八、特級クエスト
数日後。
俺はこの街のハンターズギルドのギルド長タールマンさんに呼び出しを受けた。その日は溜まっているクエストを消化しにギルドへ向かう予定だったので、ちょうどいいタイミングだった。
ギルドに入るとすぐに、受付嬢がこちらへ向かってきた。
「お待ちしておりました、ジンさん。ギルド長が奥の部屋で待っております。どうぞこちらへ」
彼女の案内に従ってギルドの奥へ奥へと進んでいき、大きな扉の前で立ち止まる。この部屋がギルド長の仕事部屋であり、俺も何度か訪れたことがある。
彼女はコンコンと扉を優しくノックすると――。
「なんだ?」
部屋の中から、タールマンさんの声が聞こえてきた。
「ジンさんがお見えになられました」
「おぉ、そうかそうか! すぐに入っていただけ!」
「かしこまりました。それではジンさん、中へどうぞ」
「あぁ、ありがとう」
ここまで案内してくれた受付嬢に礼を言い。俺は部屋へと入る。
すると仕事椅子に座っていたタールマンさんが立ち上がり、友好的な笑顔を浮かべてこちらに歩いてきた。
「いやジン君、急に呼び出してすまないな」
タールマンさん――今年で七十歳を迎えるこの街のギルド長だ。髪も眉毛も立派なあご髭も白くなっているが、弱々しい印象は一切受けない。むしろその逆だ。かつてやり手のハンターとして名を馳せていたという噂通りの立派な体躯。今もトレーニングはかかしていないのだろう、肌のハリもいい。毛髪が白くなってしまっている点に目をつむれば、四十代と言われても信じてしまう。
「いえいえ。ちょうど溜まったクエストを消化しようと思っていたので、いいタイミングでしたよ」
「そういってくれると嬉しいな。おっと、立ち話も難だ。座ってくれ」
「失礼します」
備え付けの高級なソファに腰かける。
「おい、ジン君に何か飲み物を――」
「かしこまりました」
タールマンさんの指示を受けた受付嬢はテキパキとした動きで、二人分の飲み物が入ったグラスを机に並べた。
「――どうぞ。ツォルクの実を使用した果実水です」
「これはご丁寧に、どうも」
グラスを手に取り、ごくりと飲む。
(――うまい)
よく冷えており、ツォルクの実のさっぱりとした、しつこ過ぎない甘みが口に広がった。
「ふむ……おいしいですね」
「ふふ、これは私の好物なんだよ」
そして挨拶もそこそこに俺は本題へと切り込んだ。
「それで、本日はどのような御用件ですか?」
質問に対し、タールマンさんは少し苦い顔をし、髭をクシャクシャと触る。
「単刀直入に言うと――特級クエストが発注された。もちろん君宛てにだ」
「……なるほど」
特級クエスト――S級の一つ上に位置する超高難易度クエストだ。未知の超大型モンスターの出現など国家存亡の危機に、ルーラル王国から発注される。
「今回この街から選抜されたのは君一人だが、その他にもルーラル王国中の腕利きのハンター宛てに発注されているようだ」
(これまた面倒な……)
特級クエストは、その達成難易度の高さに反して、報酬は微々たるものだ。S級クエストに少し色がついた程度である。そのうえ、王国直下の王都にいるハンターは優秀だ。別に俺がいなくとも達成可能なはずである。
(正直、あまり気乗りしないな……)
前回、前々回のときは、当初丁重にお断りを入れた。しかし、その翌日から連日のように我が家の前で、土下座をしたまま動かない役人が一人また一人と増えていった。国王から「ジンを連れてくるまで、帰ってくるな」と言われていたそうだ。
(あれは困ったんだよな……)
結局、仕方なしに特級クエストを受けた。しかし、その際にルーラル王にはきっちりと『二度とこんなことはしないように』と、強く釘を刺しておいた。
(まぁ……、一応話だけでも聞いておくか……)
ここで回れ右して帰るのは、さすがにタールマンさんに悪い。最低限依頼内容を聞いたうえで、決断を下すのが大人としての対応だ。
「それで内容はどういったもので……? 王国の近くで大型のモンスターでも出現したんでしょうか……?」
「いや……、どうやら今回は少し毛色が違うようでね……」
そういいながら、タールマンさんは俺の前に四枚の依頼書を並べた。彼の手元にもそれと全く同じ書類が握られている。
「その依頼書に書いてある通り、今回の依頼は『各地で発生した謎の穴の調査』だ」
「謎の穴……?」
そういえば最近何か、そんな感じのものを体験したような気がする。
「そうだ。このところルーラル王国の各所に、人一人がすっぽりと入るような大きな穴が突然出現していてね」
「ほぅ」
「不思議に思った我々ハンターズギルドは、最初はこの調査をD級クエストとして全ハンターに発注にした。すると数人のハンターがこれを受注してくれてね。無事に調査が進む……と思っていた」
頷き、続きを促す。
「しかし、一週間が経過しても、クエストを受けたハンターは一人として帰ってこなかった」
「……ふむ」
「これを重く見た我々は、一気にこの調査依頼をA級クエストとして再発注した。もちろん、報酬も少し高めに設定してね。ありがたいことにそのときは、十数人のハンターたちが手を挙げてくれたよ。そして今日――既に十日が経過しているが、まだ帰ってきたハンターは一人もいない」
「んん……?」
俺はここで強い違和感を覚えた。
「A級クエストを受けたハンターたちは、全員帰還玉も持たずに臨んだのですか?」
