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十六、強い決意


 俺は大剣を地面に突き立て、ぐるりと周囲を見渡す。


「ふむ……。まぁ、こんなところか……」


 レイドニア王国は、まさしく瓦礫の山と化していた。

 民家や病院、井戸などの生活上どうしても必要な建物だけを残し、時計塔や装飾過多の城など雑多なものは破壊させてもらった。


(とりあえず、これで『おあいこ』だな)


 俺はただ『奪われたものだけを奪う』。今回はエルフの森という住居を燃やされたので、レイドニア王国という住居をつぶしたというわけだ。


(それにしても……弱いな……)


 俺は隣で白目を向いて倒れている、バーナム四世に目を向けた。

 まさか破壊した建物の瓦礫が当たって気を失うとは……。


(一国の王を名乗るのだから、それなりの力を持っていると思ったのがな……)


 ……まぁ、どうでもいいか。

 俺の解体作業を少し離れたところでぼんやりと眺めていたアイリに声をかける。


「少し待たせてしまったな。さぁ、帰ろうか」

「は、はいっ。……あの、ジンさん、お怪我などはありませんか?」


 アイリは心配そうに俺の体の状態を聞いてきた。


「あぁ、ありがとう。特にないよ」


 彼女を安心させるために、ニッコリとほほ笑む。


「そ、そうですか……っ。それにしても、すごいお体ですね……ジンさんは何を食べてそうなったのですか?」


 アイリには興味深げに俺の体を上へ下へと凝視した。


(こんなおっさんの体を見ても、何にもならないぞ……アイリ)


 そんなことを思いながら、一応質問にはちゃんと回答する。


「まぁ、主に肉と酒だな」

「お肉とお酒、ですか……」


 我ながらあまり健康的な食事とは言えないな……。

 

「まぁ俺が日ごろ食べるメシの話は、帰りながらしよう」


 俺はアイリに再び道案内をお願いし、レイドニア王国をあとにした。



 来た道を戻るようにして歩いていくと、無事にエルフの村に到着した。

 すると――。


(ん……? あれは、何をしているんだ?)


 奇妙なことに大勢のエルフたちが村の中心に集まり――どこかで見覚えのある龍の首をしげしげと観察していた。


(確かあれは……俺がこの世界に来て間もないころに狩った小型の飛龍の首……だよな?)


 いったいどうしてあんなところに……? それに何故、彼らはあんなものに群がっているんだ?

 いくつもの疑問が頭に浮かび、「はて……?」と首を傾げていると――。


「ぜ…ゼルドドンっ!?」


 アイリが突如、悲鳴のような声を発した。


「なにっ!?」


 この地域最強の飛龍ゼルドドン。

 その名を聞いた俺はすぐさま大剣を抜き、周囲を警戒する。


(ようやく全てが丸く収まったと思った矢先に……。全く、何てタイミングだ……)


 こんな村のど真ん中で大型の飛龍と戦闘になれば、まず間違いなくこの村は崩壊する。それでは俺の今までの努力が全て水の泡だ。


(どこか遠くに場所を移さなければ……)


 最有力候補はあのオケアの湖あたりか?

 俺がそんなことを考えていると――。


「んん……?」


 一向にゼルドドンはその姿を見せなかった。

 耳に意識を集中させて、周囲の音を探ってみたが、それらしき――翼がはばたく音も聞こえない。


「アイリ、ゼルドドンはどこだ……?」


 周囲への警戒を解かずに視線だけを彼女に移して、そう問いかけた。


「あ、あそこですっ!」


 アイリの指差した先には――先日俺が狩った小型の飛龍の首があった。


「えぇー……」


 いや、ない。それはない。それだけはない。

 レイドニア王国までの往復で、どうやら彼女は少し疲れてしまっているようだった。


「いや、アイリ。あれはだな――」


 やんわりと優しく彼女の誤りを正そうとすると――。


「アイリっ! どこへ行っていたの!? 心配したじゃないっ!」


 メイビスさんがどこかホッとしような表情で、少し怒りながらアイリの元へやってきた。


「ご、ごめんなさい……、お母さん」


 ……しまった。メイビスさんに一言伝えるのを忘れていた……。

 これはアイリの責任ではない。完全に俺の監督不行き届きだ。


「すみません、メイビスさん。俺が少し無理を言って、道案内を頼んでしまったんですよ。一言、メイビスさんに言っていくべきでした。本当に申し訳ない……」


 俺は反省し、アイリと一緒に頭を下げた。


「い、いえいえっ! 頭をあげてくださいよ、ジンさん。あなたが付いてくれていたなら、私も何も言うことはありませんよ」

「すみません、そう言っていただけると幸いです」


 俺たちがそんな会話をしていると――エルフ族の族長リリィさんが、何やら神妙な面持ちでこちらへ近付いてきた。


「あの、ジンさん。一つお聞きしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」

「はい、構わないですよ。何でも聞いてください」


 と、言ってもこの世界に来て日の浅い俺が、何か有益なことを答えられるとは思わないが……。


「ありがとうございます。――では、こちらの龍の首に見覚えはありませんか?」


 そういって彼女は、先日俺が狩った小型の龍の首を指差した。


「そ、それですか……?」

「はい」


 リリィさんの目は真剣そのものだ。

 それに他のエルフたちの視線も、どういうわけか全て俺に注がれている。


(これは……やってしまったか……?)


