三、ハンターズギルド
翌日の昼頃。
俺はアイリを連れて街へと繰り出した。
アイリのいた世界とこちらの世界では、多くの『違い』が存在する。それは『魔法』という特異な力、食文化、人間とエルフのような種族間の関係など様々だ。
彼女がこの世界に順応し、快適な生活を送るための第一歩として――今日はアイリに街の人々を紹介しようと思う。
「さぁ、着いたぞ。ここがこの街の大通りだ」
「うわぁ……すごい……」
昼間ということもあり、大通りには大勢の人々であふれていた。
エルフの森での生活に慣れたアイリにとっては、これほど多くの人を見る機会は中々ないだろう。
「よほど希少なものでない限り、だいたいのアイテムはここで揃うからな。アイリもそのうち、よく足を運ぶことになるだろう」
「なるほど、それは楽しみですね」
「さぁ、そろそろ行こうか」
「はいっ!」
俺たちははぐれないように、いつもより少し近い距離を維持したまま、大通りを真っすぐに進んでいく。
「うわぁ……っ!」
アイリは目を輝かせて、陳列されている様々なアイテムを見た。
「何か欲しいものがあれば、気軽に言ってくれ。……まぁ、俺もそれほど金があるわけじゃないから、あまり高いのは勘弁してくれると助かる」
「い、いえっ! そこまでしていただくわけにはっ!」
「いい、気にするな。せっかく大通りまで来たんだ、何か少しぐらい買っていかないとな」
「ほ、本当にいいんですか……?」
「あぁ、何か気になるものでもあったのか?」
「は、はい」
すると彼女は、左手にある民芸店。その中のネックレスや腕輪などのアクセサリー類が飾っている区画を指差した。
「で、では……ジンさん。こちらの中から、ジンさんの好みのものを選んでください」
「……俺が?」
「は、はい。駄目……でしょうか?」
「いや、アイリがいいのなら、俺は別に構わんが……」
(ふむ……)
俺はジッと飾られているアクセサリー類を眺める。
(……駄目だ。何を選ぶのが正解なのか、全くわからん……)
チラリと横目でアイリの方を見ると――何やらずいぶんと期待した様子でソワソワとこちらを見ていた。
(期待……されている……)
しかし、女性にこういったものを送った経験がほとんどない。スラリンとリューが欲しがるものは、いつも食べ物――特に肉なので、プレゼントには困らない。
(よく考えろ……彼女はエルフだ)
エルフは自然とともに生きる種族。森を愛し、山を愛し、川を愛する。
(つまり、ここで俺が選ぶべきは……っ!)
「アイリ、これなんてどうだ?」
銀色のチェーンに、ペンダントトップには銀色の木の葉――シンプルなデザインで、品のあるネックレスを指差す。
「わっ、とってもいいと思いますっ!」
どうやら当たりを引けたみたいだ。
俺はホッと胸をなでおろす。
「すみません、こちらを一つお願いします」
「まいどありぃーっ!」
勘定を済ませ、アイリにペンダントを手渡す。
「ジンさん……もしよろしければ、つけていただいてもいいですか?」
「ん? あぁ、構わないぞ」
彼女が少し背伸びをして、こちらに首を伸ばす。
不器用な俺は少し手間取ったが、無事につけてやることができた。
「わぁ……っ! ありがとうございますっ! 大事にしますねっ!」
胸にあるペンダントトップを嬉しそうにてのひらに乗せ、アイリは満面の笑みでお礼を言った。
「ふふっ、どういたしまして」
そのまま上機嫌のアイリを連れて歩いていると――彼女がふいに立ち止まった。
「じ、ジンさん……あの方ってもしかして……」
彼女の視線の先には、耳が長く少し太ましい女性が「いらっしゃい! いらっしゃい! 安いよ安いよぉっ!」っと、大声で客引きをしていた。
「あぁ、肉屋のパーシィさんだな。見ての通り、アイリと同じエルフ族だよ」
『肉屋パーシィ』――安価な肉から高級な肉まで幅広く扱っている、俺の行きつけのお店だ。花見のときに食べたギャラノスの肉もここで買ったものだ。
「少し、挨拶しにいくか」
俺がパーシィさんの元へ進んでいくと――。
「おっ、ジンさんじゃないかいっ!」
「おはようございます、パーシィさん」
「ここ二、三日見かけなかったから、心配してんだよ? って、おやぁ……?」
パーシィさんは、めざとくアイリを見つけると、その迫力満点の顔をグッと近づけた。
「あんた、これまった可愛い子を連れてっ! うらやましいねぇ、全く!」
男勝りで明るい性格のパーシィさんは、「あっはっはっ!」と豪快に笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いた。
「こちらは、エルフ族のアイリです。昨日から俺の家に住むことになったので、今後ともよろしくお願いしますね」
「お、お願いしますっ!」
俺とアイリはペコリとお辞儀をする。
「そうかいそうかいっ! そんじゃ『肉屋パーシィ』を御贔屓に頼むよ、アイリちゃん! ――ところでどうだい? 今日はメリノスの肉が安いよぉ?」
そういって彼女は、大きなブロックで売られているメリノスの肉を指差した。
(この量でこの価格か……。確かに安いな……)
メリノスの肉――安いが非常に固く、肉のあまみもほとんどない。
(スラリンとリュー用に買って帰るか……?)
