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二、飛龍種ゼルドドン


(さてどうするべきか……)


 悲鳴の聞こえた方へ出向き状況を確認するか、それとも無視を決め込むか。


(ハンターとして正しい行いは――無視だ。)


 現在自身の置かれている状況、周囲の環境、敵性モンスターの存在など、不明確なことが多すぎる。このような状況下で、さらに面倒事を抱え込むことは間違いなく悪手である。


(それに個人的にもやっかいごとはごめんだしな……)


 しかし――。


「……聞こえちゃったんだよな」


 ここで無視を選択した場合、その後に食べるメシのまずいことまずいこと。想像するのは、難しくない。


「まぁ、別に助けると決めたわけじゃないが……。とりあえず、状況だけ確認するのもな。今後の情報収集の一環としてなら、あり……だよな?」


 誰にしているのかわからない言い訳を並べながら、悲鳴のした方へと進んでいくと――。

 遠方に一人の少女が見つけた。少し小柄で、茶色の長く綺麗な髪が――何より、その長い耳が目を引く。


(あの長い耳……エルフ族か?)


 となると俺はエルフの森にまで転移させられたのか……? いや、それはない。エルフの森の地理情報は頭に叩き込んである。こんな場所は、エルフの森にはない。


「だ、誰か……誰かいませんかっ!?」


 彼女は肩から赤い血を流しており、息を切らしながら必死に走っている。必死に助けを求めながら。


(モンスターにでも追われているのか?)


 するとその後ろから、小さな刀を持った二人の男が姿を見せた。


「げへへ、待て待て~」

「楽しませてくれよ~」


 彼らは下卑た笑みを浮かべながら、エルフ族の少女を追っていた。わざと付かず離れずの距離を保ちながら、少女が逃げ惑う姿を楽しんでいる。


「……見るに堪えないな」


 人間はときにとても残酷になれる生き物だ。自らよりも力の劣る者を見つければ、寄ってたかっての袋叩き。こういう人間は、俺の一番嫌いな人種だ。


「どのようにして助けるべきか……」


 既に俺の中で彼女を見捨てて、姿をくらませるという選択肢はない。そんなことをすれば、今後数日に渡って――いや下手すれば数か月にわたってまずいメシを食べることになる。うまいメシは、俺の数少ない楽しみの一つだ。それだけは何としても避けねばならない。


「しかし、困ったな……」


 彼らからは濃密な『やっかいごと』のにおいがする。出来れば姿を見られることなく、秘密裏に彼女を助けたい。何かいい案はないか……。

 俺がそうやって頭を捻らせていると――。


「はぁはぁ……っ!? きゃっ」


 エルフの少女が石につまずき、転んでしまった。どれだけの間、逃げ回っていたのかは知らないが、額に浮かぶ玉のような汗を見るだけでも、彼女の体力が限界だということがわかる。


「ぐへへ、どうした~? 追いかけっこはもう終わりか~?」

「切るぞ~切るぞ~、痛いぞ~?」

「い、嫌……っ」


 男たちは下劣な笑みを浮かべ、短刀を手にしたまま、ジワリジワリと少女ににじり寄る。


「……やむをえんか」


 俺が仕方なく、彼らを叩きのめすことを決め、背にある大剣に手を伸ばしたそのとき――。

 血のにおいを嗅ぎつけた龍が、突如空高くより姿を現した。


「ゼェルルルルルルルルゥッ!」


 全長十五メートル、高さ四メートル、横幅十メートルほどであろうか。体に独特の赤い紋様が走り、背に一対の翼を生やした小型の(・・・)龍だった。


「ふむ……見たことがない種類だな」


 長くハンター生活を続けているが、このような種類の龍はこの目でも、そして図鑑の中でも見たことがない。


「ひ、飛龍種ゼルドドン!? ……敵いっこねぇ、逃げるぞっ!?」

「ひ、ひぃ~~っ!?」


 小型の龍の出現に恐れをなしたのか、男たちは尻尾を巻いて逃げていった。この手の輩に限って、逃げ足だけは一級品なものである。


(……しかし、助かった)


