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一、最強のおっさんハンター異世界へ


「こっちが【飛龍の鱗×10】でこっちが【飛龍の角×3】だ」


 ターゲットである飛龍を仕留めた俺は、ハンターズギルドへ足を運び、依頼されていたブツを受付嬢へ手渡す。


「ジンさん……もう終わったんですか?」

「ん? まぁな」

「……S級クエスト『飛龍の討伐』。これを受注した日は、いつでしたっけ?」

「確か、今朝の七時ごろ……だったか?」


 残念ながら何分かまでは覚えていない。


「……今、何時ですか?」

「昼前の十時だな」


 ギルド内に掛けられた時計を見ながらそう答える。

 すると――。


「はっっっや過ぎませんか!?」


 突如、目の前の受付嬢が凄まじい剣幕で詰め寄ってきた。


「近いし、声も大きい……。勘弁してくれよ、おっさん二日酔いなんだから……」


 昨晩は一人で盛大な酒盛りをしたために、今もズキズキと後頭部に鈍痛が残っている。あまり大声を出さないでほしい。


「ふ・つ・か・よ・い!?」

「……あっ」


 しまった。余計なことを言ってしまった……。


「ジンさん? 私、クエストを受けるときは、お酒は駄目だって、口が酸っぱくなるほど、言いましたよね!? 『飲んだら狩るな。狩るなら飲むな』! ハンターの基本心得ですよっ! ……って、聞いてますか!?」

「聞いてる」

「だいたいですね、普通は一週間以上かかるS級クエストを――飛竜の討伐をどうやってたった三時間で終えられるんですか!? 行き帰りの時間も考えたら、ほとんどトンボ返りじゃないですか!」

「そう言われてもな……」


 行く。見つける。狩る。そのまま帰る。

 ……うん、特に変わったことは何もしてないな。


「そもそもジンさんはどうしていつも――」


 まだまだ話が長くなりそうだったので、俺は強引に話題を変える。


「――それで残っているのは後、何件だっけ?」

「もう、またそうやって話を逸らすんですから……。はぁ……、ちょっと待ってくださいね、今確認しますから」

「頼む」


 現在俺は、積もりに積もった自分宛のクエストを消化中だ。最近は休日を作るために、必死になって働いている。先週末時点で確か残りクエスト数は二十五件。今週は既二十件ほどクリアしたはずだから、おそらく多くても五件ほどだろう。


(もう一息だな……がんばろう)


 決意を新たに労働意欲を燃やしていると――受付嬢が紙の山を抱えて帰ってきた。


「お待たせしました。現在ジンさん宛となっているクエストは三十二件です」

「さ、さん……じゅ……っ!?」


 ……増えてる。それもとんでもなく。


「な、なぜ……?」

「まぁ、ジンさんは人気ですからね……」

「いやいや、こんな中年のおっさんのどこに需要が……」


 そろそろ三十代も半ばに迫るというのに……。いったい世の中はどうなっているんだ……。


「どうします? 今日はもうお休みにしますか?」

「いや……次のクエストを頼む」


 その答えを聞いた受付嬢は、少し心配そうな表情を浮かべる。


「……ギルド職員の私が言うのも難ですが、もう少しお休みになった方がいいのでは? 別にクエストを全て消化しなければならないということもないんですし……」

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておく」


 ここで休むわけにはいかない。何せ我が家には、問題児たちが今も「おなか空いた!」とわめいているだろうから。彼女たちにしっかりとご飯を食べさせるため、そして自身の老後のためにも働ける内にしっかりとお金を稼がなければならない。それに何より――。


「困っている人がいたら、助けてあげなくちゃならないだろ?」


 決して安くない依頼料を支払って、俺を頼ってくれているんだ。可能な限り、彼ら彼女らの力になってあげたい。


「……わかりました。ジンさんも昔みたいに若くないんですから、体には気を付けてくださいね?」

「あぁ、ありがとう」


 そして俺は今日も新たな依頼を受注し、様々なモンスターを狩り続ける。

 そんな過労気味の生活が一週間ほど続いた。そしてついに――。


「……もうないよな? クエストはもうないよな?」

「はい、本当におつかれさまでした。現在、ジンさん宛のクエストは……ゼロです!」


 俺はやり遂げた。夢にまで見たクエスト完全消化。懐もずいぶんと温まったし、何より達成感がとんでもない。


「それじゃ、今日は休むぞ。完全にオフだ!」

「おつかれさまです。今日はゆっくりと休んでくださいね」

「あぁ、ありがとう!」


 上機嫌のまま駆け足で自宅へ帰った俺は、扉を前にして深呼吸をする。


(ここからが正念場だ……)


 我が家には現在、二匹……もとい二人の問題児がいる。両者とも家で寝ているときは、人間形態をとっており、見た目は十代、性別はメスだ。


(断言しよう。この二人に見つかったら……今日の休日は終わりだ)


 一人目はドラゴンのリュー。銀髪ミディアムヘアー、すこしおっとりした性格の彼女は、ときおり凄まじく甘えてくる。……が、まぁ今日のところは問題ないだろう。先日散々甘やかしたばかりだ。

 問題は二人目――スライムのスラリン。女の子にしては少しだけ短めの青髪、何よりとてもあざとい彼女、何故か俺に並々ならぬ好意を抱いており、隙を見ればすり寄ってくる。


(今日は数か月ぶりの休日……。二人には悪いが、今回ばかりは留守番をしていてもらうぞ……っ!)