 俺の背に冷たい一筋の汗が流れる。

 エルフは人間とは異なり、独自の文化や価値観を持っている。俺にとっては小型の飛龍だったとしても、彼らにとっては神聖な龍だったのかもしれない。

 俺は仕方なく、正直に答えることにした。


「それは……、先日俺が狩ってしまったものですね……。まずかった……ですか?」


 すると次の瞬間、村中が一時騒然となった。

 目の前のリリィさんも息を呑み、言葉を失ってしまっている。


(この反応……。どうやら、完全にやってしまったようだな……)


「いや、本当にすみま――」

「――ありがとうございますっ!」

「……え?」


 リリィさんはここにきて初めて、見た目相応の可愛らしい――心からの笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます、ジンさん。これで……これで本当にこの村は救われます!」

「ど、どういうことですか……?」


 もうさっきから、何が何だかさっぱりだ。


「あの首の主こそが、このエルフの森に住む動物を食いつくした大型飛龍――ゼルドドンなんです」

「……は?」


 その衝撃的な告白に、敬語も忘れて、真顔となってしまった。


「あ、あんな小さな飛龍が……ゼルドドン……っ!?」


 さすがに二日前のことなので、おっさんの記憶もまだはっきりとしている。あのサイズは、どこからどう見ても小型。百歩譲って、いや千歩譲っても――やっぱり小型だ。中型にさえ届かない。


「なるほど……。ジンさんからしてみれば、ゼルドドンは小型の飛龍なんですね……。本当に、規格外な御方です……」


 リリィさんはしみじみとそうつぶやいた。

 一方の俺は、ここ二日間の自分の行動を思い出し、自嘲気味に笑う。


大型(・・)飛龍ゼルドドンね……。ふっ……何ということだ……」


 自らの滑稽さに笑いをこらえられなかった。


(この二日間、まさかあんな小物に怯えていたとは……。ふふっ、いやいやこれは良い土産話ができたな……)


 帰ったら真っ先にスラリンとリューに聞かせてやろう。きっと大笑いするだろう。

 俺がそんなことを考えていると――。


「――みなさん、こんな未熟な私にここまでついてきてくださり、本当にありがとうございました」


 リリィさんが大勢のエルフたちへ頭を下げた。


「突如この森にゼルドドンが現れてから、エルフ族は苦難の日々を送りました。食料難に流行り病、そこへ追い打ちをかけるようにレイドニア王国からの攻撃。一時は本当にどうなることか思いました。――しかし、その苦難の日々も今日で終わりを迎えましたっ! さぁ、宴を開きましょう! 主役はもちろん――ジンさんですっ!」


 彼女がそう言い切った次の瞬間――。


「「「うぅぉおおおおおおおおっ!」」」


 エルフたちの喜びの咆哮がいくつもあがる。

 そして――。


「「「ジンさーんっ! ありがとうっ!」」」


 大勢のエルフが俺の元へ押し寄せた。


「う、うぉっ!?」


 そのまま俺は何度も何度も胴上げされ、彼らと喜びを分かち合った。


 その晩。

 俺は酒を片手にエルフたちと腹を割って、いろいろなことを話した。

 レイドニア王国に少しお(きゅう)をすえにいったこと。俺がこの世界とは異なる――異世界から来たこと。家には娘のように大事にしている二匹の――もとい二人の少女がいること。そして――明日には帰らなければならないこと。


(ふー……それにしても、短い時間だったがいろいろあったな……)


 小型飛龍ゼルドドンの討伐。エルフの森の消火活動。魔法という未知の力。

 たった二日という短い時間ながら、その密度は十分に高かった。


(まぁ、いろいろあったけど、楽しかったな……)


 俺がそんなおっさんくさい感傷に浸りながら――。

 人間とゼルドドンの支配から解放されたエルフたちと、深夜遅くまで飲み明かした。



 そして二度目の宴が終わったその翌日――。

 俺は頭痛にうなされながら、目を覚ます。


「うー……いててっ……」


 酒は素晴らしい飲み物だが、この翌日の二日酔いだけはどうにかしてほしい。

 そんなことを思いながら、にぶい動きで体を起こすと――なんと目の前の切り株にアイリが座っていた。

 彼女は何やら真剣な目でジッとこちらを見ている。


「おはようございます、ジンさん」

「お、おう……おはよう」


 どういうわけか、彼女の目からは強い意志が感じられた。


「あー……、どうしたんだ……急にそんな改まって」


 すると彼女はたっぷりと数秒かけて――ようやく、その重い口を開いた。



「ジンさん……私をジンさんのいる世界に連れていってもらえませんか?」



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