一、ファーストコンタクト
リューの背に乗って飛行すること数分。
ようやくマグマに覆われていない土の大地が見えてきた。
「ジン……降りる……?」
「そうだな、ゆっくり目で頼む」
今回は俺とスラリンだけではなく、アイリも乗っている。いつものように、高速で降り立つわけにはいかない。
「あいー」
するとリューはゆっくりと高度を下げ、ふわりと軽やかに着地してくれた。
「よっと」
「もうダメー……。暑いよぉ……」
「よ、よいしょっ!」
全員が無事に背中から降りたことを確認してから、彼女に指示を出す。
「リュー、ありがとう。何度も行ったり来たりで悪いが、また人間形態に戻ってくれ」
龍の姿はあまりに大きく、嫌でも人目についてしまう。ここは既に敵地――いつどこから大罪が襲い掛かってくるかもわからない。可能な限り目立つ行動は控えるべきだ。
「あいー」
その返事とともにリューは、銀髪のミディアムヘアー。腰に生えた一対の白い翼を除けば、どこからどう見ても十代の少女の――いつもの姿へ戻った。
「よくやってくれたな、リュー。腹の減り具合はどうだ?」
「んー……。ちょっと、空いている……かも……」
スラリンとリュー――特にリューは、元の姿に戻った際に消費するエネルギーが大きい。こういった栄養源の確保が難しい場所では、あまり力を使い過ぎないようにする必要がある。
「そうか。それじゃスラリン、保存してある肉をリューにあげてくれ」
「もうだめぇ……。ジンが取ってー」
暑さに極端に弱いスラリンが、ごろんと上を向いて寝転んだ。
「全く、仕方ないな……」
俺は彼女の横に立ち、そのお腹に手を突っ込んだ。すると俺の右手はまるで水面に手を入れたように、ずっぽりとスラリンの体に潜り込んでいく。
「んー……ここか?」
「あ、あはははははっ! ちょ、ちょっと、ジン! す、ストップっ!」
触りどころが悪かったのか、スラリンは大声をあげて笑い始めた。俺は彼女の言う通り、右手の動きを止めてあげる。
「はぁ……はぁ……。っもう! どこ触ってるの!?」
「いや……そう言われてもな……」
俺視点は、お腹のあたりをまさぐっているだけだ。
何にせよ、スラリンが落ち着いたようなので、再び肉の探索を開始する。
「うーん……どこだ……?」
「ちょっ、も、もうちょっと右! あぁっ、そ、そこじゃないっ! も、もう少し、奥っ!」
彼女の指示通りに腕を動かしていくと――。
「おっ、あったあった」
右手が肉をがっしりと掴んだ。
「よっと」
そのままスラリンのお腹から右手を引き抜き――こんがりと焼けた肉を取り出す。
「はぁはぁ……。もう、ジンのエッチ……っ!」
スラリンは少しだけ上気した表情でそう言った。
「そういうなら、自分で出してくれよ……」
俺だってやりたくてやっているわけじゃない。スラリンに「ジンが取ってー」と言われたからその通りにしただけである。
「ほ、本当に何度見ても、不思議ですね……」
アイリは目を丸くしてその光景を見ていた。
確かにスラリンの本当の姿をまだ見たことがない彼女からすれば、これは当然の反応だろう。
「まぁ、そのうち慣れるさ」
ここへ旅立つ前日。スラリンの体に、大倉庫にあるアイテムと家中にあるありったけの食材を詰め込んだ。彼女は不定形モンスターのスライム。捕食と保存はお手の物だ。
「はい、リュー。こんがりお肉だ」
「じゅるり……いただきます……っ!」
リューはおいしそうに、こんがりと焼けた骨付き肉をほおばった。
その後、あてもなく真っすぐに歩きながら、俺はこの異世界へ転移した際のことを思い返す。
(それにしても……ひどい転移先だったな……)
さすがに高度三百メートルもの上空から落下するとは、夢にも思っていなかった。あんなもの並のハンターでは対応しきれない。まさに所見殺しと言っていいだろう。
「そのうえ、水も食料もないときた……」
これほど『枯れた大地』という言葉がしっくりくる場所もない。
乾燥仕切ってしまい、葉っぱの一枚もない痩せた木。湿り気一つないひび割れた大地。川や湖のような水気のある場所はどこにもない。
(この環境を作り出したのは、やはり大罪なのだろうか……?)
