15話 雅くんの告白
海道の案内のもとに森を歩き続けてどれくらいの時間が経ったのだろうか。
時計が無いので正確には計れないが、感覚としてはもう1時間は歩いている気がする。
その間にも何度も巨大な虫が何食わぬ顔で闊歩しているのを目撃し、その度に大きく迂回してこれを回避していたのだが。
「なあ、ここの森の生態系はどうなってるんだ?
ジュラ紀でもこんなにデカい虫はいないだろ」
霊、包帯の怪物、化け物と、様々な呼称の末に『破砕丸』という名を明かしてくれた親切な生物のせいでこの生態系に疑問を抱く暇もなかったのだが、今となって冷静に考えると本当にとんでもない事態だ。
訳が分からないのは海道も同じなので、僕の投げかけた疑問はほとんど愚痴みたいなものだったのだが、
「ううん、現代よ」
何の迷いもなくそう言いきる海道。
「何でそう言い切れるんだ?」
「え...あ...いや、
あ、だってほら。この木とか見たことあるでしょ?」
海道の指を指す方向には、杉の木が深い影を背負いながら堂々と夜の空へ真っ直ぐに伸びていた。
確かに植物は現代のもので間違いないのだが、生物は明らかに間違っている。
こんな生き物が住んでる世界で人類が栄えることなんか不可能だ。
おかしい。圧倒的におかしい。
もしかすると、
これは夢なのではないだろうか。
ふりかえってみると、僕は家に帰るまえに熱中症で死にかけた。
記憶の中の僕はそのあと家に帰ってそして妹を探しに外に出てーーー今に至る。
だが、実は僕は熱中症で倒れていたのではないだろうか。で、今も目を覚ますことなく病室で眠り続けている。
つまり、この光景は病室で眠る僕が作り出した夢。
そうだ。そうに決まっている。
当たり前だ。こんなことが現実なはずがないんだ。例え理不尽だらけの人生を生きる僕でもこれはさすがにやりすぎだ。
それに、海道がこんなに可愛く成長しているのも都合が良すぎるし、そんな幼馴染と二人きりで困難を乗り越えていく状況なんて僕の人生にしては出来すぎている。
夢だ夢。
一度くらい非現実的な大冒険をしてみたかった僕としては名残惜しさはあるが、 とっとと目を覚まそう。
兄をこんな深刻な状況に追いやったあの妹を懲らしめてやらないといけない。
「よし、そろそろ起きるとするよ海道。
今日は本当に楽しかった」
「え?」
ポカンとする海道。
夢の中の人間が夢であることを把握しているはずもないのでこんな反応するのも仕方ないだろう。
「言葉の通りだよ。
まあ海道も僕の夢が作り出した海道なんだからわざわざこんなこと言うのもおかしいかもしれないけど、本当にありがとう。
悪夢になるはずだった夢からこんなに満ち足りた気持ちで目を覚ますことができるのは海道のおかげだ」
「ど...どういたしまして...。
て、え?」
「まあ、でも何だ?
僕はこの夢の影響か、海道のことが好きになったかもしれない。
と言っても現実の海道がどんな子になってるかとかはいまいち分からないし、夢から覚めたってどうせ海道に会いにいくことなんか出来ない奥手な男だけど、しばらくはこの胸の甘酸っぱさに浸りながら生きていこうと思うよ。
それじゃあ、もう行くよ。
特別な時間をありがとう。ばいばい」
これだけ言えば目が覚めたあと、あれ言えばよかったこれ言えばよかったと後悔することもないだろう。
現実じゃ言えないような恥ずかしいセリフだって夢の中ならば幾らでも言える。
さて、あとはさっさと目を覚ますだけだ。
要領は分かっている。
何度も何度もトイレに行ったのに尿意が全くおさまらないときの、
「これは夢だ!」
と叫んで目を覚ますときのあれだ。
幸い、僕はこの技が得意なのだ。
「これは夢だ!!」
黒々と空を覆う木々に僕の叫びが吸い込まれて行く。
すると、だんだんと意識が遠のいて行って、気がついたらベットの上に横たわる僕がいて...。
「あれ?」
全く目が覚めない。
どうしてだ、こんなことは今までなかった。
「これは夢だ!!」
夢だァ!、夢だぁ、めだぁ、だぁ、ぁ。
目の前の景色が一向に変わらない。
これはどういうことだ。
僕の前から、両手で顔をおさえて耳元まで真っ赤になっている海道が消えない。
「何で目が覚めないんだ。
絶対におかしい」
とは言うものの、何となく気がついていた。
目が覚めないのも当然のこと、すでに目は覚めているのだ。
つまり、ここは、
「現実...」
信じられない。こんなものが現実だなんて信じられるはずがない。
どちらにせよ、まだ情報が足りない。
もう少しこの辺りを歩いてた方がいいだろうか。
「海道、もっと進んでみよう。
まだ情報が足りな...
海道?」
相変わらず棒立ちのまま顔を両手で塞いで動かない海道。
一体こいつは何をしてんだ。
じっと顔を見ていると時々、指と指の間に隙間を作ってこちらを覗いてくるのだが目が合うとすぐに指を閉じる。
「おい、海道。ふざけてる場合じゃないだろ」
早くこの何も分からない状況をどうにかしたい。
だから今は遊んでる暇なんか、
「え...ええ?
いや...そんなこと...だって...え?
雅くん??」
急に挙動不審な喋り方をしやがって。
そんなのに付き合ってる暇はないのだが、
「いま...私のこと好きって...」
両手は降ろすも、目は見れないのか俯きながら海道はそう言った。
「はぁ?」
僕が海道のことを好き?
急に何を言いだすのだろうか。
何でちょっとだけ芽生え始めてた気持ちがばれているんだろう。
こいつ心が読めるのか?
「あ」
いや、言った。確かに言った。
ここを完全に夢だと割り切ってベラベラと何でも喋ったんだった。
となると...。
海道は俯きながらもじもじとしている。
超気まずい。
やばい、どうしよう。
今言うべき言葉が何も浮かばずにわたわたとしていると、意を決したかのように海道が口を開いた。
「ねえ...雅くん。
さっきの言葉って...」
「撤回」
「え?」
「前言撤回」
「ええっ?!」