六、ジンの友達
(っ!?)
ボロンは驚愕に言葉を失い、大きく銀髪の少女から距離を取った。
(こ、この俺が後ろを取られる……だとっ!?)
彼はS級クエストを一人でこなすやり手のハンター。そんな自分が背後を取られたことが、信じられなかった。
(ジンのことに気を取られ過ぎたか……くそっ、つまらねぇミスを……っ!)
「……どうしたの? もしかして……ジンの友達じゃなかった……?」
銀髪の少女――リューは少し困り顔で首を傾げた。
彼女は家の周りでゴソゴソと不審な音がするので、少し様子を見に来たのだ。するとそこにいたのは見知らぬおっさん。いったいどうしたものかと、非常に困惑していた。
「あっ、い、いや! なんでもない! そ、そう、おじさんはジンの友達なんだよ。今、ジンはいるかな?」
ボロンは会話を繋ぎながら、リューをつぶさに観察する。
(こいつがジンの娘の一人か……? いや、それにしても、あの腰に生えた一対の白い羽……獣人族か。少々、厄介だな)
獣人族はその体に獣の特性を宿す種族。その宿す獣の力を自由に行使できるため、人間よりも単純な戦闘力は上だ。
(どう見てもただのガキだが、念のため正面からの戦闘はやめておくか……。隙を見て一撃で意識を奪うのがベストだな)
「残念……ジンは今、お仕事中……」
(知ってるよ)
「どうする……家で待つ……?」
(っ!)
ボロンは突然降ってわいたチャンスに、内心ほくそ笑む。
「おっ、いいのかい? それじゃお言葉に甘えようかな」
「ん……。それじゃ、こっち……」
そういって、リューはボロンに背を向け、家の方へと歩いていく。
(馬鹿めっ!)
彼がそんな絶好のチャンスを逃すわけもなく、両手を重ね合わせて、そのまま一思いにリューの後頭部を殴りつけた。その瞬間――。
「い゛っづっ!?」
まるで巨大な岩石を素手で殴りつけたかのような、あり得ない感触と衝撃が両腕を襲った。大声で泣き叫びたいのを、何とか鋼鉄の意志で押さえつける。
(いってぇぇええええええっ!? 何だこのクソガキ、頭に鉄板でも入ってんのかっ!?)
「……どうしたの?」
リューはいきなり奇声を上げたボロンへ問いかける。彼女に『殴られた』という認識は全くない。それも当然のことである。今リューは少女の形態をとっているだけであり、真の姿はこの数百倍の大きさを誇る。小さな人間が全力で殴りつけようとも、何の痛痒も感じない。
「あ、い、いやっ! な、なななんでもないよっ! ご、ごめんね、急に変な声だしちゃってっ!」
ボロンは苦しい言い訳を並べ、赤く腫れあがった両手を後ろに隠した。
「そう……? それじゃ……行こ……」
そういってリューは再び歩き始めた。
彼女の「何かあったんですか?」と言わんばかりの態度に、ボロンは激しく動揺する。
(……誘っている、のか? 気付いていない……わけはない……。ならばどうして俺を屋敷に招き入れる……?)
「……来ないの?」
「あ、あぁすまない、今行く」
(俺は本当に入っていいのか……? この屋敷に……)
漠然とした不安を抱きながらも、ここで退くわけにはいかないボロンは、ジンの屋敷へと足を踏み入れた。
■
「お、おじゃまします」
普段ならばそんな礼儀正しいことは、絶対に言わないボロンであったが、今ばかりは自然と口に出た。
「こっち……」
そのままボロンは、リューの案内に従って家の中へと進んでいく。
(見た目以上に中は広いな……。俺は帰れるんだろうか……)
鉄のように固い頭を持つ少女と一緒に化物の家の中にいる。なんとも言えない不安感が、ジリジリと彼の精神をあぶっていく。
そのまま歩いていくと――。
「お腹すいたー……。お腹すいたよー……」
前方からそう言って歩く青い髪をした少女――スラリンが現れた。両手をお腹に添えて、目が虚ろになっている。極度の空腹にあえいでいるのだ。
(この娘は……見たところ普通の人間だな。よし、隙を見てこっちのを攫っちまおう)
彼がそんな算段をつけていると――。
「あー腹すいたー……。お腹へったー……。腹へった……。何か食わねぇと……死ぬ……」
(……あれ? 何か言葉遣いが……)
スラリンの言葉遣いが本来のものへと戻っていった。大好きなジンもおらず、空腹も中々のものとなっているため、化けの皮がはがれてきているのだ。
「スラリン……猫かぶれてないよ……?」
「うるせぇ……。こっちはもう限界なんだよ……」
「ふふっ……この姿をジンに見せてあげたい……」
はるか昔から因縁が続く二人は、いつもすぐに険悪な雰囲気を作る。
「……食い殺すぞ」
「……やってみろ……燃やし尽くしてやる」
次の瞬間、スラリンの足元から黒い影のようなものあふれ出した。影は廊下をどんどん浸食していく。リューはそれに触れないよう、すぐさま腰に生えた唾で空を飛んだ。
「えっ、ちょ、何だこ――っ!?」
彼は摩訶不思議な現象に動揺を見せたが――すぐさま自身が死の淵に立たされていることに気付いた。いったいどういう仕組みなのか、床が壁が棚が――あの黒い影に触れたもの全てが一瞬にして消えた。幸いにして影の矛先はリューに向いているが、影は今もその範囲を広げている。
リューが反撃にドラゴンブレスを繰り出そうとしたそのとき――。
「ひ、ひぃいいいいいっ!?」
ボロンは今まで築き上げてきた自信・プライドをかなぐり捨て、悲鳴をあげて逃走した。しかし、その逃げ先が悪く、どんどん屋敷の中へ中へと入っていってしまう。
「……しまった。……ジンに怒られる」
リューは青い顔して、ポツリとそう呟いた。
敏感に『ジン』というワードに反応したスラリンは、一時攻撃の手を止める。
「……どういう意味だ?」
「あれ……ジンのお友達……」
「え゛……っ」
スラリンから伸びていた黒い影は一瞬にして引っ込み――。
「「……どうしよう」」
二人は仲良く頭を抱えた。




