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十、宴


「受け取れ、金貨五万枚だ」


 男は目を白黒させながら、俺と目の前にある大量の金貨を交互に見た。


「お前その耳……エルフじゃねぇな? いったいどこの何者だっ!?」

「俺はジン。長年ハンターをやっているものだ」


 名前など隠しても、すぐにバレる。俺は正々堂々と自らの本名を名乗った。


「ジン……? どっかの王族や貴族……じゃねぇな。この辺りの有力者の名前は全部頭に叩き込んでるが、そんな名前は聞いたことがねぇ……」


 男は怪訝な目でこちらを見た。


「まぁ俺が誰であるかは置いておいて、金貨五万枚――きっちりと用意したぞ」


 右手を突き出し、言外に借用証書を渡すように催促する。


「はっ、こんなもん偽金(にせがね)に決まってんだろうがっ!」


 男は立ち上がり――。


「こうやってちょっと金貨の端を削ってやらぁ、すぐに金箔がはげるっ!」


 手に持つ短い刀で、金貨の端の方をガリガリと削っていく。

 しかし――。


「はっ……はげねぇっ!?」

(当然だ。金貨は金貨。どれだけ削ろうとも、どこまでいこうとも金だ)


 目の前の五万枚が全て本物の金貨――それを正しく理解した男たちに大きな動揺が広がる。


「どうだ、本物だと理解してもらえたか?」

「お、お前は――あんたはいったい何者だ!? こんな大量の金貨……いったいどこで手に入れた!?」

「『何者だ!?』と問われてもな……。どこにでもいるただのハンター、としか答えられないぞ。それとその金貨は俺のポケットマネーだ」

「ポケット……マネー……だとっ?」


 男は一歩たじろくと、すぐさま後ろを振り返り、連れてきた仲間たちと何やら耳打ちを始めた。


(なんの相談だ……?)


 耳に意識を集中させ、会話の内容を少し盗み聞きさせてもらうと――どうやら『ハンターとは何か?』を仲間内で話しているようだった。


(エルフだけでなく、人間も『ハンター』を知らない……か)


 これはもう確定してもいいだろう――ここは異世界である、と。

 アイリたちが俗世と離れて静かに暮らす特異なエルフ族で、ハンターを知らなかった。これは一つの可能性として十分に考えられることだ。しかし、モンスター溢れるあの世界において、ハンターを知らない人間などあり得ない。絶対にないと断言できる。


「さて、そろそろいいか?」


 話の内容が筒抜けであるとしても、目の前でコソコソと内緒話をされるのは、気持ちがいいものではない。


「さぁ、借用証書を返してもらおうか」


 俺は先頭の男が大事そうに持つ、一枚の羊皮紙に視線を移す。


「ま、待てっ! 先に金貨の枚数を確認させろ! それにもし一枚でも偽金が混ざっていてみろ。わかってんだろうな!?」


 男は手に持つ短い刀をこちらに向け、威圧するようにそう叫んだ。


「好きにするといい」


 その後、彼らが金貨を数え終わるのを待つことしばし。


「ご、五万枚……。全部が本物……だと!?」


 男は呆然として「これが、全て金貨……?」とつぶやいた。五万枚の金貨を用意してくるなんて、夢にも思っていなかったのだろう。


「どうだ? 満足したなら、そろそろ借用証書(それ)を渡してほしいんだが」


 俺は三度目の正直とばかりに、再び催促する。

 すると――。


「ちっ……勝手にしやがれ!」


 男は苛立(いらだ)った様子で、借用証書を地面に投げつけた。


「ふむ、どれ……」


 拾い上げ中身を確認する。『レイドニア=バーナム四世』と『リリィ』という二人の署名があり、金貨五万枚という借金総額、担保としてエルフの森を差し出すという事項が記されていた。


「確かに頂戴した」


 俺はそれを大事に懐へと仕舞う。


(それにしても思いのほか、物分かりのいい男だな……)


