十三、レイドニア王国へ
「アイリ。レイドニア王国には、ここからどう行けばいいんだ?」
俺はまだエルフの森から出たことがなく、報復しようにもレイドニア王国の場所がわからなかった。
「レイドニア王国ですか? ……そうですね。まずはここから真っすぐ北へ向かいます。すると大きな大きな岩が見えるので、それを右に曲がります。その後、まっすぐ進んだところに今度は大きな切り株があるのでそれを――」
「ふ、ふむ……」
思ったよりも、はるかに複雑な経路だった。おっさんの頭は、一度にそんなにたくさん覚えられるようにできていない。ただでさえ最近は、物忘れが多くなっているというのに……。俺は仕方なく、少し質問を工夫してみた。
「すまない、方角を教えてくれないか?」
「方角でいいますと……ちょうどここから真東になりますね」
「そうか、ありがとう」
よし、方角さえわかれば、もうこっちのものだ。後は獣道だろうが、川があろうが、モンスターがでようが、ただひたすらに真東へと進めばいずれは到着するだろう。
アイリにお礼を伝え、レイドニア王国へと足を向けると――。
「じ、ジンさん……? どちらへ行かれるおつもりですか……?」
「もちろん、レイドニア王国だ」
そのために場所を聞いたんだからな。
「む、無茶ですよっ!」
するとアイリは顔を青くして、そういった。
「そう心配してくれるな。俺はただ常識知らずたちに、少しお灸をすえに行くだけだ。すぐに帰ってくる」
「そ、そんなの危険過ぎますよっ! レイドニア王国には、武装した屈強な衛兵がたくさんいます。それに何より、強力な魔法を操る魔法部隊がいます」
「ふむ……」
(屈強な衛兵とやらは問題なさそうだが、魔法部隊とやらには注意が必要だな……)
そもそも俺は魔法というものを全く知らない。今日エルフたちが消火に使った水の魔法を見たのが初めてだ。
(しかし、それが何だというのだ)
おっさんとなり、昔と比べるとずいぶん丸くなった俺。そんな俺に残されたなけなしのプライドを――ハンターとしての誇りを傷つけられたのだ。黙っているわけにはいかない。
「アイリ、忠告ありがとう。気を付けて行くことにするよ」
彼女に礼を伝え、俺は再び真東に――レイドニア王国の方へ進む。
「じ、ジンさんっ! その先には大きな毒沼があるので、ここから真東に向かってもレイドニア王国へ行くのは不可能ですよ!?」
(毒沼か……普段ならば、厄介だと思うところだが……)
今日の俺は備えが違う。
低位の赤いポーションのみならず、緑のハイポーションを三本も持参してきている。毒沼程度では止まらない。
「そうか、まぁ、何とかしてみるよ」
俺の答えを聞いたアイリは、心の底から困った顔をして――そして何かを決心したかのように、強く頷いた。
「ジンさんのお気持ちは、よくわかりました……。それでは、せめて私が安全な道を案内させていただきます」
「おぉそうか、それは助かる」
これでポーションの無駄遣いをしなくてすむ。
「その代わり……を要求できる立場でないことは、よくわかっています。ですから、これは私の勝手なお願いです。どうか――絶対に無理だけはしないでください」
……優しい子だ。
自分の生まれ育った村がこれほど荒らされたにもかかわらず、彼女さっきから俺の心配ばかりをしてくれている。
「あぁ、わかった。約束しよう」
俺は彼女を安心させるように、ニコリと笑いかけた。
■
その後、アイリに道案内をお願いし、右へ左へと歩くことしばし。
「おっ……見ろ、アイリ。あそこに、ちょうどいい大きさの岩があるぞ」
進行方向右手に、手頃なサイズの岩を見つけた。
(高さ三十メートル、幅二十五メートル、奥行き二十メートル……ってところか)
「ちょ、ちょうどいい……?」
彼女は少し顔を引きつらせながら、岩を下から上へと見上げた。
「あぁ、中々に良い感じだ。ところで、あの岩は使ってしまっても大丈夫なものか?」
俺は念のために、アイリに確認をとる。
エルフは人間とは異なり、独自の文化や価値観を持っている。俺から見れば、ただの岩でも彼女たちエルフ族からすれば先祖代々伝わる大事な岩という可能性もある。よそ者であり、この世界のエルフについてよく知らない俺が、エルフの森にあるものを勝手に使うことは、褒められたことではない。
「岩を、使う……? え、えぇ、もちろん構いませんが……」
「そうか――それじゃ、ありがたく使わせてもらう」
俺は背にある大剣を手に持ち、それをぐっさりと岩に突き刺した。そして次に大剣をぐっと持ち上げて――。
