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最強のおっさんハンター異世界へ~今度こそゆっくり静かに暮らしたい~  作者: 月島 秀一
第二章:おっさんの世界

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七、モンスターハウス


「ひっ、は、ひぃ……はぁっはぁっ、んっはぁ……っ!」


 ボロンは走る。広い屋敷の中を全速力で。


(だ、駄目だっ。この一家はイカレてやがるっ!)


 体重を乗せた全力の一撃を後頭部に受けても、ビクともしない銀髪の少女。

 謎の黒い影を操る青髪の少女。

 そしてその二人の化物を従える化物の中の化物――ジン。


(お、俺はなんてところに来ちまったんだ……っ!)


 今になってボロンの心は『後悔』の二文字で埋め尽くされていた。


(くそっ、出口は……出口はどこだっ!?)


 錯乱しているために、ただでさえ広い屋敷がより広く感じた。

 しばらく走り回ったところで、光りが漏れる一室を見つけた。


(光……外かっ!?)


 わずかな希望を胸に、その扉を開けると――。


「あ、あら……? どなたさまでしょうか……?」


 綺麗な長い茶髪の少女――アイリがいる厨房へと出た。


「お、お前もどうせ化物なんだろうっ!? へ、へへ、きっとそうだ。そうやって俺が無様に逃げ回るのを見て楽しんでいるだろうっ!? なぁっ!? いい加減に出て来いよ、ジンっ!」


 ボロンは半狂乱になりながら叫んだ。しかし、当然ながらジンは現在雷竜の討伐に向かっており、この家にはいない。


「だ、大丈夫ですか……?」


 心の優しいアイリは、突如目の前に現れた男に――。


「すごい汗ですね……。よろしければ、これを使ってください」


 自身の白いハンカチを差し出した。


「えっ……いや、その……あ、ありがとうございます……」


(ど、どういうことだ……? 彼女は『普通』なのか……?)


 彼女のあまりにも常識的な対応と、その優しさにボロンは困惑する。


「ところであなたは、どちらさまなのでしょうか?」


 アイリは先ほどと同じ質問を繰り返した。


「お、俺はジンの古い友人だ。あの銀髪の娘に連れられてここに来たんだ」

「あっ、そうだったんですか! 私はアイリと言います。今後ともよろしくお願いしますね」


 そういってアイリは腰を折って、礼儀正しく挨拶をした。


「あ、あぁ、どうも。俺はボロンという、よろしく頼む」


(あぁ……よかった。彼女は、彼女だけが普通だ……)


 彼の頭の中にもはやアイリを連れ去ろう、ジンに痛い目を見せてやろう、と言った考えはなかった。いち早くこのモンスターハウスから抜け出したい。ただそれだけを望んでいた。


「――ところでボロンさん、お腹は空いていませんか……?」

「まぁ、減ってはいるが……」

「そうですかっ! それはよかったです!」


 そういってアイリは嬉しそうに、鍋の中からどす黒い『ナニカ』をなみなみと皿に注いだ。


「カレーなんですけど、よろしければ感想を聞かせてもらえると助かります」


 アイリは先日の大失敗以来、一人料理の特訓に明け暮れていた。


(な、なんだよ……これ……)


 彼は黒より黒い色を生まれて初めて見た。


(食い物じゃねぇ。いや……もはやこの世のものじゃねぇ……)


 その料理の概念を越えた暗黒物質を前に、ボロンは自分の考えの甘さを恥じた。


(そうだよ……。俺は何を期待してたんだ……? この家の連中にまともな奴がいるわけねぇじゃねぇか……)


「あっ、すみません。飲み物もお出ししますね」


 そういってアイリが水を用意しようと後ろを向いたそのとき――。


「――くそったれがっ!」


 一瞬の隙を突いて、ボロンは厨房から逃げ出した。


「えっ、ボロンさんっ?」


 アイリの驚いた声を気にも留めず、ただ廊下をひた走る。彼には自分がこの広い屋敷のどこを走っているかなんてもうわからない。

 すると――。


「あっ、見つけた! さっきは驚かせてごめんねー。悪気はなかったんだよー」

「ごめん……完全に忘れてた……」


 背後から、スラリンとリューが申し訳なさそうな表情で駆け寄ってきた。

 それに加えて――。


「ボロンさん、どうしたんですか!?」


 厨房に一人置いてけぼりを食らったアイリも、突然ボロンが飛び出していったので、心配して追いかけてきた。


(くそっ、化物どもが意地でも逃がさねぇってか!?)


 ボロンはそれでも必死に生にしがみつく。


(くそっくそっくそっ! こんなところで死んでたまるかっ!)


 持てる全ての力を使って走ると――。


(あ、あれはっ!?)


 前方に見たことのある扉が、この屋敷に入るときに使った玄関の扉が見えた。


(あ、あったっ!)


 ようやく見つけた地獄からの出口に、ボロンは嬉しさのあまり泣きそうになった。しかし、すぐさま緩みかけた気を引き締め直し、背後に迫る化物たちとの距離を確認する。


(よし、いけるっ! 幸いにして奴等、足はそれほど速くない! これだけの距離が空いてりゃ、逃げ切れるっ!)


 彼には、この屋敷から抜け出せさえすれば逃げおおせるという強い自信があった。彼とて三十代までハンター一筋の生活を続けてきた、いわば熟練のハンターである。木や岩や草など障害物のある外での追いかけっこなら、モンスターに負けるつもりはなかった。


(俺の……勝ちだっ!)


 玄関の扉を開けるとそこには――。


「ん……? 確かお前は……昼頃の……」


 雷竜の血にまみれたジンが立っていた。

 ボロンにとっては大変タイミングの悪いことに、ジンは雷竜の討伐を済ませ、たった今この家に帰ってきたのだ。


「くぁ……じ、じじじ、ジ……ン……っ」


 その言葉を最後に、ボロンはついに意識を手放した。ジンへの恐怖が、生きる意志を上回ってしまったのだ。


「……何なんだ、こいつは?」


 ジンが一人頭をひねっていると――。


「あー、ジーンおっかえりーんっ! お腹すいたよぉーっ、ご飯ご飯っ!」

「ジン……おかえり……。早速だけど、ご飯を……所望する……っ!」

「ジンさん、おかえりなさい。ご飯にしますか? それともお風呂にしますか?」


 スラリン・リュー・アイリの三人が温かくジンを出迎えた。


「あぁ、ただいま。先にお風呂をいただきたいところだが、その前に――この男は何なんだ……?」


 その後、三人は『ジンの友人』と言うが、彼にそんな心当たりはない。ジンは仕方なくハンターズギルドに気を失ったボロンを届けてやった。

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