A級クエストを受けるハンターとしては、それはあまりに不用心である。いや、通常あり得ない。ハンターの仕事は常に死と隣り合わせだ。危険度の高いB級クエスト以上を受注するときは、帰還玉の携帯はもはや必須である。
「そうなんだよ。そこが私も強く引っかかっていてね……。一度目のD級クエストを受けたハンターたちは、言い方はよくないが若く駆け出しのハンターばかりだ。まぁ……悲しいことだが、そういうこともあるだろう」
そういうこと――つまりは、クエストを達成できずに命を落とすということだ。
「しかし――問題は第二陣、A級クエストに臨んだハンターが帰らないことだ。彼らは年季の入った熟練のハンター。帰還玉も当然ようにしっかりと持ち込んでいるだろう」
そしてタールマンさんは、果実水を一気に飲み干して、ここから導き出された可能性を示した。
「――つまり、彼らが帰らない現状、考えられる可能性は二つ! 一、落とし穴の先はどこか別の――帰還玉の機能しない異世界に繋がっている。二、帰還玉を使う暇すらなく、何者かに殺されてしまった。このどちらかだ」
「まぁ……確かに、そうなりますね」
(ふむ……可能性としては『二、帰還玉を使う暇すらなく、何者かに殺されてしまった』が濃厚だな……)
おそらく本件で取り立てられている『謎の穴』とは、先日俺が落ちたアレである。その際に、俺はエルフの村から帰還玉を使って、無事にこの街へ帰ってくることができた。このことから、『一』よりも『二』の方が可能性としては高い。
「どちらにせよ、このクエストが危険なことには変わりない。こういった事情もあって、ルーラル王国はこれを特級クエストとして発注した。――っと、まぁ、大まかな状況はこんな感じだ」
「なるほど……事情はわかりました」
事情はわかった。そのうえで俺はこの依頼を――丁重にお断りするつもりだ。そもそもこの問題を『特級クエスト』として取り上げる必要性が感じられない。確かに謎の穴の存在は危険だ。しかし、近づきさえしなければ何の問題もない。王都から遠く離れたこの街のハンター――俺がわざわざ出張ることでもない。
そう切り出そうとしたそのとき――。
「そして報酬なんだが……」
タールマンさんは、少し渋い顔をして話を切り出した。
同時に俺はチラリと依頼書の右端に書かれた『報酬:金貨五千枚』という欄に目を走らせる。
(……安くもないが、高くもない)
わかっていたことではあるが、非常に微妙な報酬だ。
「金貨五千枚ですか……」
その俺のつぶやきをタールマンさんは、即座に否定した。
「いや、君は少し勝手が違う。ここから先は極秘事項――内密にしてほしいんだが、いいかな?」
「えぇ、もちろんです」
俺が頷くのを確認したタールマンさんは、受付嬢に目線で合図を送る。
「――かしこまりました。それでは一時間後に、また戻ってまいります」
「あぁ、話が早くて助かる」
そうして彼女が退室し、この部屋には俺とタールマンさん二人だけとなる。
「さて、先ほど見せた依頼書は、他の多くの一流ハンターに発注されたものだ。ジン君にはルーラル王直々に、特別な依頼が出されている。これを見てくれ」
そういうと彼は、仕事机の中から『極秘』と書かれた書簡を取り出すと、それを俺に手渡した。
「俺だけに……?」
疑問を抱きながら、その内容を確認する。多くは先ほど見た依頼書と全く同じだが……一点、明らかに異常な部分があった。それは書簡の右端にある報酬の欄。そこには赤文字で大きく『報酬:前金で金貨五万枚。一つの穴の調査を完了するごとに追加報酬として金貨十万枚』と書かれてあった。
「ごっ!? じゅうっ!?」
俺は目もくらむような大金に、思わず声をあげてしまう。
「あぁ……見ての通り、とんでもなく高額な報酬だ。それほどルーラル王国はこの問題に本気ということだろう。――何より、なんとしても君を動かしたいのだろうな」
(……どういうことだ?)
あまりにも不可解な王国の態度に俺は首を傾げる。依頼内容の全てを聞いた今でも、この件にここまで本腰を入れて取り組む必要があるとは思えない。何らしかの裏を感じる。
(しかし……前金で金貨五万枚だぞっ!? それに一つの穴の調査を終えるごとに追加報酬として金貨十万枚……)
最近はエリクサーの使用にエルフ族の借金返済など、大きな出費が続いている。ここいらでまとまった額の収入が欲しいことは確かだ。
(しかし、いかにもきな臭い……)
俺が一人頭を悩ませていると、突然タールマンさんが立ち上がり、大きく伸びを始めた。
「ふぅー……。さて、これで私の仕事は終わりだ。後はジン君がそのクエストを受注するかどうかを決めてくれ」
「は、はぁ……」
その突然の対応に、俺は首を傾げた。
「――ときにジン君。君は今年でいくつになるんだったかな?」
「一応、今年で三十五になりますが……」
「はっはっは、君も年を取ったなぁ! 私も今年で七十だ。困ったことに、最近独り言が多くなってしまってな……。うん、これは本当に困ったことだな」
わざとらしくタールマンさんは、困った表情で肩をすくめた。
「ふふっ、なるほど。独り言ですか……。お互い年は取りたくないものですね」
「はっはっは、全くだ!」
そうしてタールマンさんは、本件の『裏の事情』をポツリポツリと語り始めた。




