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みやびな神隠し  作者: くろがね潤
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5話 三薙野くんの運命的な出会い

まったく何でこんなことをしなくてはならないのだろうか。勝手な行動に振り回される兄の気持ちにもなって欲しい。


張り切って外へと飛び出してしまった妹を追いかけて、僕も夕方の街へと出て行く羽目になってしまった。


あの野生少女のことだ。

放っておいてもどうせ夕飯ごろには腹を空かせて帰ってくるのだろうが、どうしても行方不明事件のことが引っかかり、こんな行動に移してしまっていた。


まさか自分の身内がそんな目に合うはずがない、

そう考えて落ち着かせようとはしたものの、何故だが他人事のような気がしない。


自分の街で起きているからそう思う。

これも正しいのだが、もっと何か、上手くは言い表せないのだが、別の理由を僕は感じていたのだ。


「それにしても、あいつどこに行ったんだ?」


思えば、僕は今、街という広大な空間から妹を求めてさまよっているのだ。

1人で探すには広すぎる。

どうせ探したって妹と出会うことはないと分かってはいたものの、仮にあいつが行方不明になってしまったとき何もしなかった自分が許せないというのもあるし、もしかしたら偶然妹と出会い彼女を事件から守ることが出来たという奇跡が起こるかもしれない。


「僕は兄の鏡だよな」


ふと、空を見上げる。


昼間に僕を半殺しにした太陽も随分と威勢を失い、今は青空を山吹色へと染め変えることに専念している。

ざまあみろ。

と、太陽に対して訳のわからない優越感に浸りつつ、夕焼けの美しさに浸っていた。

この時間になるともう死ぬほどは暑くない。


むしろ、夕方の風は涼しかった。


今日の夕飯は何だろう。

昨日はカレーを食べたから今日はその余りのカレーだろうが、ひょっとするとカレーを利用した他の料理であるかもしれない。

僕としてはその方が嬉しいな。


ポケットからケータイを取り出し、母親へとメールを送ることにした。

内容はもちろん、今日の夕飯をカレー以外のものにして、というもの。


だが、受信フォルダに届いていた、


『兄妹で出掛けるなんて珍しいわね。

でも、そろそろカレーが温まるから早く帰って来なさいね。』


という母からのメールを確認し、ため息とともに望みを諦めた。


「何だよまたカレーかよ、、、」


別にカレーは嫌いじゃないのだが、我が家のカレーが『甘口』だということがこの落胆の理由だ。

僕だって喋る口を持っているので何度も辛口の方が良いと言っているのだ。

にも関わらず我が家のカレーが甘口であるのは、家庭内権力のトップに君臨する妹が甘口好きである故だ。


こればっかりは仕方がない。

どんなに口で勝てても殴られちゃどうしようもない。


「惨めな兄だ、、、」


妹が関わることを思い出すとネガティヴなことばかり浮かび上がるからいけない。別のことを考えよう。


夕方の住宅街は美味しい香りに満ち溢れている。

だいたいの家庭がこの時間帯に夕飯を作り始めるので、換気扇によって外に放り出された良い匂いが先程から何度も鼻をかすめていた。


「腹減ったなー」


食欲は人間の三大欲求の1つ。

捻くれている僕でも、ちゃんとこの欲は備わっている。


いつもなら空腹と同時に家へと急いで帰宅するものだが、今日はそういうわけにもいかない。

一応送っておいた妹への

『どこにいるんだ』

というメールに返信がないので、捜索は続行しなければならない。


「どうにか空腹を紛らわせないといけないな」


少し視線を下げてみると、足元に雑草が。


「いやいや、ないわ」


さすがに、どんなに腹が減っても雑草なんか食べるものか。


なんとかスルーしたものの、依然としてあたりを漂う食事の香り。


ここで僕はこう考えることにした。

「よし、これはきっとこういう香りのゲロだ」


よくある質問で、

ウンコ味のカレーとカレー味のうんこ

食べるならどっちが良い?

という、カレーをことごとくバカにしたようなものがあるが、このとき普通の人ならどちらも嫌だと感じるのではないだろうか。

そもそもウンコ味のカレーというのも斬新すぎるアイデアではあるが、僕もみんなと同じでどちらも嫌である。


この感性を持っているなら、今、辺りをフヨフヨと舞っている美しい香りもゲロ味の夕飯の匂いだと。つまり、カレー味のウンコの匂いだと。

そういう風に仮定してみてはどうだろうか。


ここの家庭はピザ。つまりピザゲロの香りがする。

そうかそうか、今日の昼飯はピザで、ちょっと食べ過ぎて苦しかったんだな。

今になってこうしてゲロとして排出に成功したのか。よかったよかった。


ん、ここは焼肉。ということは焼肉ゲロだな。

いいねえ、修学旅行のバスの中でゲロを吐いた木村もこんなゲロを吐けたら嫌われずに済んだだろうに。


あれ、これは、、、肉じゃがゲロかな?