強欲の魔龍ゼルドドンは、エルフの森に生息した動物を食らい尽くし、エルフたちに深刻な食料難をもたらした。となると、この世界の自然を脅かす大量のマグマは、大罪が作り出した可能性が高い。
そんなふうに、この世界の現状を分析していると――。
「ねぇー。ジンー……。さっきのアレ、全部食べちゃ駄目……?」
暑さにやられたスラリンが、ぐったりとしながら俺にしな垂れかかってきた。
アレとは、おそらく先ほどあったマグマ全てのことを言っているのだろう。
「駄目だ。もう少し我慢してくれ」
スラリンは暑いのが嫌いだが、それは外気としての暑さが苦手なだけだ。捕食の際の温度は、それがたとえ絶対零度の氷であろうが、千度を超えるマグマだろうが問題にならない。全部まとめておいしく食べてしまう。
だが、そんな目立つ行動をこの場で許すわけにはいかない。今は決して目立つときではない。静かに行動し、早いところ安全地帯の確保と情報収集を行うことが先決だ。
「……はーい」
素直に俺の言うことを聞いてくれたスラリンが、ぐったりとした様子でトボトボと歩く。
(……しかし、明日になっても水場が――涼しいところが見つからないとなると、本格的にマグマを消すことを考えなくてはならないな)
先ほどからアイリの口数が少ない。何より少し呼吸が荒い。彼女もこの暑さにずいぶんと体力を奪われているようだ。
(マグマを消すとした場合、スラリンが食べてしまう方がいいのか……。それともリューのドラゴンブレスで一掃する方がいいのか……)
果たしてどちらが目立たないのだろうか……。
そんなことを考えながら、歩いていると――。
目の前にいくつかの葉っぱのついた青々とした木々が目に飛び込んできた。
「ほぅ……」
これだけの木々が厳しい暑さに晒されながらもしっかりと立っているということは、近くに豊かな水源があるのだろう。
「みんな、この近くに水場があるはずだ! もう少しがんばろう!」
「あいー」
「はーい……」
「は、はいっ!」
そのまま俺が先頭をいき、木々を掻き分けて進んでいくと――視界が開けた先に一つの集落を見つけた。
「おぉっ!」
そこは小さな集落だが、まさに『水の都』と言っていいほどに、綺麗な水であふれた美しいところだった。
「みんな、水がたくさん――」
俺が振り返って吉報を告げようとしたそのとき――。
「何者だっ!」
突如、木陰から現れた一人の少女がこちらに槍を突き付けた。
彼女は澄んだ青い瞳に、長く綺麗な青い髪をポニーテールにしている。両肩と腰のあたりに美しいヒレがあるのが特徴的だ。
(ほぅ、四大精霊の一つ――水の精霊ウンディーネか。珍しいな……)
俺がぼんやりと目の前のウンディーネを眺めていると――。
「ねぇ、誰に武器を向けているの……?」
背後から底冷えするような声が聞こえた。
そして次の瞬間――。
黒い影が一瞬でウンディーネの持つ槍を食らい尽くした。
「なっ……!? む、んぐっ……!?」
影は触手のように自在に動き、彼女の全身を瞬く間に拘束した。後はスラリンの意志一つで、ウンディーネは全身を溶かされ、この世に細胞一つ残すことなく消えてしまう。
俺は慌てて、スラリンに制止の声をかける。
「ま、待て待て、スラリン! 早まるなっ!? それにリューもだ! 勝手に人化を解くんじゃないっ!」
一方のリューも腕と足が龍のそれに戻っており、いつでも飛びかかる準備ができている。
「はーい」
「あいー」
この緊迫した場に似つかわしくない間の抜けた返事とともに、ウンディーネは拘束から解放された。
「あー……。いや、すまないな」
友好的に笑顔で彼女に手を貸そうと、近づいていくと――。
「ひ、ひぃ……っ!?」
彼女は目元に涙を浮かべて、後ずさった。
(……はぁ、これは大変だぞ)
こうしてこの世界の原住民とのファーストコンタクトは、考えうる限り最悪の形でなされたのだった。




