二、水の精霊ウンディーネ
「その、何というか……。とにかく安心してくれ。別に君をどうこうするつもりはないんだ」
彼女に近づくことをやめ、少し離れた場所から声をかける。
すると彼女はおそるおそる立ち上がり、口を開いた。
「き、貴様らはいったい何者だ……? 見たところ、サラマンダーの奴等ではないが……。魔人ヨーンの使いの者か……?」
(魔人ヨーン……?)
これまたずいぶんと怪しげな名前が出てきたな……。
その名をしっかりと記憶し、彼女から更なる情報を引き出すために会話を続ける。
「見ての通り、サラマンダーでもないし、魔人ヨーンとやらの使いでもない」
「だ、だったら! それこそいったい何者だっ!」
「ふむ……」
(さて、どう説明したものか……)
馬鹿正直に「異世界からきた」と言って、信じてもらえるわけがない。余計に怪しまれるだけだ。ここは無難に旅の者とするのがいいだろう。
「俺たちは、ここから遥か遠方にあるルーラル王国から来た旅の者だ」
「ルーラル王国……だと……? ふざけるな、そんな国の名は聞いたことがないぞ!」
(まぁ、そうだろうな)
当然ながらここは異世界。元の世界に存在するルーラル王国など、彼女が知るわけもない。
「ここから遥か遠方にある小国の名前だからな。知らないのも無理はないだろう」
「……まぁいい。それで? そのルーラル王国のものが水の里に何の用だ?」
(水の里……。ふむ、あの集落の名前か)
「このあたりに『七つの大罪』の一つが現れたという情報が入ってな。そいつを仕留めに来たんだ」
「七つの大罪……?」
「あぁ、とんでもない力を持つ化物のことだ。最近この辺りに――」
「――ま、魔人ヨーンのことかっ!?」
質問を投げかける前に、わかりやすい反応が返ってきた。
「すまない。名前などは正確に把握していないんだが……。その魔人ヨーンとやらのことを、詳しく聞かせてくれないか?」
するとウンディーネの少女は、すぐさま口を開くことはせず、無言でこちらを見つめた。おそらく、俺たちが信用に足る人物かどうかの判断に困っているのだろう。
(……うさんくさい。さっきからこの冴えない顔をした男は、どうにも信用ならない……)
彼女の視線は俺からスラリンへと移る。
(……しかし、恐ろしい凶悪な化物を従えている)
その後、彼女は目をつむり、苦しい表情で黙り込んだ。
(もし奴らが魔人ヨーンの使いの者だったとしたら……。――水の里は終わりだ。悔しいが……あの黒い影を操る化物には逆立ちしても勝てる気がしない)
(しかし、逆にもし、もし本当に奴らが魔人ヨーンを滅ぼすためにやってきた旅人だとしたら……。これは千載一遇の好機となる!)
(……それにどのみち、あの青髪の化物が向こうにいる以上、私たちに選択肢はない。うさんくさいが、この中年を信じるしかない……か)
ようやく思考がまとまったのか、彼女はゆっくりと重い口を開く。
「――私の名は、ラフィーネという」
するとどういうわけか唐突に、自分の名を名乗り始めた。
(これは……信用してくれた、のか……?)
「そうか、覚えておこう。俺はジン。長年ハンターをしているものだ」
俺の自己紹介にならい、みんなも次々に自己紹介を始めた。
「リンは、スラリンだよー。一応言っておくけどねー。次、ジンにあんなことしたら、今度は本当に食べちゃうよ?」
「……リュー。スラリンに同じく……次はない……」
「アイリです。よろしくお願いします」
約二名ほど、ずいぶんとドスの効いた挨拶が混じっていたが……、まぁ二人の性格を考えれば仕方ないだろう。
「こ、心得た……っ」
青い顔をしたラフィーネが、首を何度も縦に振った。
(もしかしなくとも……、スラリンのことを怖がっているな……)
無用に怖がらせてしまったことは大変申し訳ないが、そちらから先に矛を向けてきたのだから、ここは『おあいこ』としていただきたい。
「さて、それじゃお互いに自己紹介も済んだことだし、そろそろ魔人ヨーンについて聞かせてくれないか?」
「あぁ、もちろんだ――。と言いたいところなんだが、残念ながら私はヨーン討伐隊に加わっていない。詳細な情報は、私の父であり族長のマカロに聞いてほしい」
ふむ……。見ず知らずの俺たちを、族長に――それも自分の父親に会わせるとは……。
(……罠か?)
残念ながら、俺はまだこの目の前のウンディーネのことを信じているわけではない。敵地のど真ん中にいる現状、知り合って間もない相手を「信じろ」という方が無茶だ。
俺は少し警戒を強め――。
「なるほど、わかった。それじゃ、早速だがそのマカロさんと話しをさせてくれ」
彼女の提案に乗ることにした。
■
そのままラフィーネを先頭にしながら歩くこと数分。
「さぁ、着いたぞ。ここが私たちウンディーネの集落――水の里だ」
「ふむ……近くで見ると、素晴らしい眺めだな」
なんとも不思議なことに、水の里は小さな湖の上にできた集落だった。どういう建築技術を有しているのか、民家も売店も舗装された道も、その全てが水に浮いている。まさに水上都市と言っていいだろう。
「すごいねー、ジン! みんな水の上に浮いてるよー!」
「なんだか……不思議な感じ……っ!」
「お、落っこちてしまいそうで、少し怖いですね……」
スラリンとリューは楽しそうに、水の上に浮く道の上をピョンピョンと飛び跳ねた。一方のアイリは、おそるおそるといった感じで、一歩一歩慎重に歩みを進める。
「私の家はこちらだ、付いてきてくれ」
そのままラフィーネの後ろをついていくと――。
「――誰だ貴様らっ! 両手を挙げて、跪けっ!」
里の中心付近で、武器を持った大勢のウンディーネたちに包囲された。
「や、やめろっ、みんなっ! 今すぐ武器を降ろせっ!」
青い顔をしたラフィーネの悲痛な声が、水の里全域に響き渡った。