 これで安全に(・・・)彼女を助けることができる。

 龍は長く紫色の舌をペロリと出し、エルフの少女に詰め寄った。


「や、やめて……。食べないで……っ!?」


 そして大口を開けて、彼女を食べようとしたその瞬間。


「――よっと」


 その太い首目掛けて、大剣を一気に振り下ろし――一太刀で龍の首を刈り取った。


「ゼルルッ!?」


 龍は短い悲鳴をあげると、糸が切れたかのようにその場でぐったりと倒れ伏した。頭部のなくなった首から凄まじい勢いで鮮血を吹き出している。

 位置関係的に大変よろしくないことに、少女はその血を全身で浴びてしまった。


「あー……」


 こういうとき、いったいなんと申し上げればいいのか……。

 俺が言葉に詰まっていると、少女はばたりとその場で倒れた。


「おーい、大丈夫か? おーい」


 返事がない。完全に気を失ってしまっているようだ……。

 龍に食い殺されると思ったショックによるものか、それとも頭から大量の血を浴びたことによるものか。


「やれやれ……。どうしたものか……」


 彼女をそのままにしておくわけにもいかない。

 俺は仕方なく、彼女を背負うとそのまま小川の音のする方へと向かった。



 無事に小川に到着した俺は、とてつもなく大きな問題に直面した。はっきり言って苦しい。とてつもなく苦しい状況に、俺は今立たされている。


「いったいどうすれば……」


 目の前にはおそらく年頃の、全身を龍の血で濡らしたエルフの(・・・・)少女。

 エルフは穢れや不浄――特に血を嫌う生き物だ。知人のエルフの話では、長時間血に触れていると発狂死してしまう者もいるとか。

 彼女にとって今のような――全身を龍の血で濡らす状況は、非常によろしくない。今すぐにでも水で体を清めなければ、生命に影響が出てしまう状況だ。しかし、目の前の彼女は完全に気を失っている。


「おーい、起きてくれー」


 わずかな希望を胸に、その肩を揺さぶるが、返事はない。

 意識を失えども、体が拒否反応を起こしているのだろう。今も苦しそうな声をあげている。

 年頃の女の子の羞恥心とその健康――両者を天秤にかけて俺は、決断を下す。


「……やるしかないか」


 血まみれの彼女を小川のすぐ横へと運んだところで、気付く。


「おっと、その前に怪我をしているんだったな」


 懐からポーションを一つ取り出し、彼女の口へ流し込む。

 すると肩口にあった切り傷や、転んだときに擦りむいた膝など、目に見える外傷がたちまち消えてなくなった。


「よし、後は……」


 懐から厚手の包帯を取り出し、それに水を吸い込ませる。厚手の包帯(これ)はハンター生活において必需品ともいえるものだ。怪我をしたときはもちろんのこと、このようにタオル代わりとしても使える。


「それにしてもずいぶんと露出が多いな服だな……」


 彼女は胸と腰の周りに赤いアクセントの入った白の布地をまとっているだけだった。おかげで肩口とお腹周りを丸ごと露出している。


「まぁ、今回ばかりは拭きやすいから助かったけど……」


 そういいながら、彼女の髪や体に付着した血を綺麗にふき取っていく。そして――。


「ついにきたか……」


 体と髪を綺麗にし終えた、後はこの血で汚れた服である。


「ふーっ……」


 深呼吸をし、俺は厚手の包帯を目元に巻く。簡易式の目隠しだ。年頃の少女にとって、こんな三十を過ぎたおっさんに裸を見られるのは、耐え難いものがあるだろう。そこを少しでもケアするためにも――目隠しだ。

 おぼつかない手つきで彼女の服を丁寧に脱がし、その下にもべっとりとついているであろう血を拭きとってやる。


「こんなところ、スラリンとリューに見られたら……」




『ねぇ、ジン……これはどういうこと?』

『ちゃんと説明……できるよね?』




 二人はあんなに若く可愛らしい見た目をしているが、その実中身は『暴食の王』に『終末の龍』と呼ばれる伝説上の存在だ。

 何故か二人とも俺に並々ならぬ好意を抱いており、加えてとんでもなくヤキモチ焼きときている。そのためこんな裸のエルフの少女を介抱したなんて知られたら……。

 ぶるりと背に悪寒が走る。


(……考えないようにしよう)


