表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/91

十一、消火活動


「起きろ、火事だぁーーっ!」


 太陽が東の空からようやく顔を見せようかという早朝。エルフの村に、鬼気迫る男の声が響き渡った。


「……火事?」


 広場の中央で大の字になっていた俺は、その大声によってたたき起こされる。


「っ……いたたたっ……」


 二日酔いによる頭痛に苦しみながら、体を起こすと――。


「……おいおい冗談だろ?」


 エルフの森が盛大に燃えていた。

 火の手は今もどんどん広がっており、一刻も早く消火活動を開始しなければならない状況だ。


「ひどい……誰がこんなことを……」


 すると俺の近くにいた一人のエルフがそう呟いた。


(……気持ちはわかるが、今は犯人探しをしている余裕はない。今すぐ消火するか、それが無理なら森から離れるべきだ)


 俺がどうしたものかと、悩んでいると――。


「みな、水の精霊に祈りを捧げるのですっ!」


 エルフ族の族長――リリィがエルフ全員に指示を飛ばした。


「「「はいっ!」」」


 そこからの彼らの動きは迅速であった。

 両手を組み合わせ、天に祈るような姿勢をとったかと思うと――。


「「「<恵みの水/ブレッシング・ウォーター>っ!」」」


 次の瞬間、その手の先から勢いよく水が噴き出した。


「ほぅ……実に興味深い」


 あれがアイリの言っていた『魔法』という奴か。


(いや、それにしても不思議な力だ。何もないところから、次から次へと水が生まれていく)


 ハンターが水を生み出す際は、水龍の素材を使った武器を用いるのが一般的だ。彼らが今やっているように、何もないその身一つの状態から、水を生み出す技術を俺は知らない。


(しかし、あの量では……足りない……)


 俺の悪い予想は的中した。

 エルフたちの懸命な消火活動を嘲笑(あざわら)うかのように、火は鎮まるどころか、どんどんその勢いを増していった。


「くっ、火の手が速いか……っ!?」

「くそ、消えろ消えろ消えろ……消えてくれっ!」

「もっと……もっと祈りを捧げるんだっ!」


 エルフたちの悲痛な叫びが各地から飛び交う中――。


「……全員、ここより避難してください」


 リリィさんが沈痛な面持ちで、そう告げた。


「り、リリィ様!? それはこの森を、先祖代々伝わるエルフの森を捨てろということですか!?」


 幾人かのエルフたちが、リリィさんの判断に異を唱えた。


「火の勢いが止まらない以上――エルフの森は、もう終わりです。せめて怪我人が出ない内に、早めに逃げるべきです」


 しかし、リリィさんの決心は固く、その主張を曲げることはなかった。一族のことを第一に考える族長として、彼女の素早い判断は素晴らしいものだ。


(だが、少し待ってほしい)


 水龍の素材を使用した武器も、彼らのような魔法という不思議な技能を持たない俺だが、これぐらいの火を消すことなら可能だ。……少々荒っぽい方法にはなってしまうことは否めないが。

 俺はある許可を得るために、リリィさんの元へ足を向ける。


「リリィさん、少し森を痛めても構わないなら、火を消すことができるかもしれません」

「ほ、本当ですか、ジンさん!?」


 彼女は目を大きく見開き、俺の次の言葉を待った。


「えぇ。ここから北東に行ったところに、大きな湖があるのは知っていますか?」


 昨日、帰る手段を探していた時にたまたま見つけた大きな湖のことだ。


「は、はい。私たちが普段飲み水として使っている、オケアの湖のことですね。しかし、それがどうかいたしましたか?」


 リリィさんは、困惑気に首を傾げた。

 当たり前と言えば当たり前だが、俺の意図するところをまだつかめていないのだろう。


「あそこの水を少し使わせていただきたいのですが……よろしいでしょうか?」

「み、湖の水を……?」

「はい」

「も、もちろんそれは構いませんが……」

「ありがとうございます。では、この辺りは少し危険になりますので、すぐに避難を始めてください」

「じ、ジンさんはどうなさるのですか?」

「すみません、あまり詳しく説明をしている時間もなさそうなので……」


 俺は視線を、今もなお燃え広がり続ける炎へと移す。このままここで棒立ちしていては、逃げられるものも逃げられなくなってしまう。


「っ、そ、そうですね。お願いをしてばかりで、大変心苦しいのですが、どうか……このエルフの森をよろしくお願いします」


 彼女の願いを受けた俺は、強く頷く。


「えぇ、任せてください。リリィさんは、皆さんの避難誘導をお願いします」


 俺はそう告げると、彼女の返事を待たずして、そのまま北東へとひた走る。するとその数分後に大きな湖――オケアの湖に到着した。


「よし、ここだな」


 目的地に到着した俺は、少し助走をつけ、勢いよく湖へと飛び込んだ。

 そしてそのまま湖の底まで泳いでいく。


(水深だいたい三十メートル……と言ったところか。水の量もこれだけあれば十分だ)


 湖の底についた俺は水中で軽くストレッチをし、一つ気合を入れる。


(……よし、やるか)


 あまりグズグズしている時間はない。エルフのみんなの避難も既に完了しているはずだ。

 背負っている大剣を手に取り、大きく振りかぶる。


(力の入れ具合は、だいたいこんな程度か……?)


 俺は今年で三十五歳を迎えるおっさんだが、腕力には少々(・・)自信がある。敏捷性や体力は衰えが見え始めているが、腕力(これ)だけは、まだまだ若い者に負けるつもりはない。


(南西の方角……。距離は三十、いや三十五か……)


 しっかりと方角と距離を確認し――。


(ふんっ!)


 大剣を空に向かって、力強く振り上げた。

 すると次の瞬間――。

 凄まじい衝撃波が発生し、それに押し出された水が湖を飛び出し、天高くへと舞い上がった。天高くへと舞い上がった水はその後――重力に引かれて雨となって降り注ぐ。


(方角よし、距離よし……手ごたえありだ)


 しっかりとした感覚を、手ごたえを掴んだ俺は――。


(ふんっ! ――ふんふんふんふんふんふんふんふんふんんっ!)


 大剣を何度も何度も空に向かって振り回し、湖の水を次々と天高くへと打ち上げていく。

 それを数十っ回こなしたところで、ようやくその手を止めた。


(……ふぅ。これぐらいでいいかな)


 俺は大剣を背負い、湖から上がると――今もまだ俺が降らした雨は降り続いていた。


「ふむ……。まぁこんなところか」


 湖の水位はずいぶんと下がってしまったが、エルフの森を焼く悪しき炎は、この人口の雨により無事に消火することに成功した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