四十四話 「双剣と刀」
1年以上もお待たせしてしまい、申し訳ありません…!
頻度は高くないですが、またこうして書いていきますので、どうか物語の最後まで読んでいただけると幸いです
2024.4.17
闘技場の戦場内ではしばらく沈黙が続いていた。ジェリエナは口を開けたまま何も言えずにいる。ラパンがヴァイオレットに勝ったのは良いことだが、彼の技量に圧倒したのだ。
「え、えぇ。ラパン、良くやったわ。ありがとう」
「この程度で褒められても困る。まぁ、ありがたく受け取っておくが」
「……。謙遜はそこまでです。あまり自分を卑下すると逆に失礼ですよ」
ヴァイオレットが立ち上がると、隣にいた彼の直属の部下であるフミが彼を支えた。
「ヴァイオレット様、決してご無理はなさらないでください。私で良ければ肩を貸しますので」
「あぁ、ありがとうございます。フミ」
そう言われて、ヴァイオレットは自身の主であるディリットが鎮座する隣の来賓用の席へと座った。ラパンも戦う必要が無いので、同じように席に座る。
「次はお兄様とフミの戦いだけど……」
二人だけになった戦場は、どんな戦いになるのか全く持って予想がつかない。自身の兄であるヘンリーは、『スピードスター』、『流星』とまで謳われた速度を持つ。かつて鍛錬でディリットと戦っていたのを窓越しに見たことがあったから、その意味を知っているわけで。
「ひ、ひぇ……。私のような人間がヘンリー様のお相手になるなんててて……」
「フミちゃん、リラックスリラックス。ほら、肩の力を抜いて~。深呼吸深呼吸――」
一瞬の出来事だった。そう、確かにフミは呼吸をした。
それは人格を切り替える、いや、切り離すに等しいその剣捌きは、確かにヘンリーの左頬に傷をつけた。
「はは、マジかよ……。それじゃあ、こっちも本気にならないとなぁっ!」
双剣を構え、走り出したヘンリーと刀――もとい、皇子から下賜された『梅丸』を手にしたフミの戦いは見惚れてしまうほど美しく、同時に凄みの圧でジェリエナは思わず鳥肌が立った。
「な、なにこれ……。凄いけど、綺麗で――」
「いいえ、お姫様。フミにとってはあれが普通なんですよー。他人から見れば人の域を超えています。実際、剣技ならレクスと同等かそれ以上ですねー」
レクス・アルザス。ラパンの実兄で『英雄』を冠する、自称ただの人。
それと彼は彼女の力が同等だと。正直言って信じられない。
ジェリエナは唇を噛んだ後、
「勝ってください、お兄様――――!」
「――おう!」
あらん限りの声で叫んだ。
◇◇◇
曰く、少女は剣となった。
昔から刀を振るったことは一度も無い。十三の頃から弟のために働き、東雲苗代の元に就いたのが十七。
主から刀を借り受け二年。
彼女は没頭した。主を守るためなら何を犠牲にしても構わない。その一心のみで、剣技はとっくに人の域を超えている。
当然、従者としての仕事もした。
ただ、刀を振るう。
その力と速さは『流星』を砕き潰すほどに圧倒していた。
「ぐっ…!」
「『流星』、『スピードスター』……ですか。その名は確かにエトワールを冠する貴方にふさわしい。しかし……その異名、いささか貴方には重すぎるのでは?」
「……。煽るねぇ~。なぁに、ちょっと驚いただけだよ。だって、今のフミちゃん、人でも殺すような目してるぜ?」
「ここは戦地です。今は技量を計るためだけだとしても、意識を切り替えるのが当たり前かと」
「マジかよ……」
彼女には聞こえないように呟くヘンリー。
剣の善し悪しだけでは敵わない。それなら、やるべき事はひとつしか無かった。
「フミちゃんは知らないかもしれないけど、俺にはとっておきがある。それが例え仮初だとしても、気休めだとしても――な」
笑う青年に対して、依然として少女は睨みをきかせた。
お互い、相手の動向を探るよう構えを保つ。
……数秒、十秒経った頃だろうか。ジェリエナが生唾を飲み込んだその時、勝負は終わった。
居合切り。一体一の斬り合いというシンプルな物でも、やはりフミの独壇場だったらしい。
「お兄様!」
ジェリエナが来賓用の席から一気に階段を駆け降り、ヘンリーの元へ寄り添う。
「お兄様、大丈夫ですか!? お怪我は……」
「あぁ、大丈夫、だよっ……はぁ、まさかこの俺が、あんなにも可愛い女の子に負けるなんてなぁ……」
ヘンリーはジェリエナの手を取りながらなんとか起き上がり、この結果でも嬉しそうに笑っていた。
対して、フミは背を向けて刀を鞘に納める。
と、
「ヘ、ヘ、ヘンリー様っ! おっ、おおおお、お、お怪我は大丈夫でしょうか!? あ、あ、また私、人様にご迷惑をおかけしましたでしょうか!? ならばこのフミ、自害しても構いません! エタンセル王国の兄君に傷をつけた以上、切腹する覚悟は容易く……!」
「大丈夫だよ、フミちゃん。いくら心を前倒しにしてくれる妹への愛があっても、俺の実力不足なのは確かだ。
フミちゃんは凄いなぁ。本当に別人みたいに切り替わって」
「ぁ――あ、あれは忘れてくださいっ! あれはスイッチを切り替えるだけの物で、剣を振るう者としての当然の結果というか……!」
その様子を来賓用の席で皇子と従者が見ていた。
ディリットはその暖かな空気に若干の苛立ちを覚え、反面、ヴァイオレットはいつものようにニコニコと笑いながら。
ひとまずの戦いは幕を閉じた。