表立っては言えないが、彼女たちはいわゆる『味音痴』だ。どんなものでも基本料理としての体裁さえ整っていれば、「うまいうまいっ!」と食べてくれる。
ずいぶん昔に一度、高級なギャラノスの肉と安いメリノスの肉の食べ比べをしてもらったことがある。結果は「どっちも一緒!」だそうだ……。
(買って帰りたいのは山々なんだが……、今日はやめておくか)
「すみません。今日はこれからアイリに街を紹介して回るので、また今度頼みますよ」
「そうかい? そりゃぁ、残念だねぇ。そんじゃ、また見てってくれよ!」
そういってパーシィさんは、豪快に手を振った。
その後、通りから少しはずれたところにあるベンチで、俺たちは一休みをする。
「この街はどうだ、アイリ?」
「ジンさんの言っていた通りです……。本当にいろんな種族が一緒に生活しているんですね……」
アイリはしみじみとそんなことをつぶやいた。
この街には人間をはじめとして、エルフにドワーフ、猫耳やキツネ耳などの獣の特性を宿す獣人など様々な種族が共存している。
「あぁ、いいところだと思わないか?」
「はい……、とってもいい街だと思います」
■
今日の街案内の締めくくりとして、俺はハンターズギルドを選んだ。
「さぁ、ここがハンターズギルドだ」
ハンターズギルドは一階建ての大きな建物で、中には酒場も併設されている。今もクエストボードと睨み合っているもの、昼間から浴びるように酒を飲んでいるもの、バカ騒ぎしているもの……と多くのハンターが集まっている。
「こ、ここにいる人たち全員が、ジンさんと同じハンターなんですか……?」
「んー、中には依頼者や酒を飲みに来た人も混ざっているが……。まぁほとんど全員がハンターと考えていいだろう」
「こ、こんなにたくさん……」
ハンターという職業がそもそも存在しない世界から来たアイリの目には、さぞ異様な集団の集まりに映っていることだろう。
「さっ、みんなにアイリを紹介するから、こっちへ来てくれ」
「は、はい」
緊張の混じった声でアイリは返事を返した。
俺たちが、ギルドの中心に向かって歩いていると――。
「おっ、久しぶりじゃねぇか、ジン。……後ろの子、可愛いな」
「しっかり働かねぇと、あの嬢ちゃんたちにまた食われんぞー。……耳が長い、エルフ族か」
「おーおー、何だ何だ? これまた綺麗な子を連れて……。ジン、ついに身を固める決心がついたのか?」
何人かの顔馴染みのハンターがニヤニヤと俺とアイリを交互に見る。
(はぁ、全くこいつらは……)
俺は小さくため息をつく。
どいつもこいつも、みんなもういい年したおっさんだというのに……。すぐに色恋の話に持っていきたがる……。
「い、いやぁ……」
アイリよ、そこで顔を赤くされると、疑惑が深まるだけだぞ……?
「まぁ、とにかくこの子――エルフ族のアイリは今日から俺の家に住むことになった。みんなも街で見かけたらよろしくしてやってくれ」
「エルフ族のアイリです。よろしくお願いします」
アイリがペコリと頭を下げると――。
「よろしくなーアイリちゃーんっ!」
「ジンはこう見えて、狼だから気を付けろーっ!」
「よーしっ、今日は歓迎の意味を込めて……飲むぞーっ!」
ハンターのみんなは、指笛を鳴らし、彼女を歓迎してくれた。
……少し変なことを言っているやつもいたが、そこは努めてスルーする。
「っと、そうだ。一応言っておくが、間違っても変なちょっかいはかけるなよ?」
こいつらは日ごろから馬鹿ばかりやっている奴等だが、一応昔からの顔馴染みだ。そんなことはないと信じたいが、念には念をということで釘を刺しておく。
「いや、お前んとこの子に手を出す命知らずなんて、この街にはいねぇよ……」
彼らは「ないない」っと、揃えて首を横に振った。
「さて、それじゃアイリ。今日のところはそろそろ帰――」
「――おい、お前が噂に聞くジンか?」
すると、カウンターに座っていたとある男が立ち上がり、俺の進路を阻んだ。
(……誰だ? このあたりでは見ない顔だな……)
最近この街に引っ越してきたハンターだろうか?