 この手の輩は逆上して一暴れぐらいするかと思ったんだが、予想が外れてしまった。


「おいお前ら、今日のところは帰るぞっ!」


 男は後ろに侍らせた九人にそう怒鳴りつけた。


「い、いいんですか、親分!?」

「あの借用証書は、渡しちゃ駄目な奴じゃ……」

「おい……お前らも偉くなったもんだなぁ? いったいいつから、俺に意見できる立場になったんだ……あ゛ぁ!?」

「「す、すんませんっ!」」


 何とも不愉快なやり取りを終えた男たちは、ようやくエルフの村から移動を始めた。そしてその去り際に、親分と呼ばれた偉そうな男がこちらを振り返る。


「おい、お前――ジンとか言ったな?」

「……何だ?」

「――覚えてろよ(・・・・・)?」


 最後に何やら意味深なことを言い残し、ようやく彼らはエルフの森から去った。


「やれやれ……」


 これ以上面倒くさいことが起きなければいいんだが……。

 俺が一人、肩をすくめていると――。


「ジンさん!」


 アイリが俺の元へ走り寄ってきた。


「アイリ、昨日ぶりだな」

「ジンさん、あのたくさんの金貨は……?」


 すると挨拶もそこそこに、アイリが緊迫した表情で、あの金貨の出所を問うてきた。


「ん、あぁ……。全部、俺のポケットマネーだ」

「そんな、どうして……」


 彼女は複雑な表情を浮かべたまま、そう呟いた。

 俺の行動が理解できずに困惑しているのだろう。まぁ、それもやむないことだ。常識的に考えて、出会って一日二日の相手のために、あんな大金を使うわけがない。――たとえ酷い扱いを受けるエルフたちに同情したとしても。


「なんというか……昨日のことがどうにも気にかかってな……。メシが喉を通らないこと通らないこと……」


 そう、これは俺が俺のために行ったただの自己満足に過ぎない。

 俺にとって一日に三度食うメシは本当に大事なんだ。

 何より、家族と――スラリンとリューと食べるメシを楽しめないなんてことは、絶対にあってはならない。


「んー、これでようやくまたうまいメシが食える!」


 肩の荷が下りたような、爽快感が全身を包む。

 明日からまた馬車馬(ばしゃうま)のように働かなければならないが、それもまぁいいと思えるぐらいだ。


「こんな大きな恩を……いったいどうやってお返しすれば……」


 深刻な表情を浮かべるアイリに、俺は優しく微笑みかける。


「別に恩なんて感じる必要ないぞ。俺はただ自分が正しいと思うことをやっただけだからな」


 これは昨日のスラリンから、送られた言葉だ。

 そうやって俺がアイリと話し込んでいると――。


「あ、あなた様はいったい……?」


 少し装飾の凝った衣装を着た、胸のあたりに白銀のペンダントをしたエルフの少女――リリィが声をかけてきた。


「初めまして、リリィさん……ですよね? 俺はジン。長年ハンターをしているものです」


 どう見ても俺より年下に見えるが、相手はおそらくエルフ族の長。一人の大人として、ここはきちんとした敬語を使うべきだろう。


「も、申し遅れました。私はエルフ族の族長――リリィと申します。ジンさん、先ほどは借金の肩代わりをしていただき、本当にありがとうございました」


 リリィさんは深く腰を折って、感謝の意を伝えてきた。


「気にしないでください。本当にただ自分が正しいと思ったことをしただけですから。それに俺に金貨を返す必要はありませんよ。あれは『肩代わり』ではなく、『返済』ですから――これをどうぞ」