 気合を入れ直し、音を立てないようにゆっくりと玄関の扉を開く。

 音を立てないように、つま先立ちのまま廊下を進み、寝室のあたりに差し掛かると――。


「すーっ、すーっ」という可愛らしい寝息が聞こえてきた。


(よしよし、やはり(・・・)寝ているな)


 二人は元々がモンスターということもあり、基本的に夜行性だ。昼間はこのようにグッスリと眠っていることが多い。……おかげで、夜は中々寝かせてくれず、大変だが。

 そのまま無事に寝室前も突破した俺は、ようやく目的の部屋――大倉庫に到着した。

 大倉庫には今まで手に入れたポーションやモンスターの素材、その他さまざまなものが保管されている。木を隠すなら森の中、アイテムだらけのこの部屋に俺はとあるブツを隠しているのだ。


(見つかったら、すぐに飲まれるだろうからな……)


 あの二人は――特にスラリンは食欲旺盛であり、何より雑食性だ。大事な食材はこうやって隠しておかないと、気付かないうちになくなってしまう。


(えーっと、確か……)


 懐から一枚のメモを取り出す。最近は少し物忘れが激しくなってきたので、こういう大事なことはメモを残すようにしている。


(あーそうだった、そうだった)


 俺はメモを頼りに、とてつもない広さの大倉庫の中から、一つの小さな木箱を見つける。

 大きな音を立てないように、木箱を素手で壊すと――。


「ふふっ、これこれっ!」


 中から、秘蔵の龍泉酒(りゅうせんしゅ)という酒瓶が顔をのぞかせた。

 これは龍泉(りゅうせん)という遥か遠方にある泉の水で作った酒だ。一本数十万ゴールドは、くだらないとんでもないレアな酒である。市場にも中々出回らないため、行商人から購入できたのは本当にラッキーだった。


(いったいどんな味がするのだろう……)


 この酒を飲んだことあるという知人の話では、何でも凄まじいアルコール度数で、それはもう天にも昇る味らしい。


「ふっ……ふふふ、ふふふふふふっ!」


 興奮冷めやらぬ中、俺は忍び足で家をあとにした。



 その後、街で高級肉――ギャラノスの肉・肉入りおむすび・簡易式の肉焼きセットを購入した俺は、自宅近くの山へ花見にきていた。季節は春。今日は桜を肴に、一杯やるつもりだ。


「青い空! 白い雲! そして美しい桜! あぁ、日々の疲れが溶けていく……」


 ここは悪臭漂う沼地でもなければ、熱波がつらい砂漠でもない。何よりも血生臭いモンスターの死体もないここは、まるで天国だ。

 しばらく歩くと、椅子と机代わりにちょうどいい切り株ある空き地を見つけた。


「さて、この辺りでいいかな?」


 そして鼻歌交じりに簡易式肉焼きセットを組み立てていく。


「ふーん、ふふーん、ふーん♪」


 いつもお世話になっている使い捨てのものなので、あっという間に完成した。そして周囲に無造作に落ちてある葉っぱや木々を集め、肉焼きセットの下で火を起こす。


「これで準備完成ーっと」


 鉄板に十分火が通ったことを確認し、厚切りギャラノスの肉をその上へ並べる。


「お肉をじゅじゅっとなー♪」


 豊潤な油が跳ね、肉を焼いたとき特有の濃厚ないいにおいが周囲に充満する。


「んー、食欲をそそるなぁ……」


 ギャラノスの肉は、高級肉として非常に有名だ。美しい赤身に、真っ白で綺麗なサシがほどよく入っている。口に入れれば、まるで溶けるように消えていく――この辺りで手に入る肉では、最高クラスのものだ。


「さて、そろそろかな?」


 肉がほどよく焼けたあたりで龍泉酒を取り出し、大倉庫から持ってきたグラスに注いでいく。


「おっとっと……」


 龍泉酒はまさに純水と疑うほどにどこまでも透明で、それでいて何か気品を感じさせた。

 よし、準備も整ったところで――。


「いただきます!」


 鉄板の上で踊る肉を箸でつまみ――そのまま口に放り込む。


「――うっ、めぇえええええっ!」


 そして間髪を入れずに酒で肉を胃の中に流し込む。


「んぐ、んぐ……。ぷはぁーーーーっ!」


 仕事で疲れた体に、肉の油が……酒のアルコールが……染みやがるっ!


