夜間飛行
すっかり暗くなってしまった外へ、飛び出した永遠を
『おい!』
と誰かが呼び止めた。
驚いて振り返ると、見たことのない男が立っていた。
真っ黒なロングコートに、真っ白い髪。
でも老人ではない。
どう見ても20代。
白い髪の隙間から、時折覗く黒い瞳が、真っ直ぐに永遠の目を見つめている。
端正な顔立ち。
ただ、この季節に薄手とは言え、コートを羽織っているなんて……
「誰……」
永遠は後退りした。
『お前、どこに行くつもりだよ?』
男は、永遠の質問を無視して聞いて来た。
「……」
答えられるはずがない。
勢いで飛び出して来たんだから……
『こんな時間に子供が1人でウロウロしてたら危ないだろ?』
男はそう言ったが、説得力は皆無だ。
そういうあんたが一番怪しいじゃん!
「すぐそこの自販機まで行くだけだし……」
永遠はそう言いながら、男の横を早々にすり抜けようとした。
『家族が救急車で運ばれたのに?』
すれ違いざまに男が言った。
永遠の足がピタリと止まった。
「僕んちを見張ってたの⁉︎」
『まあ……』
「お前、誰なんだよ!」
『んー……お前に、何度かご馳走になってる』
「はあ?」
『鯵フライをさ…… だから、お前には恩があるっていうか……
だから、どこかへ行くならボディーガードしなきゃなんてさ……』
「鯵フライ?僕、嫌いなんだけど…… だからいつもベランダから
捨てて…… あっ‼︎」
『思い出した?』
「カー……スケ……?」
少し、はにかんだように男が笑った。
「嘘つき‼︎そんなわけないじゃん!だって、カースケはカラスだよ。
あんた、どう見たってカラスじゃないじゃん!」
『いや〜……いきなりカラスに話しかけられたらビックリすると思ってさ』
『不審者』に声をかけられて、永遠は十分ビックリしていた。
「とにかく、僕は行かなきゃ。ここには……
いちゃいけないんだ……」
永遠は再び歩き出した。
黒コートの男は、後ろからついて来る。
永遠の住むアパートから徒歩10分くらいの所に、地下鉄の駅がある。
人通りも多いし、いざとなったら助けを求めればいい。
歩きながら考えた。
これからどこかへ行こうか……
『ねえ、本当に家に帰らなくていいの?』
黒コートの男が聞いてきた。
「僕、おじさんを怪我させちゃったんだ!
だから家には帰れない」
『おじさん?』
「えっと……本当は新しいお父さん」
『それなら尚更帰った方がいい。帰ってちゃんと謝ったら、
お父さんだってきっと分かってくれるよ』
「謝るよ!でも僕、どうしても行ってみたいところがあるんだ」
黒コートの男が小さく溜息をもらした。
『どこ?』
「おじいちゃん家。岐阜県にあるんだ。小さい頃行った事あるんだけど、
緑がいっぱいで、キレイな川があって、とにかくここよりいい所だった」
『岐阜か……分かった。付き合うよ』
そう言うと、男はコートで永遠を頭からスッポリ包み込み、
彼の肩を掴んで空へゆっくりと舞い上がった。
「えっ⁉︎えーーーっ⁉︎」
男は巨大なカラスになって、夜空を飛んでいた。
その脚に永遠を掴んで……
「高い!怖いよ!下ろしてってば‼︎」
永遠はジタバタした。
『危ないから動くな!本当に落ちるぞ!」
カースケにそう言われ、永遠は四肢の力を抜いて項垂れた。
もう生きるも死ぬも、カースケに掛かっているのだ。
大人しく従うしかなかった。
さっきまで立っていた場所はグングン遠ざかり、
足元にはキラキラした街が広がっていた。
「すごーい‼︎ 綺麗だね!カースケはいいね。いつも
こんな景色見てるんだね」
『そうかな〜……俺は人間の方がいいと思うけどね。
堂々と鯵フライ食えるし』
永遠は「おえー」と舌を出した。
星たちが瞬く夜空を、カースケと永遠は人知れず飛び続けた。




