十五、人としての『筋』
「う、うぅぉおおおおおおおっ!」
やけくそになったのか、多くの衛兵が無謀な突撃を始めた。
「ロンゾ様の敵ぃいいいっ!」
先のロンゾという男は、どうやら部下からの信頼が厚かったようだ。衛兵たちは目を血走らせながら、鬼気迫る勢いで追い迫った。
(いや、別に殺してないけどな……)
俺の目的は『破壊』だ。別に誰それの命を取りにきたわけではない。
彼らの繰り出す攻撃を軽くかわしながら、すれ違いざまに一人に一撃ずつ加えていく。
「――よし、これで最後っと」
「く、そ……っ」
合計七十五人の意識を刈り取ったところで、ターゲットを残りの衛兵たちに移す。彼らははじめのお土産――岩の投擲で戦意を失い、その場で崩れ落ちたものたちだ。
俺が彼らの方へ歩みを進めると――。
「ひ、ひぃいいいいいいっ!?」
彼らは背を見せ、ウサギのように逃げ出した。
「まぁ……いいか」
逃げる衛兵たちまで狩る必要はないだろう。俺は何も、彼らをいじめに来たわけではないのだから。
「それじゃ、次は――お前たちだな」
俺の視線を受けた黒装束の男たちの間に、大きな動揺が広がる。
「くっそぉおおおっ! <赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
次の瞬間、男のてのひらから、握りこぶしほどの火の塊が発射された。
速度はたいしたことないが、先ほどの腑抜けた矢よりは速い。俺はそれを首を振るだけで、避けながら、『魔法』という不思議な力に考えを巡らせる。
(ふむ、本当に興味深いな……)
この『魔法』という力は、いったいどういう原理で成り立っているのだろうか?
火龍の素材を使った武器で似たようなことは――威力は桁違いであるが――再現可能だ。しかし、一見して彼らは火龍系統の装備をしていない。彼らはその身一つで、火を生み出しているのだ。
(いや、実に不思議だ……。俺も使うことはできないのだろうか……? 今度、アイリにそれとなく聞いてみよう)
その後も、男たちは次々に同じ魔法を放ってきた。
「<赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
「<赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
「<赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
それらの魔法を間近で見るために、俺は紙一重で火の塊を回避していく。
すると――。
「きゃぁーっ!?」
一つの火の塊が、アイリの元へ迫る。
(まずいっ!)
俺としたことが、目の前の不思議な現象に気を取られてしまった。
すぐさま反転し、アイリに迫る火の塊を右手で払いのける。
「あっつっ!」
じんわりとした痛みが俺の右手を襲う。感覚としては熱い茶の入った湯呑みを、そうとは知らずにしっかりと握ってしまったときに近い。
「ふーっ、ふーっ!」
自らの呼気で、右手を冷やしてやる。
「おー、熱かった……。大丈夫か、アイリ?」
アイリに火の塊は一切当たっていないはずだが、念のために確認する。
「は、はいっ、私は大丈夫なのですが……。ジンさんは……?」
彼女は心配そうな目で俺の右手を見た。
「あぁ、どうということはない。ちょっと熱かっただけだ。気にするな」
アイリの無事を確認した俺は、再び黒装束たちに視線を移す。
「……火属性の魔法を受けて、『ちょっと熱い』だけなんですね」
後ろで何かが聞こえたような気もするが、今はいいだろう。
(次からは流れ弾のことも考慮しなければ……)
俺がそんなことを考えていると、にわかに黒装束の男たちが盛り上がりを見せた。
「き、効いた……!?」
「効果あり――弱点は火だっ!」
「だが、あの程度の<赤き火よ/レッド・ファイアー>では、大きなダメージは与えられていない! もっとたくさんの魔力を込める必要があるぞっ!」
どういうわけか、戦闘中だというのに、彼らは何やら楽しそうに話し始めた。
そして――。
「<赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
「<赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