 その後、しっかりと体を綺麗にし終えた俺は、寝ている彼女の上に自分の上着をかけてやってから目隠しをとる。


「うん、心なしか落ち着いてくれた気がするな」


 先ほどとは打って変わって、彼女は「すーっ、すーっ」と穏やかな寝息を立てていた。その表情からは険が取れて、優しい表情をしている気がする。


「あーっ、疲れた……」


 そこらのS級クエストよりも精神をすり減らす仕事を終えると――ぐーっと腹の虫が鳴いた。


「腹が減ったな……」


 花見も中途半端に終わってしまい、特製肉入りおむすびは完全に雲隠れだ。腹が減るのもやむないこと。


「なにか食べるものは……」


 周囲をキョロキョロと見渡すも、生えているのは真っ赤で四角いリンゴのようなもの・黄色くて丸いバナナのようなもの――どれも見たことのないものばかりだ。


(見知らぬ果実を食うのは……なぁ)


 経験上、派手だったり鮮やかな色を持つ果実は強い毒を持っていることが多い。いくらおいしそうに見えたとしても、食べることは推奨されない。


「っと、そういえばアレがあったな!」


 俺としたことが、先ほど狩ったばかりの龍のことをすっかり忘れていた。

 回れ右をして、龍を狩った地点まで戻る。幸いなことに、俺の獲物に手をつけるものは誰もいなかったみたいだ。


「おー、よかったよかった」


 この周辺には死肉漁りをするモンスターはいないのだろうか? そんなことを思いながら、手際よくモンスターの肉をはぎ取っていく。

 手早く十分な量をはぎ取り、厚手の包帯でそれを包む。


「さて、少し急いで戻らないとな」


 気を失った少女を長時間放置するわけにもいかない。早足で元居た場所に戻る。


「まだ目を覚ましてはいない、か」


 よほどショックが大きかったのか、それともよほど疲れていたのか、少女はいまだグッスリと眠っていた。


「それじゃ俺は食事としよう」


 そこらから枯れた木の枝と草葉を集め、簡単に火を起こす。鉄板代わりに自身の大剣を使用し、その上に肉を並べていく。大剣の上では、ジューっという肉が焼けるとき独特のいい音が鳴る。

 果実と違い、肉は安全だ。基本的にしっかりと火を通せば、麻痺毒や猛毒を持つ個体の肉でもおいしくいただくことができる。


「んー、ちょっと赤身が多めかな?」


 昼頃に食べたギャラノスの肉と比較して、この肉は赤身が多めだった。


「まぁ、それはそれでまたよしだな」


 赤身が多いということは、それだけしっかりと運動をして、健康的な個体の肉ということだ。さぞや力強い味がすることだろう。

 飲み水には、目の前の小川の水をいただく。


「……綺麗だな」


 よくよく見れば、非常に澄んだ綺麗な水だ。森にある小川の水は、土で濾過(ろか)されて、安全なことが多いが、それにしてもこの水は本当に透き通るように綺麗だった。いざとなれば、泥水をすすってでも生きる俺たちハンターにとってはまさに聖水のように思える。


「近くにエルフの村があるのかもな」


 エルフは穢れや不浄を嫌う聖なる存在。エルフの住む地は、彼らの聖なる気によって浄化されると聞く。

 そして準備が全て整ったところで、俺はしっかりと両手を合わせる。


「――いただきます」



 俺が一人でまったりと食事を楽しんでいると――。


「あれ……私……?」


 肉のにおいに釣られてか、少女がようやく目を覚ましてくれた。


「おっ、目が覚めたか」

「っ!? に、人間っ!」


 先ほど人間に追われていたからか、彼女は目に見えて警戒態勢をとった。少し悲しくもあるが、まぁ仕方がないことだろう。エルフの彼女からすれば、俺も先ほどの二人組も等しく『人間』なのだから。

 しかし、今はそんなことよりも――。


「前、前。……見えてるから」


 俺はそれだけ伝えると、無言で彼女から目をそむける。


「……前?」


 彼女には俺の上着をかけてやっていただけ、つまりその下は裸だ。そんな急に立ち上がれば、当然あられもない姿をさらすことになる。


「……っ!? きゃぁーーっ!?」


 ようやく事態を理解した少女の凄まじい悲鳴が森中に響き渡った。

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