うん、グツグツと煮えたぎったゲロがこんなにも良い匂いを、、、


「うぼぇ、、、」


少し想像が過ぎた。本当に吐きそうだ。

シンプルに臭いゲロが出そうだ。


まさかこんな自滅という結末になるとは思ってもいなかったが、おかげさまというか空腹感はどこかへと消え去った。

結果オーライというやつだろう。



そんなことをしているうちに、だんだんと日も落ちて、あたりは薄暗くなり始めていた。

夕暮れに比例するように僕の気持ちも焦り始める。

ケータイを開いたが、妹からの返信はない。


妹はどこへ行ってしまったのか。


街のどこをほっつき回っているのだろう。

僕はしばらく歩いたせいで少しばかり息が切れてきた。座り込みたい気持ちに襲われたとき、もしやあいつも疲れてどこかで休んでいるのか?とも考えたが、フィジカルエリートである彼女を僕と同じ体力で考えちゃいけない。


きっと彼女はまだ歩き続けているのだ。

しかし、どこを?

彼女はどこを歩いているのか。


この世を歩いているのか?


急に鳥肌がたつ。先程からなぜだか悪寒が凄い。

これが虫の知らせ、というものではないことを祈る。


いち早く妹と合流して心の底から安心したい。


そこで、僕は妹の行動パターンを予測することにした。


妹はこの時間のことを人為的な事件ではなく非現実的な出来事、つまり神隠しとして捉えていている。

そして、彼女はパトロールとは言っていたが、どこかで行方不明事件の被害者になりたいと願っているのだ。

ならばただ街をうろうろするよりも、もっと神隠しにあいそうな場所を選ぶはずだ。


ならば行くあてを絞るのはかんたんだ。


この街でそういった類の現象が起こりそうな場所といえば1つしかないのだ。



現代社会において、もし霊的な現象に出会おうとする物好きがいたとしたならばどこに行くだろうか。

何も意識していない人は普段から暗けりゃどこにでも出るのではないか、と思い勝手にびくびくするものだが、本気で出会いたい人はただの暗がりに向かったりはしない。

なので、暗がりにばかりいる人間は霊的な現象と出会いたい人ではなく、ただの不審者なのですぐに離れよう。

、、、ではなくて。

霊的な現象と出会いたい人は心霊スポットと呼ばれる場所に行くのだ。

いまどきインターネットで検索すればすぐに場所が見つかる。


家庭と心霊スポットの距離も随分と近まったものだ。


そういう僕も非現実的なことに興味があったころ(中学2年生ごろ)、家の近くの心霊スポットを検索してみたことがあったのだが、見事に引っかかった場所がある。

それが、


「鬼角神社か、、、」


ここは僕の街に唯一存在する神社だ。


広い住宅街のなかに突如として現れる小高い小山。

その山頂にあるのが鬼角神社だ。

小山と言っても本当に小山で、山頂に登り切るまでに10分もかからない。


僕もあのころ(中学2年生ごろ)はよく夕方に1人で訪れて、境内の前で意味深な言葉を残して帰る、という奇行を行なっていた。


この場所が心霊スポットだということは、地元の子供達の間ではけっこう知れ渡っていることで、妹も知らないはずはない。


間違いなく、妹はここの山頂にいる。


さあ登ろうかと思い上を見上げた。

山頂までの階段はグネグネと曲がりながら上に続くが、全てが同じ側面にあるので昼間なら頂上まで見えるのだが、今は黄昏時。木々が落とす影のせいで最後の方は目視できなかった。


あのころ(中学2年生の3学期、1番痛いころ)ならこんな道でも何のためらいもなく進んでいけたのだが、今は何だか気がすすまない。


単純に怖いのだ。暗いのは怖い。


しかし、僕はあの病(中2病)を完治した時に気がついたのだ。

この世に霊なんていない。

いたとしても僕には見えないから何にも関わりを持つことはない、と。


ならば、本能的に暗い場所が怖く感じたとしても、何も起きることがないと分かっているのだから進めるはずだ。

それに、ビビりながら登りきった姿を妹に見られるのも癪に触る。


己の心にムチをうち、背筋をしゃんとして立ち向かわなければ。


今、恐る恐る一歩目を踏み出した。

階段の一段目に僕の足がたどり着く。


この一歩という功績は大きい。一歩踏み出すことができたという達成感が僕の背中を押した。


もう一歩、さらにもう一歩。

進める、進めるぞ僕!


あの頃(どの頃かはご想像にお任せします)とは全く違う動機でも僕はこの階段を進むことができるんだ!


