番外編 「儚き恋と寂寥の薔薇」
ツイッタ―のフォロワ―さんのリクエストも兼ねて。帽子屋誕生日おめでとう!
数年前、大好きな女の子がいた。
今となれば笑える話だが、当時は本気で告白しようと考えていた。
その子は王都に住んでいて、白いワンピースに赤いリボン、髪型はショートボブといった爽やかな笑顔が似合う可愛い女の子。
確か名前は――。
◇◇◇
三年前、エタンセル王国の街の一角にて。
「さぁよってらっしゃい見てらっしゃい! 冷やかしはお断りのシリアーバ店、自慢の宝石や指輪はいかがですか? そこの恋に悩んでいる貴方も、もっと美しくなりたい貴女も! どうでしょうか!?」
どれだけ声を張り上げても、どんなに客寄せしても、客は増えるどころかそそくさと行ってしまう。
「はぁ……。やっぱり今日もダメか……」
ため息をつき、まだ幼さが残る少年は石畳に座り込んだ。
叫び続けて小一時間。人が多い昼の時間帯を狙ってみたが、やはりそう上手くいかない。
少年の名前はシリアーバ・サヴィニー。親の力を借りて店を開いた、駆け出しの新米商人だ。自分の店を開いて半月が経つが、売り上げは右肩下がり。
最初は大商人の息子と注目され、そこそこ客足はあったものの日が経つにつれて少しづつ減っていき、ついには人っ子一人こなくなった。
どうしてこんなことになったんだろう。店の雰囲気や品揃えも工夫してるはずなのに。
脳を巡回させていてもアイデアは浮かぶはずもなく、研究も兼ねて周りの店を回ることにした。
食料を売っている店では値段が比較的安く、老若男女関係なく誰でも買いやすい。
それに店中にただよう焼き魚や、スパイスの香りに耐えられるわけもない。
客寄せの疲労と空腹もあり、シリアーバは焼き魚を購入することにした。
「食べ物屋さんって卑怯ですよね~。値段も安いし、なんといってもあの香ばしい香りがお客さんをまんまと罠にはまらせるんです。おかげでこんなに買っちゃいましたよ」
彼は焼き魚の他に、パン、焼き鳥、からあげ、じゃがいもなど今後の食生活が心配になるものばかりを買っていた。
しばらくは生活には困らないが、運動でもしない限り彼の体は肥えていくだろう。
食料の店と同じように、自分と同じ同業者の店も研究しつつ歩いて行った。衣服は食料とは違い値段は張るが、丈夫な耐久性とセンスを求めてくる。
自分でもそれなりの物をそろえているつもりだが、他の店と比べるとどうも腑に落ちる。可愛らしいポップや商品の位置、どの店も何か一つは工夫を凝らしている。
ただ声を張って客を寄せ付けるだけでは店は安泰しないのだと、少年は改めて思い知らされた。
◇◇◇
数日後、シリアーバは在庫の調達と店の工夫を凝らすために王都へ向かうことにした。在庫を抱えるため徒歩で行くわけにもいかず、馬車を借りることとなった。
王都と街の違いは見るまでもなかった。真っ白でつるつると自分の姿が映りそうな石畳。街の暑苦しさとは程遠く、心地いい風が時折り吹いてくる。住民たちも上品な服装や装飾品をつけている。
急に自分の存在が恥ずかしく思えてきた。
少年の頬はみるみる赤く染まり、顔を覆うとしたその時――。
「あなた見かけない人ね。もしかして商人さん?」
「へぇっ!? そ、そうですけど……」
突如、シリアーバの前に現れた少女はいたずらっぽく微笑んだ。
髪は銀髪のショートボブ。ノーズリーブのワンピースの胸元には、赤いリボンがあしらわれている。
「私の名前はアメリア。よろしくね、可愛い商人さん」
そう言ってアメリアは天使のように微笑んだ。
「ね、私に何か手伝えることない?」
彼女はずい、と帽子屋に近づき提案をする。その行動に若干戸惑いながらも話をすることにした。
「手伝えることと言っても、今回は在庫の調達と店の研究のためにここまで来たんです。正直、貴女が手伝えることなんて……」
「あるわ!」
急に大声を出して目をらんらんと光らせるので、シリアーバは咳払いをして体勢を整えた。
「例えば……何ですか?」
「私の服でいらないものがあるから、それを売ればいいと思うの! それか、可愛いポップを作るとか!」
「確かにいい案ですね。あなたのいらない服はそのまま売ったり、再利用して可愛い敷き物なんかにするのはどうでしょう?」
「それもいいわね! お母様に教えてもらった裁縫の腕前が試されるわ!」
アメリアはぱんと手を叩き、きゃっきゃとはしゃぐ。彼女の楽しそうな表情に、シリアーバも微笑ましい気持ちになった。
試行錯誤して数時間。新たな商品の案と、アメリアの両親の了承を得て彼女と店番をすることとなった。
誰かと一緒に店番をするのは実家での両親の手伝い以来だ。
正直、その日の夜は緊張して眠れなかった。食事をする時も、不思議と喉が通らなかった。
少年は、この現象の意味を何も知らないまま朝を迎えることとなる。
