十一、エピローグ
ハンターズギルドで受付嬢に話をすると、俺は先ほどのタールマンさんの仕事部屋に通された。
「おぉっ! えらく早かったじゃないか、ジン君」
「えぇ、みんなが賛成してくれたもので」
「……ということは、受けてくれるのだな?」
タールマンさんは嬉しそうに詰め寄ってきた。一応彼とて国側の人間。国王の手前、俺がイエスという方が嬉しいのだろう。
しかし――。
「――その前に一つ確認したことがあります」
「なんだ、何でも聞いてくれて構わんぞ?」
「このクエストの報酬は、前金で金貨五万枚。一つの穴の調査を終えるごとに、追加報酬で金貨十万枚。間違いないですか?」
このクエストはあまりに情報が少なく、危険度が非常に高い。引き受けるからには、きちんと報酬をいただかなければ割に合わない。
「あぁ、もちろんだとも。国王から既に前金と一回の追加報酬分――計十五万枚もの金貨を預かっている。そこは安心してくれ」
「そうですか、それは話が早い。では、早速十五万枚をいただきましょう」
「……ん? 私の聞き間違えかな? 今、五万枚ではなく、十五万枚と聞こえたんだが……?」
「いいえ、聞き間違いではないですよ。俺は既に一つの穴の調査は完了しています。七つの大罪の一つ――強欲の魔龍ゼルドドンとやらは既に葬りました」
「……は?」
タールマンさんはしばし硬直したのち、俺の肩をガッシリと掴んだ。
「ど、どどどういうことだ!? く、詳しく説明してくれ!」
「えぇ、もちろんです。――これは数日前、俺が息抜きにと自宅近くの山へ花見に行っていたときのことです。酒も十分に回り、久々の休みということもあり、気を抜いていた私は謎の穴に気付かずに落ちてしまったんですよ。……まぁ、お恥ずかしい話なんですが」
自らのミスを人に打ち明けるのは、どうにもこそばゆい気持ちとなる。
「そ、それで……?」
彼は緊迫した表情で続きを促した。
「穴の先は一面緑色――広大な森が広がっていました。そこでまぁ……いろいろあって、強欲の魔龍ゼルドドンとやらを仕留めたんですよ」
さすがに『偶然首を狩った小型の龍がゼルドドンでした』と、馬鹿正直に言うのは少し憚られたので、『いろいろあって』とぼかしておく。
するとタールマンさんは、よろめきながら二、三歩後ずさった。
「し、信じられん……。いや、だが……他でもない君が言うのだ。嘘ではないのだろう……」
当然である。
こんなすぐにバレる嘘をつく必要がない。
「そ、そうだこうしちゃおれんっ! 早く調査報告書を作成しなければっ! ジン君、今から少し時間をもらってもいいかね!?」
「えぇ、構いませんよ」
どのみち出発は明日の予定だし、穴の位置情報をタールマンさんに聞かなければならない。
「そ、それで穴の先は、いったいどんな世界が広がっていたんだ!?」
その後、俺はあの異世界で見たことをこと細かに報告した。
エルフ族の住む、エルフの森のこと。
レイドニア王国という人間が住む国があったこと。
俺が守ったエルフの森を人間が燃やしたので、少しお灸をすえたこと。
そして強欲の魔龍ゼルドドンのこと。
その全てを細かく、調査報告書に書き記したタールマンさんは大きな息を吐いた。
「いや、君は全く凄まじいな……。少し姿を見ないと思っていたら、こんなことをしていたのか……」
「まぁ、終わってみればいい経験でしたよ」
「そ、そうかね……?」
微妙な顔をしたタールマンさんが、これまた何とも微妙な反応を返した。
「と、とにかくジン君、よくやってくれた! これは大手柄だっ!」
タールマンさんは「がっはっは」と声をあげて笑う。
「ところで、一つお願いごとがあるのですが……」
「ん、何だね? 私が出来ることであれば、何でも力になろう」
彼にそう言ってもらえると心強い。
事実彼は以前に俺が王国と争ったとき、王国全土を敵に回してまで俺の肩を持ってくれたことがある。その時から、彼のことを強く信用している。
「ありがとうございます。では――一つ国王に釘を刺しておいていただけますか?」
「国王に……釘を……?」
「えぇ、あの国王のことですから、後日裏取り調査のために囲ってあるハンターを数人、こっそりとあの異世界に送り込むはずです。ですからそれとなく、国王には『俺が守った村』だということを強調して伝えてほしいんですよ」
「なるほど……、わかった。確かに『君の守った村』と念を押しておけば、国王とて無茶はできんだろう。私の方からそこはしっかりと釘を刺しておくよ」
「助かります」
これであのエルフの村に危害が及ぶこともないだろう。もし万が一の場合は、今度こそ王国と全面戦争になる。
「いやいや、こちらこそ本当に助かった。君のおかげで、『七つの大罪を討伐できること』『謎の穴の先から帰還できること』『大聖典の記述の正確性』この三つの確認が取れたのだ! 感謝してもしきれんよ!」
調査報告に大変満足してくれたようで何よりだ。
「おっと、そうだ。報酬を渡さなければ……だなっ!」