 忘れないうちに、俺は懐から借用証書を取り出し、リリィさんに手渡す。

 すると――。


「あ、あんな大金をただでもらい受けることなんてできませんっ!」


 リリィさんは頑なにそう主張し、借用証書を受け取ろうとはしなかった。


「まぁまぁ、そう言わずに。受け取ってもらえないと、俺が困ってしまいます」


 『俺が』というよりも、『俺のメシ事情が』大変困る。

 するとようやく観念してくれたのか、リリィさんが震える手で借用証書を受け取ってくれた。


「本当に、本当によろしいのですか……?」

「えぇ、どうぞ」


 既に金は支払ったのだ、受け取ってもらえない方が困る。


「……本当にありがとうございます。この御恩は、一生忘れません……っ」

「いえいえ、喜んでいただけたなら何よりです」


 彼女があまりに思いつめないように、俺はニッコリと笑いかけた。


「ジンさん……五万枚には遠く及びませんが、せめてこちらをお納めください」


 リリィさんの視線の先には、先ほど村中から集めたと言っていた金貨三千枚があった。

 しかし――。


「いえ、その金貨は村の復興のために使ってください」


 それを受け取るわけにはいかない。

 今回は一時的な急場をしのいだだけに過ぎず、エルフの村の窮状は何ら解決していないのだ。

 今後彼らは森を出て自分たちで新たな狩場を見つけるか、肉を入手可能な交易ルートを見つけるかをする必要がある。この金貨はその路線の開拓に使用するべきだ。


「そ、そんな……」


 さてこれで俺がこの不思議な異世界でやるべきことは全て終わった。後は元の世界に戻って、がむしゃらに働くだけだ。


「それじゃ、俺はこれで」


 懐にしまってある帰還玉に手を伸ばしたそのとき――。


「お待ちくださいっ!」

「待ってください!」


 リリィさんとアイリが口をそろえて、俺を呼び止めた。


「えっと……二人してどうしました?」


 二人は何やら目配せをした後に、リリィさんが代表して口を開く。


「ジンさん、せめて……せめて感謝の宴を開かせてはいただけませんか?」

「う、宴……?」


 突然の提案に俺は、どうしたものかと考える。これ以上この世界にいて、面倒なことに巻き込まれるのは正直勘弁したい。しかし、彼女のせっかくの好意をふいにするのもまたどうかと思われた。


「ふむ……」


 俺がどちらにしようか、決断しかねていると――。


「ジンさん、私からもお願いします」


 アイリが俺の手をとってそういった。

 そしてそれに続くように――。


「ジンさん、俺たちからも頼むよ! せめて感謝の宴を開かせてくれっ!」

「そうでもしないと、心から喜べないですよ!」

「お願いです、ジンさんっ! 今日一日だけ、私たちに時間をくださいっ!」


 大勢のエルフたちが、張り裂けんばかりの声で叫んだ。男も女も小さな子どもまでもが、俺の名前を大声で呼んでいる。


(ここまでされて、断るわけにはいかないな……)


 俺はリリィさんの方へ向き直る。


「では、お言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか?」

「はいっ、ありがとうございますっ」


 そしてその日は、本当に盛大な宴が開かれた。

 エルフ族伝統の舞踊に音楽。先祖代々伝わるという宝物を使った儀式。

 どれも大変興味深い、様々な催し物が開かれた。

 そして昨晩メイビスさんから振る舞われたような、見たこともない果実を使った多種多様な料理が振る舞われ。エルフ族が好んで飲むという独特な味のする酒を、俺は大勢のエルフたちと大量に飲み交わした。


(……やはり俺の選択は間違っていなかった)


 悪い人間から解放された喜びを、エルフたちはみんなで分かち合っている。うれし涙を流すもの、感極まり大声をあげるもの、家族でともに抱き合うもの。

 そこにかつての悲惨な――希望も救いもない、絶望に包まれたエルフの村はない。


(よかった……)


 俺はエルフから振る舞われた料理をかぶりつき、続いてゴクリと酒を飲んだ。


(あぁ、うまい……。やはりメシは、こうでなくてはな……)


 その宴は深夜遅くまで続いた。



 そしてその翌日――。




 エルフの森が燃やされた。




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