくれたのは、本当に何よりだが……。
それよりも、聞き逃せない発言があった。
(水神様……?)
マカロさんは、アイリを見てはっきりとそういった。それも大粒の涙を流して。
「み、水神様……っ! あなたはこの里に降臨された、水神様だったのですねっ!?」
その目は赤く血走り、今にもアイリに飛び掛かりそうなほどの勢いを感じさせた。そばに控えるラフィーネも口を両手で押さえて、驚愕の表情を浮かべている。
「え、えぇ……っと、私はその……」
アイリは突然の事態にひどく困惑しており、困り顔で俺の方を見てきた。
(仕方がない、ここは助け船を出すか……)
ゴホンと一つ咳払いをして、みんなの意識をこちらに向けさせる。
「……バレてしまっては仕方がありませんね」
「じ、ジンさんっ!?」
「じ、ジン殿、するとやはりっ!?」
マカロさんは両手をワナワナと震わせて期待と不安の入り混じった目を向けてきた。
一方のアイリはまるで「裏切られた」と言わんばかりの悲痛な表情を浮かべた。
「えぇ。彼女こそが――ウンディーネを襲うこの未曽有の窮地を憂慮し、わざわざ天界から足を運ばれた水神様です!」
「……っ!」
俺が早口でそう捲し立てると、彼はゆっくりと崩れ落ちるように床に倒れ伏した。
「ま、マカロさん……?」
(少し派手に言い過ぎたか……?)
若干の不安とともに彼に声をかけたそのとき――。
「……あ、あぁぁああああああああああっ!!!」
突如、マカロさんが奇声を発し始めた。
「そうっ! あの欲深きサラマンダーの元に神が降臨したというのならばっ! 我ら敬虔で忠実なウンディーネの元にっ! 神が降臨なされるのもまた自然、当然、必然っ! あー……ぁあああああああっ! やはり神はおられたのだっ! 我らの願いは届いたのだっ!」
「あ……はい」
冷静でまともな人かと思ったら、ずいぶんとぶっ飛んだ狂信者だった……。スラリンもリューもアイリも――何よりラフィーネまでもが、その異常な姿に一歩引いていた。
そんな中、このなんとも言えない空気に気が付いていない当の本人は、膝を折り、アイリに祈りを捧げた。
「――水神様っ! どうか、どうか我らウンディーネに救いの手をっ!」
「え、えーっと……」
アイリが困ったようにこちらを見るので、俺は黙って頷いた。ここはマカロさんの願いを聞き届けるべきだ。
「も、もちろんですっ! い、一緒に頑張りましょうっ!」
嘘をついたことによる後ろめたさからか、アイリの目はどこか泳いでいた。
「お、おぉおおおおおおおおおっ! ありがとうございますっ! ――ありがとうございますっ!」
彼女の不安げな表情に気付くことなく、マカロさんは何度も何度も頭を下げた。
「――おっとっ! こうしちゃおれんっ! 里のみんなにもこの吉報を知らせなければっ! ラフィーネ、付いてこいっ!」
「は、はいっ!」
彼は慌ただしく立ち上がると、ラフィーネを引き連れて、扉の方へと向かった。
「それでは水神様、私たちはこれにて一時失礼させていただきます」
「し、失礼いたします」
「えっと、あの……。わ、わかりました……」
アイリの許可をもらったマカロさんは、再び頭を下げ、家から飛び出していった。
嵐が過ぎ去り、微妙な沈黙が俺たちを包む。
すると――。
「じ、ジンさんっ! こ、これからいったい、どうするおつもりなんですかっ!?」
涙目のアイリが異議を申し立ててきた。
「まぁまぁ、都合よく勘違いをしてくれたんだ。」
「も、もう……っ! 嘘ってバレたらどうするんですか……っ!」
「大丈夫だ。アイリがちゃんとこの世界を救って、本物の水神様になればいい」
「そ、そんな……」
「心配するな。俺もスラリンもリューも、みんながアイリを支えるから……なっ?」
彼女を安心させるように、優しくその頭を撫でてやる。
「うー……、わかりました……。私も水神様になれるように、頑張ってみます」
「そうだ、その調子だぞ」
その後、『降臨祭』という派手なお祭りが開かれた。何でも古くからウンディーネに伝わるお祭りらしい。
俺たちはそれを存分に満喫させてもらった後に、豪華な屋敷へと案内された。
■
聞けば俺たちに貸し与えられたこの屋敷は、他の精霊の族長が会談で訪れた際に、あてがわれるこの里で一番の家らしい。
「んー、ふっかふかーっ!」
「ふわふわ……とってもいい感じ……っ!」
スラリンとリューがいかにも高級なベッドの上で飛び跳ねて、楽しそうに笑っている。
「こらこら、二人とも。ベッドに行くのは、ちゃんと風呂に入って綺麗にしてからだぞ」
「「はーいっ!」」
二人が素直にベッドから降りると――。
「もう……、ジンさんひどいですよ……。私とっても大変だったんですから……」
げっそりと疲れ切ったアイリが、ポスリと俺の胸にもたれかかってきた。
「いや、すまなかった……。まさか、あれほど彼らが水神様を信仰していたとは……」
ウンディーネの水神様に対する信仰は、それはそれは凄まじいものだった。
「もう……なんだか申し訳なかったですよ……」
ウンディーネは、アイリの発する言葉を一言一句漏らさずに『神からの至言』として書き留めていた。そして彼女が右へ行けば右に付き従い、左へ行けば左に付き従いと、とにかく一ミリも離れようとはしなかった。
「……まぁ、彼らの信仰には、ヨーンを討伐することで応えることにしよう」
魔人ヨーンを討伐し、あのマグマの侵攻を食い止めさえすれば、『水神様』として十分に働いたことになるだろう。