「<赤き火よ/レッド・ファイアー>っ!」
今度は先ほどよりも、一回り大きな火の塊がいくつも飛んできた。
それに心なしか、少しだけ速度も速くなっている気がする。
「ジンさん、避けてっ!」
(ふむ……)
この火の塊を全て避けることも、大剣で切り払うことも簡単だ。造作もない。
しかし、避けてしまえば背後のアイリに火の塊が牙を向く。また切り払った場合は、火が小さな火の粉となり、アイリの方へ飛んでいくと厄介だ。
(彼女の安全考えるならば、体で受けるのが吉だろう)
こんなところで使用するのは少々もったいない気もするが、俺は懐からとある瓶を取り出し、その中身を一気に飲み干した。
その直後――火の塊が俺の体を直撃した。
「じ、ジンさんっ!?」
「や、やったぞっ、全弾命中だっ!」
「どうだ化物めっ! これが人間の力だっ!」
「ははっ、人の皮をかぶった悪魔がっ! ざまぁみやがれっ!」
黒装束の男たちは、わいのわいのと好き放題言い始めた。
「全く……散々な言われようだな」
俺の体を埋め尽くした火は――何か不思議な力にかき消されるように、一瞬にして消え去った。
「……え?」
当然ながら、俺の体にやけどはない。全くの無傷だ。
「そんな馬鹿な……っ!? どうして……っ!?」
「どうしてって……。ちゃんと見ていなかったのか? クールドリンクを飲んだだけだ」
戦闘中に相手から目を放すとは……そんなことではハンターの仕事は務まらない。俺は彼らの慣れてなさに深いため息をつく。
クールドリンク――ポーション瓶に入った青い液体だ。飲めば一時的に火属性に対する耐性値が上昇するため、火属性のモンスターや火のブレスを吐く龍を討伐する際に重宝される。
「くっ、「<赤き火/レッド・ファイ――」
「――もう見飽きたぞ」
俺は一足で彼らの背後をとると、そのまま大剣で頭を打ち、意識を飛ばさせる。
「さて、次はどい……んん?」
周囲を見渡すと――もはや誰も敵意を持って、俺の前に立つものはいなくなっていた。
ここにいるのは気を失ったもの、恐怖のあまりその場でうずくまってしまったものだけだ。
戦闘可能な敵は一人もいない。
「今ので最後か……」
それではそろそろ本題に入ろう。――破壊だ。
俺が手始めに目の前にある大きな時計塔を壊そうと、大剣を握り締めたそのとき――白旗をあげた謎の一団が現れた。その中心に位置し、一人だけ豪奢な衣装に身を包んだ男が、俺の前に立つ。
「――降伏いたします」
「……誰?」
突如降伏宣言を始めた謎の男に、俺は首をかしげる。
「これは申し遅れました。私はレイドニア王国の四代目国王――レイドニア=バーナム四世でございます」
「ほぅ……。それで降伏とはどういう意味だ?」
俺の問いかけに対し、バーナム四世は力なく答えた。
「まさに文字通りの意味でございます。ジン殿、あなたから不当にもらい受けた金貨五万枚の即時返却。それに望むものがあれば、何でも用意させましょう。もちろん、エルフたちにも謝罪に行くつもりです。ですから、どうかこれ以上この国を荒らすことは、おやめてください。――この通りです」
そういってバーナム四世は膝を折り、地に頭をつけた。土下座である。
(ふむ……困ったな)
俺はガシガシと頭をかく。
(このバーナム四世という男――全くわかっていない)
世の中には『筋』というものがある。
「――降伏すれば、火を消してくれたのか?」
「……え?」
「お前たちは俺が大金を投じて守ったエルフの森に火を放ったな?」
「は、はい……その節は、知らなかったこととはいえ、本当に申し訳ございませんでした」
頭を地にくっつけたまま、バーナム四世は謝罪の弁を述べた。
「いや、別に謝ってほしいわけじゃないんだ。そうだな、俺が言いたいことは一つ――お前たちはエルフが降伏したら、火を消してくれたのか?」
「えっ、あ……いや、それはその……」
「そんなわけがないよな? それじゃ、ここで質問だ。――お前らが降伏したとして、俺が止まると思うか?」
「……っ」
自分たちはエルフを見逃すつもりなんてさらさら無かったくせに、自分に身の危険が迫ったときにだけ助けてくれというのは――『筋』が通らない。
「答えはノーだ。精々頑張って止めて見せろ」
言い終わると同時に――俺は愛用の大剣で、目の前の時計塔を粉砕した。