雅くんは平静
「僕たち、行方不明になったんじゃないか?」
違う。本当に言いたかった言葉は"神隠し"の3文字だったが、直前で怖くなってしまってそれを使えなかった。
しかし、海道はそんな僕の言葉をきき、びくっと肩を揺らす。それはきっと街道も僕と同じ考えに至っていたからだろう。彼女があえて言わなかった現実を僕が口に出してしまったのだ。
僕はこれ以上口を開けなかった。
自分たちが神隠しにあっていると考えればいろいろと納得させることができる。
街で繰り返しおきていた行方不明事件。この原因がなんだったのかというところははっきり分からないが、このタイミングで全く知らないこの世とは思えない特色をもつ土地にいる僕と海道。背景と状況が合致している。
もしここが神隠しによってたどり着いた異界であるとすれば、巨大な虫も物理攻撃を繰り出す悪霊にも納得はいく。
、、、納得させるしかない。
というか納得するとか信じられないとか常識が違うとか、今までの知識を持ち出してここを否定したところでこの地のわけ分からんルールが変わるわけではない。受け入れるか受け入れられないかの話なのだ。
その点、僕は物分かりの良い方なので問題ない。
まだほんのごくごくマイクロミリメートルほど地球である可能性はあるが、ここはもう確定とする。
ここは異界の地である。
「ね、、、ねえ、雅くん、、、」
おどおどとした様子で海道がそばによってきた。やはり海道も怖いのだろう。
「不安な気持ちは僕も同じだ。可能かどうか分からないけど、、、けど、何とかしてここから帰ろう」
何とかして。
自分で言っときながら自分が少しダメージをくらう言葉だった。
一体どうすれば元の街に帰れるのか。
しかし、海道にとってはダメージではなかったようでむしろ、
「え、、、あ、、、そうだね!二人で頑張って元の世界に戻る方法を探しながら家でも建てて暮らそう!」
と元気よく返してくれた。
よかった。ひとまずは海道の不安を少しでも紛らわすことができて。
海道の言うとおり二人で協力して元の世界に戻る方法を探しながら、、、
「ちょっと待て」
海道の言葉に少し気になるニュアンスが含まれていた。
「あなたいま家建てて暮らすって言った?」
「え、言ったけど。何で?」
ケロっとした顔でそんなことをいう海道。
「ばか言うなよ。こんな危なっかしいところで落ち着いて家なんぞに暮らせるわけないだろ。だいたいなんでいきなり長期滞在を前提にしてるんだ」
「そうかもしれないけど、何も情報はないんでしょ?なら寝たりする場所もないと困るじゃん」
「ここであるべきか?」
僕の提案は空気中の塵と化したようだ。
何も応えずに海道は辺りをキョロキョロと見回しながら、
「うーん、もうだいぶ日が落ちたから見通しが悪いね」
と実に呑気なこと。
「あのなあ、、、。状況が分かってるのか?僕たちがいるこの場所は、さっきも見たとおり訳の分からんデタラメな大きさの虫がいることから、僕たちの常識が通じる場所じゃない事は明らかだ。こんなところ早々に抜け出して元の世界に戻らないと、最悪死ぬかもしれないんだぞ?」
「えー、そんなもったいないこと言わないでよー。違う世界なんだよ?滅多に来れる場所じゃないんだよ?すぐ帰るなんか言わないでホットな名所でも回って行こうよー。それからでも遅くないでしょ?」
こいつは神隠しを海外旅行か何かと勘違いしているのだろうか。
無視して周囲の確認のために歩き出そうとする僕の手をつかんで海道は、
「なんで無視するの?!分かったよ!だったら地図でも作ろうよ!ほら、異世界地図!昔、日本地図を作るために歩いて回った人がいたでしょ?そんな感じで私たちもさあ」
「なに妥協案みたいな雰囲気で言ってんだ!もっと行動範囲ひろがってるだろうが!」
そして何でちょっと楽しそうなんだよ。
そんな海道の肝の座り方に感心というかなんというか、自分まで肝が座り始めていた。
こいつの肝は座るどころじゃなくてあぐらをかいている。
ひとまずは平静を取り戻したものの、依然として危険なことに変わりはない。こうしている間にもいつどこから巨大な虫が出てくるか分からないのだ。
そう考えると、見通しの悪いこの時間帯はあまり動き回らない方がいいのかもしれない。この辺りで日が出るまで安全にいられる場所があれば良いのだが、、、。
「ねえ雅くん、そんなに辺りをキョロキョロと見てるのすごく挙動不審だよ。通報されたらめんどくさいしそんな人と知り合いと思われたくないからやめてよ」
「こんなところに周りの目とか警察があるのならどんどん通報してほしいし何度でも逮捕されたいけどな」
「なに言ってるの。私がいるでしょ」
「お前が通報するのかよ!」
こんな深刻な状況でも海道はふざけて笑っている。
いいや、深刻だからこそなのか。
こう見えて海道は僕が平静を保っていられるようにいつもと同じように話してくれているのかもしれない。
一人じゃなくてよかった。
改めてそう思う。今日起きた事はあまりにも現実離れしていて、とても僕一人では耐えきれなかっただろう。いや、二人でも三人でもダメだったかもしれない。
ちらりと海道の方をみると、落ちていた木の棒を手に持ちそこらの植物を叩いている。
まるでここが日常であるかのように振る舞ってくれているのだ。これはきっと海道にしかできない。
普通の人間ならびびりまくって今頃この世の終わりのような顔を浮かべているはずなのに。
だいたい、今日の出来事を振り返るとホラー映画のシーンのような場面だらけだったというのに、何故か思い出すと笑えてくるのだ。
「なーにニヤニヤしてるの?楽しいことがあるなら私にも教えてよ」
おっといけない、感情が口元に出てしまっていたようだ。こんな状況下で思い出し笑いだなんて随分と彼女に毒されたものだ。
「ニヤニヤとは失礼な。笑顔は大事な感情の一つだろうが。でも、何でもないよ。ただ神隠しに海道と一緒に遭ったのは不幸中の幸いだったなと思って」
「え、あ、そうね、、、ははは、、、」
途端におどおどとしだす海道。その様子を見て自分がいまけっこう恥ずかしいことを言ったのだと気づいたが時はすでに、、、。
「ま、、、まあ、生きてたら定期的に神隠しだってあるでしょうし?」
そんなに頻繁にあってたまるものか。
この様子を見るとどうやら手遅れでもなさそうだ。
「まあいいや。とりあえず視界が良くないのに動き回るのは危険そうだし、この辺で明るくなるのを待とう」