アメリアとの店番初日。街はあいかわらず蒸し暑い気候で太陽が照りつけている。
彼女もこの暑さには参っているだろうと思いきや、様子を見るにそうでもなかったらしい。
「わぁ、この街って凄く暑いのね! サウナみたいだわ!」
「サウナってなんですか?」
シリアーバは黒い革張りの上着を脱ぎ、白の長そでシャツの袖をまくりながら質問した。
「サウナっていうのはそうね……。蒸し暑い部屋の施設のことよ。今度入ってみる?」
「遠慮しときます」
ここでも十分暑いのに、わざわざ自分で暑いところに行くなんて冗談じゃない。シリアーバは内心うんざり思いながら、店の準備に取り掛かった。
初日の結果はそれなりに繁盛した。今までの成果に比べたら、比べものにならないくらいだ。
王都からの来客が珍しいのか、単純にアメリアが考えてくれた案のおかげなのかは分からないが、どちらにせよ利益が上がったのは喜ばしいことだ。
その日の夜はアメリアと自宅で祝杯を挙げた。もちろん未成年なので、お酒ではなくジュースで乾杯した。
今夜の夕食はごちそうだ。メニューは鶏肉の蒸し包み焼き、カシスのオレンジジュースに炊き込みご飯。
さらにデザートも新たに加え、リンゴに蜂蜜をかけるという贅沢な一品を選んだ。
王都に住んでいるアメリアにとっては物足りないかもしれないが、少し我慢してもらおう。
「わぁ……! これ全部シリアーバが作ったの? お母様みたい……! とっても料理が上手なのね!」
「えへへ、ありがとうございます」
アメリアに褒められ、上機嫌になるシリアーバ。自立する前、将来のためだと叩き込まれた料理の経験は無駄にはならなかったようだ。
夕食を堪能した後はデザートを食べた。これまでにない幸福感が口いっぱいに広がり、リンゴの果汁と蜂蜜が混ざり合って溶けていく。最高のデザートだった。
アメリアもデザートを食べ、幸せが満ち溢れた表情になる。嬉しそうで何よりだ。
思えば、いつの間にか彼女の嬉しそうな顔が、喜びに満ち溢れた顔が見たいと思うようになった。
意識してからはファッションに気を使うようになったり、料理の腕前も上げ、女性が好きそうな服装、装飾品、花など。あらゆるものを調べつくした。
アメリアの好みに近づけるように。アメリアと一緒に笑えるように――。
気づけば、鏡の前でやけにそわそわする自分がいた。髪をいじり、顔の調子を気にして、手には白いヴェールに包まれた薔薇の花束を握りしめている。
準備は整った。後は、自分の心を落ち着かせるだけだ。ゆっくり、ゆっくりと息を吸い、腹の底から息を吐く。
「……よし」
軽く両手で頬を叩き、少年は決意を新たにした。
街の人気がないところで、短い銀髪を揺らしながら一人の少女が立っている。
その時間は一瞬か、はたまた長い時間のようにも思えた。
「ま、待ってください!」
帰ろうかと背を向き、歩き出そうとすると、待ち望んでいた一人の少年が息を切らしながら現れた。
右手を後ろ手に回し、何かを隠している。その正体は何かと聞こうとしたその時――。
「アメリア。僕は、貴女のことが好きです。僕と付き合ってください!」
視界いっぱいにたくさんの薔薇が広がる。アメリアに対する、自分なりの愛をこめたつもりだ。
シリアーバは跪き、精一杯の思いを懇願する。
「……ごめんなさい」
「え……?」
「私にはあなたの思いが受け止められない。私よりも、もっと他の人に渡すべきだと思うの」
「なん、で……」
声がかすれる。視界がにじむ。この現実が受け止めきれなかった。
今まで過ごした日々は一体なんだったのか、今までの努力が全て洗い流されたような感覚に陥る。
「それに私、もう結婚する相手が決まっているの。そのためには社会見学として街に行って、そこに住んでる人と協力することが条件だった。あんな狭苦しい家にいるよりは、何倍もマシだったわ。
――あなたと過ごした時間は本当に楽しかった。この思いは本物よ」
ひんやりとしたアメリアの手がシリアーバの頬を包み、少女は目を瞑って、少年の額にキスをした。
それが友情の意味だと、もう会えないという別れの意味だと知らずに、シリアーバは魔法にかけられたかのように深い眠りについた。
◇◇◇
現在、エタンセル王国の街の店にて。
今日もシリアーバ店に黄色い歓声が沸き起こる。女性達に跪き、薔薇を捧げる自分がいる。
アメリアとの恋は儚く散ったが、少年は初恋の思いを忘れないでいる。彼女との出会いがなければ、この店は無くなっていただろう。
そして、また新たな少女に思いを寄せる自分がいた。人使いが荒い、わがままで高飛車なお姫様。
この恋はもう叶うことはないのだけれど――それでも、彼女に目を向けてしまうのだ。
ちなみにサブタイトルの寂寥は”せきりょう”と読みます。心が満ち足りず、もの寂しい様子という意味らしいです