そんなことを考えながら、俺は返事を返す。
「いったいどんな噂を聞いてきたのかは知らんが、確かに俺の名はジンだ」
すると男は俺の目をギロリと睨み付けて――大きなため息をついた。
「はぁ……。全く、どんな大男が出てくるのかと思えば……。ただの冴えないおっさんじゃねぇか……」
「まぁな」
俺は同意して頷く。
俺は今年で三十五を迎える脂の乗ったいいおっさんだ。そんな外見のことをどうこう求められても困る。
「そ、そんなことありませんよっ! ジンさんは、とってもカッコいいです! 落ち着いていて、渋くて……大人の魅力にあふれていますっ! それに何より、とても優しいです!」
するとアイリが横からフォローを入れてくれた。
「はは、ありがとう、アイリ。お世辞でも嬉しいよ」
「お、お世辞じゃないんですけれど……」
アイリとそんな話をしていると――。
「……ちっ」
目の前の男が、目に見えて苛立ち始めた。
(……危険な男だ)
俺が言えた義理ではないが、向こうも向こうでいいおっさんである。そろそろ落ち着きを覚えないとだな……。
そんなことを思っていると――男はこちらに大きなこん棒を向け、大声をあげた。
「ジン、俺と勝負しやがれっ!」
男がそう言い放った瞬間――。
「「「ぷっ……ぎゃっははははははははっ!」」」
ハンターズギルド内が、なぜか爆笑の渦に包まれた。
「じ、ジンに勝負って、ひ、ひぃーっ! は、腹がっ! 腹がいてぇっ!」
「ぎゃははははっ! いいぞぉ、おっさん! おらぁ、あんたを応援するぜっ!」
「いけいけっ! ぶっ殺せぇーっ!」
顔馴染みのハンターたちは、過激な言葉でよそ者の男を煽り立てる。
「な、なんだっ!?」
「み、みなさん、どうしてっ!?」
状況のわかっていない男とアイリが、突然沸いたハンターたちに動揺する。
(……やろう)
やつらは完全に俺とこの男の勝負を、酒のアテにするつもりだ。
「ジンの武器は大剣だぞっ! 一回空振りさせりゃ、でけぇ隙が出来る! そこにきつい一撃を叩きこめっ!」
「あいつはフェイントを一切使わねぇ、ガチガチの脳筋野郎だっ! 足を使ってかき乱せ!」
「止まるんじゃねぇぞっ!」
ハンターたちは俺の武器や戦い方の癖まで、できる限りのアドバイスを男に送った。
(はぁ……)
別に特に隠しているわけでもないから、いいだけどな……。
目の前の男は完全にやる気であり、重心を落とし、こちらに鋭い視線を送っている。
(やるしかないのか……)
「アイリ、ここは危ないから少し下がっ――」
俺が後ろ振り返り、アイリを安全なところへ避難させようとしたそのとき――。
「隙ありぃぃいいいっ!」
男はこん棒を振りかぶり、一気に間合いを詰めてきた。
「じ、ジンさん、後ろっ!」
「「「よっしゃっ! 入ったーっ!」」」
(いやいや、なんのなんの)
さすがにこの程度では、やられたりはせんよ。
俺はクルリと反転し、裏拳を繰り出し――。
「ほっ」
男の振り下ろしたこん棒を一撃で破壊する。
「……は?」
男は、先端のなくなったこん棒を呆然と見つめた。
「ハンターなら、もう少しいい武器を準備した方がいいぞ?」
そしてそのまま、かなり手加減を加えた右ストレートを男の顔面に突き刺す。
「ぶへっ!?」
男は空中できりもみ回転しながら水平に飛び、ギルドの壁にめり込んでようやく止まった。
「「「まっ、そりゃそーなるわな」」」
そういうと馴染みのハンターたちは、何も無かったかのように酒を飲み始めた。
「はぁ……。お前らなぁ……」




