四、それぞれの神
「では、マカロさん。早速ですが、魔人ヨーンについて教えていただけますか?」
すると彼は困った表情でボリボリと頭をかいた。
「ううむ……」
「どうしました?」
「……いや、どこから話したものかと思ってな」
ふむ……、どうやら思っていたよりも根の深い話のようだな……。
(しかし、これはとらえようによっては好機だ……)
この辺りに住む種族や周辺地理なども、同時に教えてもらえれば非常に助かる。
「俺たちはこの辺りのことを、全くと言っていいほどに知りません。もしよろしければ、最近あった出来事などを細かに教えていただけると助かります」
「そうか、では少し長くなるぞ?」
そういって、マカロさんは腕組みをしながらゆっくりと話し始めた。
「――さて、ジン殿は我ら『四大精霊』のことをご存知か?」
「えぇ。水の精霊ウンディーネ。火の精霊サラマンダー。風の精霊シルフ。地の精霊ノーム。――自然と共に生きるこれらの種族の総称、と記憶しております」
少なくとも、俺の世界で四大精霊と言えばこの四種族を指す。
「うむ、その通りだ。我々四大精霊は、それぞれに信仰を捧げる一柱の神が存在する。……そして四大精霊の一つ。火の精霊サラマンダーに……奴らの崇拝する神が降り立った」
敵意のこもったその口調で十分に察することができた。
「……それが魔人ヨーンというわけですね」
「あぁ……。しかしあれは、神は神でも魔神・邪神の類だ……。ヨーンはこの世界に降り立つとすぐに、サラマンダーたちに残りの四大精霊――ウンディーネ・シルフ・ノームの抹殺を命じたらしい。ある日突然、何も知らない我々を相手に、サラマンダーたちは宣戦布告を行ってきた。『我らが神、ヨーン様より審判が下った!』と声高に叫んでな……」
「……なるほど」
(自らを神と偽り、サラマンダーたちを従えさせたというわけか……。これは厄介だな……)
話を聞く限り、ヨーンはゼルドドンとは違い、『知性』を有している。それも降り立ったこの世界の現状を即座に把握し、言語を理解し、そのうえで最も労力のかからない最適な手段を選ぶほどの――高い知性を。
「当然、我々は残りの精霊と同盟を結び、これに立ち向かった。それが三種族の精霊からなる武力組織――ヨーン討伐隊だ」
『ヨーン討伐隊』、確かラフィーネもそんなことを言っていたな……。
「地の精霊ノームの作った強力な装備。我ら水の精霊ウンディーネの火耐性を増加させる魔法<水の加護>。それに後方支援として、回復魔法を得意とする風の精霊シルフ。最強の布陣で臨んだ戦いだったが……ヨーンの姿を見ることさえ出来ず敗れ去った」
(……魔法、か)
どうやらこの世界にも、魔法なる珍妙な力が存在するらしい。しかし、今問題となるのはそこではない。
(ヨーンの姿さえ見ることが出来なかった……だと?)
