五、復讐計画
「くそがっ! ぶち殺してやるっ!」
無謀にも世界最強のハンターと名高いジンに喧嘩を吹っかけた男――ボロンは路地裏で一人、大声でわめきちらす。
「くそ、くそくそくそっ!」
何度も何度も、路地の壁を力いっぱい殴りつけた。手の甲にはじんわりと血が浮かび上がっている。
「なんでだよ……おかしいだろ……っ」
彼は隣町に住むハンターだ。腕には相当の自信があり、彼の住む町で彼に敵うハンターなどいない。普通はクリアに一週間以上かかるS級クエストも五日という短時間で、それもたった一人でこなしたことすらある。
「……化物めっ」
しかし所詮は井の中の蛙だった。
歯が立たないなんてものじゃない、『勝負』にすらならなかった。
「あの噂は全部本当だったってことかよ……」
曰く、武器を忘れたので、落ちていた枝で龍を狩る男。
曰く、腹が減ったので、食材として龍を狩る男。
曰く、一人で王都の一流ハンター十人を半殺しにした男。
初めてこの噂を聞いたときは、鼻で笑った。
「そんなわけあるか」と。「自分を大きく見せるために吹いて回ったほら話だ」と。
しかし、ジンと戦った今ならわかる。どれもこれも「やりかねない」ということが。
「……ぜってぇ許さねぇ、ぶち殺してやる」
ボロンは憎しみの炎に身を焦がす。
逆恨みではあるが、あれほどの観衆の前で大恥をかかせられた。その事実が、彼から正常な思考を奪う。
「……それなのに……なんでだよ、どうして動かねぇんだよっ!」
ボロンは必死に自分の両足を殴りつける。別に重度の怪我を負ったために動かないのではない。『ジンと戦いに行く』――そう思ったときに、彼の足はまるで石像になったかのように動かないのだ。
「……ははっ、この俺がビビッちまったってか?」
言葉ではなんと取り繕うとも、彼の心は折れてしまったのだ。あまりにも高過ぎた、望むことすら敵わなかった頂――ジンに。
「それならいいさ、別に直接奴とやり合わなくとも……。奴を苦しめる手段なんて、いくらでもある……っ!」
ボロンは何も腕っぷしが立つだけではない。存外にも計算高く、何より悪知恵が働く。
「ふふっ、まずは情報収集だ。あいつを――くそったれのジンを丸裸にしてやるっ!」
その後、武器を隠し、服装もごく普通の一般市民が着るような軽装に着替え、聞き込み調査を開始した。
すると驚くほど簡単に情報が集まった。
ジンは小高い丘にあるバカでかい屋敷に住んでいること。二人の娘――スラリンとリューがいること。そしてこの二人を何だかんだいいながら、溺愛していること。ほんのつい先ほど、ギルドの受付嬢と何やら揉めていたこと。雷竜の討伐に向かったこと。
ほんの数人に聞き込みをしただけで、ここまでわかった。
(雷竜の討伐に向かったということは……ジンは今留守ということ……。 ふっ、これはまたとない絶好のチャンスだっ!)
ジンに勝つ気など、彼には毛頭なかった。
目的はただ、ジンを苦しめること、自分と同じ絶望の淵に立たせること。
(二人の娘がいるとかなんとか……へへっ、こいつは楽しみだぜ……)
そして今。今まで得た情報の確実性を確認するために、最後の一人に聞き込みを行う。すると――。
「んー、あんたもしかして、昼頃にジンに喧嘩売ったハンターか?」
「っ!?」
運の悪いことに、よりにもよってあの場にいたハンターに声をかけてしまった。
「はっはっは、その顔やっぱりそうか! だとすると、そうだな……。目的はジンへの復讐……ってところか?」
「……へっ、そこまで見抜かれちゃ仕方がねぇ、悪いが数日はベッドの上だぜ」
ボロンは、懐から隠していた短刀を取り出す。
しかし、目の前のハンターの男は武器を持つどころか、構えることすらしなかった。
「馬鹿、やめとけやめとけ。俺は別に、止めるつもりなんてねぇからよ」
「……なんだと?」
ボロンは目線だけで、続きを促した。
「どこまで調べたかは知んねぇが、ジンの家はあっちの小高い丘の上にある。勝負を挑むなり、闇討ちをしかけるなり、まぁ、殺されねぇ程度に頑張んな」
そういうとハンターの男は、手に持つ酒瓶をグイっと一杯あおった。
「……あっ、そうだ。ジンは優しいから大丈夫だけど、あの嬢ちゃんたちに手を出すのはやめとけよ? ああ見えて彼女ら、無茶苦茶つぇー上に全く容赦ねぇから……って、もう行ったか」
するとボロンは話の途中でいきなり駆け出し、闇夜に紛れて消えてしまった。
「あー……俺、知ーらねっ」
■
(危なかった……。まさか聞き取り調査の対象が、偶然にもあの場にいたハンターだったとは……)
せっかく立てた計画が台無しに終わることを恐れたボロンは、隙を見てあの場から一目散に逃げ出した。
(しかし、さっきのハンター……。変な奴だったな……)
同僚であるジンを襲おうとしているのに、止めようとするどころか、あのハンターは楽しそうに笑ってていた。
(そうだよ……他の奴等だって変だ……)
一般人のような軽装をしていると言っても、ボロンはハンターだ。当然体も鍛えている。そんなガタイのいい男が露骨な軽装を着て、なぜ誰にも怪しまれなかったのだろうか。
ジンに煮え湯を飲まされてから時間が経過し、少し冷静になった彼の頭にいくつもの不審な点が思い浮かぶ。
(いや、今はそんなことはどうだっていい……。十分な情報も集まった……後は、ジンの娘をかっさらうだけだ……っ!)
聞き取り調査で得た情報を頼りにジンの家を目指して歩いていくと――一軒の大きな屋敷が見えてきた。
(なるほど……ここがジンの家か……確かにでけぇじゃねぇか)
その後、彼は家の回りをグルグルと何度も回り、侵入できそうな場所を探す。
(よし、裏口の窓だな……)
侵入経路を確定し、いざ乗り込もうとしたそのとき――。
「ねぇ……おじさん、誰……? ジンの……お友達……?」
銀髪の少女が、音もなく彼の背後に立っていた。




