十二、ハンターという生き物
森の消火を完了させた俺は、エルフの村へと戻る。
するとそこには、不安げな表情で空を見上げるエルフたちの姿があった。おそらく晴天にも関わらず、突然降った謎の大雨に驚いているのだろう。
その中でいち早く、俺の姿を見つけたアイリが駆け寄ってきた。
「じ、ジンさん、今の大雨はいったい……?」
不安げな表情を浮かべる彼女を安心させるために、俺はすぐにあの雨の正体を教えた。
「安心しろ、アイリ。あれは全て湖の水だ」
「み、湖の水っ!? あの雨が全てですか……っ!?」
「あぁ、そうだ」
その答えを聞いたアイリはしばらく考え込む。
「いったいどんな方法で……。……はっ!? やはりジンさんは、伝承に伝わる大賢者様なんですねっ!?」
そして点と点が繋がったような、何かとんでもない真実を気付いたような顔で、そう言った。
「いやいや、違う違う。前にも言ったが、俺はそんな大層なものじゃない」
どちらかというと大賢者と正反対に位置する存在だろう。
そして冗談もほどほどに、俺は横目でエルフの森の状況を見ながら、謝罪の言葉を述べた。
「しかし、すまないな……。ずいぶんと森を荒らしてしまった……」
あれだけ大量の水が短い時間・ごく狭い範囲に、文字通り滝のように降り注いだのだ。当然、森にも大きな被害が及ぶ。力強さを感じさせた太い枝は、その多くが根本から折れ、また青々と茂っていた葉も、ほとんどが落ちてしまった。
俺の謝罪に対して、アイリはすぐに首を横に振った。
「いいえ、ありがとうございました、ジンさん。おかげで木は――森は死なずにすみました。ほら、あちらを見てください」
アイリの視線の先には――傷つきボロボロになったいくつもの木が立っていた。
「確かにエルフの森は、今までにないほどに衰弱しています。でも、少し燃えてしまった木も、枝が折れて葉っぱが落ちてしまった木も――みんな、生きています」
「……そうだな」
水の暴力におそわれたエルフの森だったが――たったの一本さえ、折れた木はなかった。今も木々たちは大地にしっかりと根を張り、傷を負いながらも、しっかりと真っすぐ立っていた。
自然の強さ、たくましさに感心していると――。
「それにしても、いったいどこから火が……?」
一人のエルフがポツリとつぶやいた。
(ふむ……それは確かに俺も気になっていたところだ)
エルフたちは、その一生をほとんど森で暮らす。そのため、木々や森の天敵とも言える『火』に対して強い警戒心を持っているのだ。
(昨日は盛大な宴があって、俺も含めて多くのものが酔いつぶれていた……)
酒で気が緩んだのか……? いや、それは考えにくい。細胞にまで染み込んだ、彼らの『火』への警戒が悪酔いした程度で薄れることはないだろう。
すると――。
「……レイドニア王国の奴等だ」
初めに火事に気付き、大声で『起きろ、火事だぁーーっ!』とみんなに知らせてくれたエルフが、絞り出すような声でそういった。
「そ、それは本当ですかっ!?」
リリィがそのエルフに、慌てて真偽を確認する。
「はい、間違いありません……。今朝、いつものようにオケアの湖に水を汲みに行ったときに、はっきりとこの目で見たんです。――昨日村にきていた人間が、この森に火を放つところをっ!」
その瞬間、エルフたちに大きな動揺が広がった。
「そ、そんな……っ」
リリィさんもアイリもメイビスさんも、みなが呆然とする。五万枚という超多額の借金を返済し、ようやく人間の支配から解放されたと思った矢先に――これだ。言葉を失うのも、無理もない。
「畜生……っ! レイドニア王国め……っ! 俺たちに何の恨みがあるっていうんだっ!」
「うぅ……、何でどうして、こんなひどいことを……っ」
「くそ、くそくそくそくそぉーーっ!」
エルフたちの悲痛な叫びが各地から漏れ出した。昨日の楽しい雰囲気は一瞬で消し飛び、今や強い憎しみと悲しみ、そしてレイドニア王国へ対する敵意がこの場を完全に支配していた。
そんな中、俺は昨日の男が去り際に残した言葉を思い出し、一人納得する。
「なるほどな、アレはそういうことか……」
あの偉そうな男が残した『――覚えてろよ?』とは、こういうことだったというわけだ。
(道理であっさりと借用証書を渡してくるわけだ……)
元々彼らはエルフを見逃す気などない――利用するだけ利用して、邪魔になったらポイっと捨てる計画だったのだろう。
それにしても――。
「……ずいぶんと舐めた真似をしてくれるじゃないか」
珍しく、俺はハラワタが煮えくり返る思いをしていた。
「ここまで真正面から面と向かって、喧嘩売られたのはいつぶりだろうな……」
俺の体から吹き荒れる凄まじい怒気に、村は一瞬にして静寂に包まれた。
(『ハンターのものに手を出してはならない』――子どもでも知っている、俺の世界の常識だ)
そもそもハンターとは『狩る者』を意味する。そのターゲットは、モンスターや財宝など多種にわたり、命がけの仕事も多く、『変人奇人の巣窟』『命知らずの馬鹿』と揶揄されることもある。そんな素性も目的も価値観も――何もかもがバラバラなハンターだが、たった一つだけ共通して持つ性質がある。それは――強い独占欲を持つということだ。
「成り行きとはいえ俺が守ったものに――ハンターのものに手を出すとは、いい度胸だ……」
俺は厄介事や面倒事が大嫌いな、どこにでもいる冴えないただのおっさんだ。しかし――まごうことなきハンターである。
「ハンターのものに手を出すと、いったいどういう目を見るか――その身をもって教えてやろうじゃないか」
俺は身の丈ほどもある愛用の大剣を強く握り締め、レイドニア王国への報復を決意した。