自分の勇気が誇らしい。

いろんなこじつけや当てつけで自分を正当化してきた僕だが、ここばっかりは真っ当な評価を受けられるような部分ではないだろうか。


自分にも普通に褒められる部分があったのか。


目頭が熱くなる。


さあ登ろう、僕の勇気はまだまだこんなものではない。


「あれ、三薙野くん?」

「ギャァァァァァァァァァァァァッッ!!!!」


一瞬で階段を駆け下りた。

あぁ、、、

僕の勇気とは、、、


息を切らしながら顔を上げるとそこには見慣れた女の子が笑顔で立っている。


どうやら僕を呼んだのは異界の者ではなくこの人だったようだ。

ホッとした。心の底から。


しかし、次はこんな疑問が浮かび上がる。

なぜ彼女がこんなところに?


「こんな時間に鬼角神社に来るなんて、三薙野くんってやっぱり変わってるね」


微笑みながらそう言う彼女。

この子は海道 日奈三。僕の幼なじみだ。


彼女はどこかからの帰り道だったのか、傍に紫陽花色の自転車が止めてあった。


「別におかしいことじゃないだろ。

むしろ、自分の住む街を見守ってもらいながら、心霊スポットだーなんて言って挨拶すらしない人達の方がよっぽど無礼じゃないか」


本心ではない。


「あ、言われてみれば確かにそうよね。

こんばんは、神様」


「お隣さんに挨拶する感覚で言うな」


そうだ、彼女はこういう人間だ。

幼稚園児からの付き合いだから彼女に関してはよく知っている。

とても明るくて元気な子だ。

一応釘は刺しておくが、この元気はうちの妹のような野獣チックな元気ではない。

溌剌としていて、可愛い子なのだ。

ついでに言っておくが彼氏はいない。

別に狙ってもいないけど、一応言っておく。


「三薙野くんは今から本殿にお参りにいくの?」


「ああ、そうだよ。

偉そうに言ったばっかりなのにこんなこと言うのも何だけど、実は僕もここに来るのは久しぶりなんだ」


「なーんだ、三薙野くんも無礼者じゃん」


曇りのない笑顔を見せる海道。

かわいい。


「そんなことより、海道は何でここにいるんだ?」


「え?!

いや、、、私も神様に挨拶しにきたんだよ?」


嘘が下手くそすぎる。

そういうとこもかわいい。


「ああ、、、そうなんだな」


必死に隠そうとしている姿も癒されるので、深くは追求しないことにした。


「というか海道、こんな時間に外に出てたらご両親からも心配されるんじゃないのか?

ほら、最近って行方不明事件が頻発してるみたいだし」


「え、、、え、、、??

そうなの、、、??」


あたふたとし始める日奈三。

どうしてこうもかわいい行動ばかりとるのだろうか。

ずっと側に置いておきたい。

部屋で飼いたい。もちろん嫌らしいことなど考えていないが、とりあえず僕のシングルベッドの上で飼ってあげよう。


「まあ、別にこの街で起きてるって言っても、まさか僕たちが被害に遭うなんてこともないだろうな。

でも万が一ということがあるから、海道は早く帰った方がいいぞ」


「私も三薙野くんと一緒に本殿に行く」


うわぁ、大好き。


一緒に行きたいのは山々だが、今は海道を連れてはいけない。

僕が今から行く場所は鬼角神社。

もしかしたら彼女まで危険な目に合わせてしまうかもしれないのだ。


絶対に彼女を連れて行くわけにはいかない。


「海道、別にこんな暗い時間帯じゃなくてもお参りはできるだろ?

あした鬼角神社はミサイルでもぶち込まれて滅びるのか?」


「、、、そうだね。わかった。

それじゃあ私帰るね」


「ああ、気をつけて帰れよ」


これで良いのだ。これで彼女は守られた。

僕は自分の感情を犠牲にしながらも彼女を守ることができたのだ。


寂しそうに背中を向ける海道を見ると心がとても痛む。

だが、たとえ自分が傷つこうと、それで大切な人が守れるのならば、喜んで火にも飛び込もう。


僕は、鋼の意志の持ち主なのだ。


「ごめんね、急に声をかけちゃって。

でもさ、こんなところで三薙野くんと出会えたからちょっと嬉しくなっちゃって。

しばらく一緒にいたいなーなんてワガママだよね、、、」


「海道、一緒に本殿に行こう」


「え???」


鋼の意志とは、、、。


「いいの?やったー!

実はもう挨拶の言葉も決めてたんだー」


僕は滝行からやり直さなければならない。


「よーし、そうと決まったら早く登っちゃおう!

こんなところで立ち止まってるから、神様も焦らされてるみたいでモヤモヤしてると思うし」


「神様はきっとそんなに小さい性格してない」


「会ってみないと分かんないでしょー」


そう言いうなり彼女はとても楽しそうにハキハキと階段を登り始めた。

いっちだーんにだーんと、階段の段数を口ずさみながらどんどん登って行く。


天使みたいな子だな。

しばらく見とれていると、彼女は立ち止まり、


「早く行こうよー」


と急かしてきたので、


「分かったよ」


と、あくまで仕方ねえなーといった態度を取りながら僕も登り始めた。


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