六話 「発熱とお使いⅠ」
白ウサギは目を覚まし、勢いよく起き上がる。
後味の悪い悪夢を見たと、白ウサギは思った。酷い頭痛と眩暈がする。
「……っ」
白ウサギは頭を抱え無理やり立ち上がると、ふらふらの状態のまま歩いて行った。
アリスと帽子屋が涼しげなところで他愛もない会話をしていると、無理やり歩いて高熱で倒れた白ウサギを発見した。
アリスと帽子屋は白ウサギのもとへ駆け寄る。
「白ウサギさん、大丈夫ですか!?」
「……」
これはアリスも予想してなかったのか、彼女も焦っている。普段はあんなに元気でお調子者の白ウサギが、熱でやられるなんて。
「……私がわがままばかり言っているせいよ」
「……え?」
「私がわがままばかり言ってるからこんなことになったのよ。だから、責任は私が取る。私が看病してみせるわ」
「と言い切ったのはいいものの……。アリスって看病したこともないんですね」
帽子屋が呆れつつ白ウサギに毛布をかけ、じと目でアリスを見ると、アリスは皮肉そうに言った。
「悪かったわね。看病もしたことないお嬢様で」
「じゃあ、こうなったら分担しましょう」
「分担?」
「えぇ。僕が冷やした布を頭に乗せたりおかゆを作ったりするので、アリスは霧の森にある薬草を取りに行ってください」
「霧の森って、あの外れにある?」
「はい♪」
アリスはおどろおどろしく霧に包まれた森を指さす。幽霊が出てもおかしくないほど、そこだけ異様な空気がした。
帽子屋はきらきらのオーラを放ちながら、営業スマイルをする。
「嫌よ。……っていうか、私が看病したいのにこれじゃあ使いっ走りじゃない! 私とあろうものが、あんなところに行くだなんて!」
「ははーん、分かりました」
「は?」
「まさかアリス、霧の森に行くのが怖いんですね?」
「ちっ、違うわよ! 怖いとかそういうのじゃ、全然、ないんだから!」
にやりと帽子屋は笑うと、アリスは慌てふためく。どうやら図星だったようだ。
帽子屋はにやにやしていると、アリスお得意のビンタが炸裂してまたもや乾いた音が街中に響く。その音に驚いた鳥は、空へ一目散に飛び立っていった。
こほん、と帽子屋が改まるように正座した状態で咳払いをする。何事かとアリスが近くににじり寄れば、少年は一つの紙を広げた。
一通り見るに、このエタンセル王国の地図らしい。各所の観光地や王都、女王の城や霧の森など、様々な場所が書かれていた。
「これ、もしかしてこの国の地図?」
アリスが尋ねると、帽子屋は得意そうに言う。
「ご名答。当たりです」
なぜ彼はドヤ顔をしたのかアリスは考えていると、帽子屋は説明を始める。
「いいですか、よく聞いてくださいね? 今、僕達がいるこの街は家も店も含めてぐるりと囲むように円のような道の構造でできています。
そして北へとまっすぐ行けば十字路が見えますので、その真ん中にあるこの街のシンボル、『旅路の噴水』に着けばひとまず大丈夫……。あの、話ついていけてます?」
アリスが相槌の一つも打ってないのはさすがにおかしいと気づき、帽子屋は怪訝そうにアリスの方を見ると、すやすやと少女は眠っていた。
「あんた人の話も聞けないんですか!? 僕、怒りますよ!」
ふん、と帽子屋はそっぽを向く。
「……全く、親の顔が見てみたいものです」
突然、店にやってきて告白なんてすぐ断られて、おまけにビンタまでされて。
「こんな思いをしたのは久しぶりですよ、本当に」
あの淡くて懐かしい、初恋の――そんな胸の鼓動が止まらなかった。
◇◇◇
舞台は変わり王都。
街とは格段に整備が整っており、白い石畳の道は自分の姿が映りそうなほどだ。
住民たちの服装も街の着なれたような服装ではなく、どこか一目置いた高級さを放っている。
そして、この国を治める城。レイナ城の門前では二人の兵隊が警備しており、城を守っている。
女王の愚痴をねちねち言う女性と、だるそうに答える青年がそうだ。
「でさ、あの女王サマ! アタシの足を踏むのよ!? しかもハイヒールで! こっちの気持ちも分かれっての!」
「あ~……オレならキレてたかもしんない」
「でしょ!? あのおばさんマジむかつく!」
他愛もない会話をしていると、彼らの前に一人の青年が現れた。
「やぁ、クオーリ。君はあいかわらず声が大きいね。あといつも思うんだけど、その化粧おばさん臭いよ」
と、出会うな否や半笑いでコメントする。
クオーリと呼ばれた女性――『ハートの兵隊』は女王の従者の中でも気性が荒く、喧嘩腰ですぐ愚痴を言う。
肩までかかった髪はベージュと水色のメッシュで、服装の露出は多く、動きやすいようにされている。
胸も豊満で、こうみえて凄腕の銃の使い手らしい。
「あんた、それ……。アタシが女王サマと同レベルって言いたいワケ!?」
「あはは、そうとも受け取れるね」
「その痴話喧嘩、いつまでやるつもりなんだよ……。うぜぇ……」
ぼそりと毒を吐く黒髪の青年――ピッケこと『スペードの兵隊』。彼は元々街に住んでいたのだが、両親の店が大繁盛し、王都まで引っ越してきたお坊ちゃんらしい。
おかげで優しかった少年時代とは違い、今ではすっかりひねくれた青年に育ってしまったのだという。
「僕は彼女と付き合ってなんかないよ」
「こいつと付き合うなんて無理なんですけど!」
見事にシンクロした言葉に嫌気がさしたのか、ピッケはうぇっと舌を出した。
「そういうところがウザいんだよ、マジで……。つーか、なんで正門から来たんだよ、てめーは……。いつも裏口とか窓から入るじゃねえか」
「あぁ、それはね。いいことを思いついたんだ。それを皆にも伝えるために、ね」
金髪の青年――『トランプの兵隊』は不敵に笑う。
不気味な風の音が、彼の髪を揺らした。