「はふっ、はふっ……! んぐっ、んぐっ……あぁーーっ!」


 ――うまい。


 肉と酒の味を語るのに、それほど多くの言葉はいらない。真にうまいものは、うまいとしか表現できない。

 そうやって存分に酒盛りを堪能していると、ひらりと一枚の花弁が俺のグラスの中に落ちた。


「おっと……。悪いな、すっかり忘れてたよ」


 桜だ。


 あまりのうまさにすっかりと忘れてしまっていた。

 せっかくの花見だ。ここから少しペースを落として、目でも楽しもう。


「今年も……綺麗に咲いたなぁ……」


 そういえば去年はあの二人を連れて花見をしたっけか。

 二人は夜行性であるため、あのときは確か夜桜だった。


(酒に弱い二人は酔って暴れて、本当に大変だったなぁ……)


 そんな話も今では笑い話だ。


(もしまた「花見に行きたい」とねだられたら、どうしようか……?)


 そのときは……まぁ、あの二人は酒抜きを条件に連れて行ってやろう。

 俺がそんなことを考えていると、茂みから二匹のウサギが姿を見せた。


「ん? ははーん、さてはお前ら肉のにおいに釣られてきたな?」


 ウサギは鼻をひくつかせており、その視線は鉄板にくぎ付けとなっていた。


「仕方ないやつらだな……。ほれっ」


 彼らがやけどしないように、適度に冷ました肉を二つ、放ってやる。

 すると空中でそれを咥えた彼らは、手を器用に使ってうまそうに食べ始めた。


「どうだー、美味いか? これは良い肉なんだぞー」


 そのまま肉・酒・桜を存分に楽しんでいると、ふともう一つ忘れ物をしていることに気が付いた。


「おっと、そういえばおむすびも買ってたんだっけか」


 売店で買った特製肉入りおむすび。切り株の上に置いたまま、放置してしまっていた。


「ごめんよー……って、あれ?」


 少し酒が回ってきたのか、ついうっかりおむすびを取り損ねてしまった。取り損ねたおむすびはそのままコロコロと、草の上を転がっていく。


「おっとっと、待ってくれー」


 そのままおむすびを追いかけ、掴もうとしたそのとき――。


「うおっ!?」


 突如、足元が崩壊し、落下してしまった。


「い、いてて……っ」


 落とし穴か? 俺がそう思い顔をあげると――。


「……どこだここ?」


 そこでは青々とした森が広がっていた。さきほどまで満開であった桜はどこにもなく、また周囲に立ち込めているのは肉のにおいではなく、青々とした草葉のにおいだ。


「はて、俺は落下したはずだが……?」


 上を見上げると、ただただ青い空が広がっていた。


「飲み過ぎ……っで、こうはならないよな……」


 そもそも今日はまだ一瓶しか空けていない。


「まぁ、いいか」


 妙な事態に巻き込まれてしまったようだが、そもそも狩りに不測の事態はつきもの。それに俺は曲がりなりにも、小さいころから三十代半ばの今に至るまで、危険なハンター業をやっている。そこそこの修羅場は乗り越えてきたつもりだ。


「まぁ、万が一のときにはコイツがあるしな」


 俺は懐に一つだけ忍ばせた丸い玉――帰還玉をさする。これはハンター御用達の緊急脱出用の道具だ。ハンターはその職業上、毒霧あふれる湿地帯や雷の降る高原といった危険な場所へ足を運ぶことが多い。そんなハンターの強い味方がこの帰還玉。これを使えば、たとえどんな場所にいようと、一瞬にして安全な場所に帰還させてくれる。ちなみにその仕組みは誰も知らない。


「でも、少し値が張るからな……。地力で帰れるなら、それに越したことはないよな……」


 便利なアイテムだけにその需要は高く、市場では高値で取引される。使い渋って命を落とすハンターもいる程度には高価だ。


「さて、まずは水の確保っと」


 見慣れない土地に来た場合に、真っ先にしなくてはならないのは身の安全の確保。次に、飲料水の発見だ。見たところ、付近に危険なモンスターの影も見当たらないし、身の安全については問題ない。ならば、今すべきことは水場の発見だ。


「さてと」


 地面に耳をつけ、付近の音を――水の流れる音を探る。長年のハンター業により、俺の聴覚もずいぶんと鍛えられた。数キロ圏内に小川でもあれば、これで一発でわかる。


「……北に二キロってところかな?」


 俺の鋭敏な聴覚が小川のせせらぎをとらえた。

 そのまま北へ北へと歩くことしばし。すると――。


「た、助けて……っ!」


 少し先の方で女の悲鳴が聞こえた。声色は若く、緊迫した状況にあるのが、読み取れた。


「……物騒だな」

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