「――よっと」
岩を地面から引き抜いた。
「え、え……えぇぇええええええっ!?」
アイリは少し驚いたのか、その場でペタリと尻もちをついてしまう。
「おっと、すまない。少し驚かせてしまったか」
謝罪をしながら、彼女の方へ空いている左手を差し出す。
「少しというか……いえ、何でもありません。ありがとうございます」
彼女は言いかけた言葉を飲み込み、俺の手をとって立ち上がった。
その後、二、三度大剣を振るい、岩に付着した土を払う。
「さすがに手ぶらで行くというのも……な?」
訪問先には手土産を持っていくのが、大人のマナーだ。
「さてさて、喜んでくれると嬉しいんだが……」
その後、俺たちは再びレイドニア王国へ向かった。
「その……ジンさんて、本当に人間なんですか……?」
「急にどうしたんだ? そんなの見ればわかるだろう……?」
「……すみません、今ちょっとわからなくなってきました」
■
レイドニア城の最上階に位置する王の間。
ここでは今、国王レイドニア=バーナム四世と、エルフ族から借金の回収を任された偉そうな一人の男が密会をしていた。
「それで、ちゃんとエルフの森は燃やしてきたんだろうな?」
「えぇ、もちろんですよ、陛下。あそこまで燃え広がった火は、もはや誰にも止められません。ふふっ、今頃奴らは絶望のどん底にいることでしょう」
「はっはっは、そうかそうか、それはいい!」
バーナム四世は今日、非常に機嫌がよかった。
彼は最初からエルフが金貨五万枚にもなる多額の借金を返済できるとは思っていない。そもそも借金のほとんどは、法外な利率で膨れ上がった利息部分だ。
「それがまさか、本当に返済してくるとはなっ! 笑いがとまらんわっ!」
そんな架空の借金を、突如現れた謎の男が一括返済してくれたのだ。当然、レイドニア王国は大きく国力を高めることになる。バーナム四世の機嫌がよくなるのも自然なことだ。
「結局、最後の最後までそいつの素性は不明でしたが……本当に馬鹿な男ですねぇ」
「はっはっはっ! 本当にその通りだっ! その大馬鹿者には、感謝してもしきれんぞっ!」
二人が和やかにそんな話をしていると――。
「て、敵襲っ!」
王の間に、一人の衛兵が駆け込んできた。
「ふはは、どうした? 馬鹿なエルフどもが、ついに攻めてきおったか? 返り討ちにして、今度は奴隷として飼ってやろうか!」
「陛下、素晴らしいアイディアですね」
「ふふふ、そうだろう?」
楽しげに話す二人とは正反対に、衛兵の顔色は優れない。
「い、いえそれがその……」
「あぁ? なんだ、さっさと言わんか!」
歯切れの悪い衛兵の対応に、気の短いバーナム四世がいら立ちを見せはじめた。
「て、敵は一人、いや二人……です」
「二人……? いったいどういうことだ、詳しく説明しろ!」
エルフが玉砕覚悟で攻めてくるならば、二人なんて数ですむわけがない。
「は、はい、それが――」
衛兵が口を開きかけたところで――。
「へ、陛下ぁあああっ!」
つい先日エルフ狩りを行い、アイリを追いかけまわした二人組の男が、王の間へと飛び込んできた。
「ちっ……何だ、次から次へと騒がしいっ!」
「あ、あ、……あいつですっ! ゼルドドンを一撃で殺した化物が……ついに現れましたっ!」
「はぁ……。お前というやつは、まだそんなことを言っていたのか……」
バーナム四世はかわいそうなものを見る目でその男を見る。
「い、今すぐ、降伏しましょうっ! あれは人間の皮をかぶった化物ですっ! 絶対に手をだしちゃ、いけねぇ奴なんですよっ!」
もはや半狂乱となる男に、バーナム四世は呆れて何も言うことができなかった。
しかし――。
「へ、陛下……恐れながら、私も降伏するのがよろしいかと……」
先日、彼に失笑を送った衛兵が――今度は王の意に反してまで、『降伏すべきだ』という男の主張に同意した。
「あ……? お前までいったい何を言っている!?」
「も、申し訳ございませんっ! 出過ぎた真似をしてしまいましたっ!」
衛兵はすぐさま敬礼をし、王への忠誠を示した。
「……全く、どいつこいつもっ! いったいどうしたというのだっ! おい、その敵とやらはどこから来ている!?」
「こ、こちらです、陛下」
衛兵の先導により、バーナム四世はテラスへと足を運んだ。
「こちらをどうぞ」
「ふんっ……」
バーナム四世が衛兵から手渡された双眼鏡をのぞくと――。
「……なんだ、あれ?」
どういうわけか、山のように巨大な岩が――真っすぐこちらへと向かってきていた。