となると――。
「それは……サラマンダーたちに敗れたということでしょうか?」
するとマカロさん、静かに首を横に振った。
「いいや、サラマンダーを相手には終始優勢に立ち回り、ついに彼らを打ち破った。そしてヨーンの居城を眼前に控えたそのとき――突如、我々の前にマグマのゴーレムが群れを成して現れた」
「マグマのゴーレム……ですか」
「あぁ、二メートルほどの、全身をマグマで覆われた土人形だ。おそらくは魔神ヨーンが用いる奇怪な術により、使役されているのだろう。鈍重な見た目の割に、恐ろしく俊敏な動きだった……。そのうえ全身をマグマで覆っているため、こちらの攻撃は一切通らない。我々は手も足も出ずに逃走したのだ」
そのときのことを思い出したのだろう。マカロさんは悔しそうにグッとこぶしを握り締めた。
「……そうでしたか」
「幸いなことに死者は出なかったが、我々は大きな痛手を被った。貴重なノームの装備がマグマに溶かされ――何より思い知らされた。火の神とやらの力を……」
そうして話がひと段落ついたのか、マカロさんは大きく一呼吸をついた。
「これがちょうど一カ月ほど前の出来事だ」
「貴重な情報、感謝いたします」
これはもう間違いないだろう。魔人ヨーンこそが、この世界に降り立った七つの大罪の一つだ。
「ところで、他の精霊たちは今いったい何を……?」
討伐隊を組んでいたぐらいだ。それほど遠方にはいないだろう。シルフとノームの力も借りることが出来れば、ヨーン討伐はより確実なものとなる。
するとマカロさんは、どこか物寂しそうにポツリとつぶやいた。
「彼らは……里を捨てて逃げ出した……」
「里を捨てて……、ヨーン討伐は諦めたということですか?」
「あぁ……。しかし、彼らとて苦渋の決断だったに違いない……。――ジン殿は見たか? 刻一刻と増え続ける、あの恐ろしきマグマを……」
「えぇ……」
あれには俺も驚いた。もしあの場にリューがいなければ、迷うことなく『クールドリンク』を使用していただろう。
「ヨーンがこの世界に来てから、どんどん増え続ける一方だ……。マグマの発生源近くに里を構えていたシルフとノームは、北方のまだマグマに侵されていない安全地帯へと移住していったよ……」
彼は寂しそうに肩を落とした。
「マカロさんたちは――ウンディーネは付いて行かなかったのですか?」
「我らは種族の性質上。住処とする場所に多量の水を必要とする。そして残念ながら、我々の知る限り、これより北方に水場はない……」
つまり、ウンディーネには逃げ場はないということか。
「飲み水はいったいどうしているのですか……?」
「ここからしばし南に向かったところに大きな湖がある。そこの水をいただいている」
ここから南というと――ちょうどマグマが迫ってきている場所である。当然ながら、そんなところに移住しても意味はない。
「……しかし、これもおそらくヨーンの力であろうな。ここ一カ月ほど、雨が全く降らんのだ……。おかげで湖の水は減り続け、このままではあと数か月と経たぬうちに枯れてしまうだろう……。まぁ、その前にマグマに飲まれて消えてしまうかもしれんがな……」
つまり、彼らの命はまさに風前の灯というわけだ。どおりでラフィーネが、『うさんくさい』と言いながらも、俺たちをマカロさんに会わせるわけだ。まさに藁にも縋る思いだったのだろう。
室内が嫌な空気に包まれたそんなとき――。
「ジンー、喉が渇いたよぉー……」
我慢の限界を迎えたのか、スラリンが俺の元にしなだれかかってきた。
「全く、仕方のない奴だな……。ほら、グラスを出せ」
「え、いいのっ!?」
するとスラリンは先ほどのつらそうな顔色はどこへやら……。ウキウキと体の中から、一個のグラスを取り出した。
「アイリ、すまないが水の魔法を頼めるか?」
一応、スラリンの体内には膨大な量の水を蓄えてもらっている。しかし、この世界にあとどれだけ滞在するかもわからない現状、物理的資源を減らすのはよろしくない。ここはアイリの魔法を頼るのがいいだろう。
「はい、もちろんです。それでは――<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>っ!」
すると次の瞬間――。
「ふぇ……へぶぶぶぶぶばっ!?」
アイリの手から大量の水が一気に放出され、スラリンの顔面を直撃する。その水量たるやすさまじいもので、彼女は慌てて魔法の発動を止めた。
「あ、あの……。こ、これはその……」
当然部屋は水浸し、マカロさんなんて頭から水をかぶってしまい、オールバックにした髪がだらりと垂れてしまっている。
「……す、すみませんっ!」
アイリが深く頭をさげたそのとき――。
「み、水神様……っ!」
マカロさんは、静かに大粒の涙を流した。




