父の背中
朝から美和が誰かと電話で話している。
『え⁉︎またなの?もう気をつけてよ……
うん。分かったわ。30分くらいで行けると思うから……
じゃあ後で』
電話を切った後、美和が省吾に言った。
『どうしよう……お母さん、またギックリ腰で動けないんだって』
「えぇ⁉︎大変じゃないか!すぐ行ってあげなきゃ」
『そうする。ごめんなさい。今日はあなた1人で行ってきて』
「こっちは大丈夫。安心して行っておいで」
『ありがとう。お願いします』
本当なら、今日は2人で、永遠を迎えに行く予定だったのだ。
ところが予期せぬ非常事態が起きたため、
急遽、省吾は1人で永遠を迎えに行く事になった。
美和はあたふたと支度をし、家を飛び出して行った。
省吾は岐阜に向かってアクセルを踏んだ。
***
太陽が真上に来る頃、省吾は元村家に到着していた。
「どうも、ご無沙汰しております」
『久しぶりだなぁ、まあ上がって麦茶でも飲んで行きなさい』
永斗の父親が促した。
「ありがとうございます……あの、永遠は……?」
『ああ。川へ行っとるよ。お前さん達もよく遊んどった所だ。
覚えとるか?』
忘れるはずがない。
永斗と、カースケ、はしゃいで過ごしたあの場所を……
明日のことなんて、何ひとつ不安に思わなかった日の事を……
「もちろん」
『後で行ってみるといい。永遠、いい子に育ったな……
畑の草むしりも文句も言わず手伝ってくれる。わたしの作った飯も、
うまそうに食ってくれる。魚は苦手みたいだけどな。ははは……』
省吾も苦笑いした。
「俺、あいつにうまく接してやれなくて。永遠にとっては父親は永斗ただ1人で……
俺なんか、逆立ちしたって勝てない気がして……」
『わんぱく坊主が、似合わん事言うなぁ』
「美和ちゃんの横に居たのは永斗で、本当はそれがずっと続くはずだったのに、
このまま永斗の座を俺が奪ってしまっていいのかって……
奪ったところで、あいつみたいに、うまく家族を守って行けるのかって、もう不安で不安で……」
『お前さんは、永斗じゃない。どう頑張っても永斗にはなれない。
無理もない。普通なら夫婦2人のところから始めるものを、
いきなり父親にもならなきゃいけないんだから……
しかも、相手はもう自我が目覚めた子だ。悩む事ばかりだろうよ』
「……」
『じゃあ、他の誰かなら、この大役を務められたかねぇ?
永斗は、お前さんだから家族を託せたんだと思う。
ぶっきらぼうだが、情の深い男だって、人の痛みが分かる男だって、
永斗はよく言っとった』
「永斗が……」
『本当の父親だって、子育てなんか多いに悩むんだ。
完璧な父親なんて、この世にいるもんか。いい父親になろうなんて
考えんでもいい。いい理解者になってやってくれ。
これは、わたしからの願いだ。永遠が躓いた時、優しく抱き起こしてやってくれ。
人としてできる事をしてやって欲しい』
それは省吾自身が求めてきた事だった。
道に迷った時、道しるべが欲しいと思った。
躓いた時、誰かに抱き起こして欲しいと思った。
自分には何もなかった。
自分には誰も居なかった。
追いかけるべき背中が見つからなかった。
省吾は目を閉じて天井に顔を向けた。
静かに鼻から息を吐いた。
「川へ永遠を迎えに行ってきます」
『おお!気をつけてな』
「ありがとうございます!』
省吾は、川への懐かしい道を歩き始めた。