そういって彼は、部屋の奥にある巨大な金庫を開けた。この中にはこの地域で発見された過去の遺物から金貨、機密書類などが保管されていると聞いている。
「さぁ、受け取ってくれ」
彼はその中から大きな袋を三つ取り出した。中からはジャラジャラと金属が擦れ合うような音が鳴っている。
「確かに」
一々中を改めて確認するような真似はしない。彼とは、そんな浅い仲ではない。
「それではタールマンさん、俺は明日から別の穴の調査に向かおうと思います」
「も、もう次の穴へ……? もう少し休んでからでもいいのではないのか……?」
「いえ、どうせやるなら早いうちに……です」
「なるほど、わかった。それでは現在発見している穴の位置を全て伝えておこう」
「よろしくお願いします」
「まずは北方のラグナ山地の麓にある――」
その後、残りの穴の情報をメモした俺は、装備を整えるために一度自宅へと帰った。
■
その翌日、俺はスラリン・リュー・アイリと共に、ラグナ山地へと足を運んだ。
険しい獣道を掻き分けて進んでいくと、昨日聞いていた通りの位置に、ぽっかりと黒い穴が空いていた。
「こいつか……」
確かに、俺が花見をしていたときに落ちた穴とそっくりである。
「うーん、真っ黒だねー」
「底が……見えない……」
「この穴からは、何だか不思議な力を感じます……」
『魔法』という不思議な力を操るアイリが気になることを言った。
(不思議な力……か)
もしかするとこの謎の穴もアイリたちのような、魔法を使える何者かの仕業なのかもしれないな……。偶然にも同時に七つの穴が出現したとは考えにくい。今回の件を仕込んだ何者かが存在するはずだ。
(まぁ、何にせよ、俺がやるべきことはただ一つ。七つの大罪を全て滅ぼし、老後の貯蓄を満たすことだ)
俺がまだこんな風に体が動く間はいい。しんどいが、働けばそれなりの――大食らいのスラリンとリューを養える程度のお金は稼げる。しかし、年老いて……それこそハンターの看板を下ろさなければならなくなったとき、貯蓄が無ければ彼女たちに十分なメシを食わせてやることができない。
(ひもじい思いをしながら、徐々に弱っていく二人を見るなんて俺はごめんだ)
将来のためにも、稼げるときには稼げるだけ稼がなくてはならない。
俺は決意を新たに、穴の前に立つ。
「それじゃいくか……。みんな、心の準備はいいな?」
「レッツゴーっ!」
「早く……行こ……っ!」
「準備万端ですっ!」
三人から心強い返答が返ってくる。
「それじゃ念のため、全員手を繋いでおこう。この穴の先がどうなっているかもわからんからな」
俺たちは穴を囲うような形で、円になって手を繋ぐ。
「それじゃ合図とともに飛び込むぞ? いっせー……のー……」
「「「「でっ!」」」」
俺たちは手をつないだまま、同時に穴へ飛び込む。
すると何とも言えない浮遊感が全身を包み込み――。
――気付けば俺たちは、空高くに放り出されていた。
(くっ、高いな……っ)
地上からの高さはおよそ三百メートル。落ちた際の衝撃は相当なものになる。
(それに何より……っ! アレはまずい……っ!)
俺たちの下には見渡す限り――灼熱のマグマが広がっていた。
「暑いぃいいいーーっ!」
「……そう?」
「き、きゃぁあああああっ!?」
三者三様の反応を見せる中、俺はすぐさまリューに指示を飛ばす。
「リュー、人化を解け!」
「あいー」
すると次の瞬間――。
巨大な龍の背中が俺たちの前に現れた。
幻想的なまでに美しい白銀の毛並み。
優しさと強さを兼ね備えた紺碧の双眼。
見るものを慄かせる力強い翼。
破滅の龍と呼ばれる伝説上の存在が今、目の前に現れた。
「二人とも、リューに掴まれ!」
「暑いの嫌いー……っ」
「は、はいっ!」
何とか無事にスラリンもアイリもリューに乗ることに成功した。
「ちゃんと……乗った……?」
「あぁ、みんな無事だ。助かったよ、ありがとう、リュー」
リューの白銀の毛並みを撫ぜてやると――。
「えへへ……」
彼女は嬉しそうに身を震わせた。
「こ、これがリューさんの本当の姿……?」
アイリは大きく目を見開き、リューの体を頭から尻尾まで見る。
「そういえばアイリは、はじめて見るんだったな。まぁだいたいこんな感じのフォルムだが、完全に人化を解くともっと大きくなるぞ」
「こ、これより……ですか……っ!?」
彼女は大きく息を呑む。その反応に、リューは何だか満足気な表情を浮かべた。
「それにしても……。何だ、この世界は……?」
下は見渡す限り一面のマグマ。うだるような熱がこみ上げてきている。
間違っても人間やエルフが生息できる環境ではない。
「暑いぃ……」
「わ、私もです。ここにずっといるのは、少し厳しいです……」
「うむ……そうだな」
かくいう俺も先ほどから汗が滝のように噴き出している。
平気な顔をしているのは高い火耐性を持つ、リューだけだ。
「ここから……離れた方がいい……?」
「あぁ。周囲の探索も兼ねて、マグマのない場所を探そう」
「あいー」
こうして俺たちはリューに乗ったまま、謎の異世界への一歩を踏み出した。




