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アリスは外の世界へ行きたいようです  作者: 吐 シロエ
4章 クリーク帝国編
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☆番外編 「帝国の果てに」

「幸せになってくださいね、ジェリエナ様」


「突然どうしたの? フミ。……まさか、あなたまで私の元を離れていくの?」


 クリーク帝国にて。フミと言う少女の願いは風と共に消えていく。その唐突な宣告に、ジェリエナは酷く不安になる。かつての兄を思い出して泣きそうになった。


「確かに私は仕事上、いつ死ぬか分かりません。だから私は貴女に願うのです。ささやかな願いですが、幸せになってほしいと祈るのは最大級の愛をあげることだと」


「最大級の、愛……」


 自分で言葉を噛みしめたら頬どころか耳まで赤くなってきた。フミはそれに気づいたのか、困ったように笑みを浮かべて


「あはは、深い意味はないですよ。ただ、ジェリエナ様のことを想うと少し胸が弾むんです。つまり何を言いたいのかと言うと……私、友人として貴女のことが大好きなんです」


 フミがそう言うと、二人して頬を赤く染めた。改めて言われるとひとさじの恥ずかしさが体に巻き付いていた。


「そ、そんなの、分かってるわよ。フミには良くしてもらってるし、あなたの好意なんか見て取れるもの」


「で、ですよね! あははー、私ったら大恥かいちゃうところだった」


「……あ」

「えっ?」


 フミが混乱しているのが分かる。そして尋常じゃない汗がフミにまとわりついていた。そうだ、これは


「ごっ、ごごごめんなさい! 思わず素が出ちゃいました!」


「か、構わないわよ。素が出るなんて誰にでもあることだし」


「そっ、そうじゃないんです~! 素を出すということは軍人としてあるまじき行為なんです! こんなのヴァイオレット様の耳に入ったら、深夜のお仕事どころか地獄の特訓が開始されます~!」


 ヘタレで情けないフミに戻ってしまったせいか、ジェリエナは面倒くさいことになるのだろうと察した。フミは礼儀正しく強い心を持っているが、反面、頼りない側面のおかげで戸惑ってしまうからだ。


「で、でもほら、フミ。わたしはあなたの素が見れて嬉しいわ。あなたの素が見れたということは、それほどまでにわたしを信頼してくれている。そうでしょう?」


「は……そ、それは、えと、そうですね。…………そうかもしれません」


 フミの耳が赤く染まる。そっぽまで向くなんて相当恥ずかしかったのだろう。


「……そうだ。わたし、いいことを思いついたわ」


「う、それは何でしょう。悪い企みじゃなければ良いのですが」


「フミ。あなた、今日一日は素で話しなさい」


「えっ、えええぇぇ!? ダメです、ダメですよジェリエナ様! そんなことしたら私がヴァイオレット様に殺されてしまいます! 最悪の場合、解雇されるやも……」


「もしヴァイオレットがそう言うのならわたしが守るわ。言い出しっぺはわたしだもの」


「じぇ、ジェリエナ様ぁ。……そういうことなら、コホン」


「わ、私、エナと一緒にいてもいいの?」


 その瞬間、ジェリエナの心はとてつもない熱量で打ち抜かれた。美しい藤色の短髪に涙でうるむ黒い瞳。素の口調も相まって、ジェリエナは類を見ないほどフミを愛おしい存在だと再認識した。


「え、エナ? 大丈夫……っていうか、私、無意識にエナ呼びしましたがよろしかったでしょうか!? あわわ、気に障ったのなら申し訳ございません……!」


「むしろ大好物だわ。続けてちょうだい」


「は、はぁ。分かりました。ではテイクツーといきましょう」


 コホン、と咳ばらいをして少女はジェリエナに微笑みかける。


「ねぇ、エナ。私、帝国のとっておきの場所を知ってるんだ。秘密の場所。多分、私以外誰も知らないと思う」


「それは面白そう。ねぇ、連れて行ってくれないかしら」


「もちろん。エナなら大歓迎!」


 フミがジェリエナの手を繋ぐ。それがとても眩く温かくて、思わず泣きそうになった。


「お願い。フミなら素敵な場所に連れてってくれるって、信じてるから」



◇◇◇


 歩いて。駆けて。時には笑って。その果てに着いたのは、一面シロツメクサとクローバーの花畑だった。それは残酷な帝国に咲いているとは思えないほど尊く、美しい。素晴らしく清らかなものを見たのだと、ジェリエナは感嘆した。


「凄い……」


「綺麗でしょう? 帝国の一角にあるなんて誰も思わないもんね」


 そう言って、フミは数歩先を行ってこちらの方を向く。そして彼女は両手を広げて、


「――ほら、エナ。おいで」


 その意味が分かった時、ジェリエナはフミに向かって駆けた。そして彼女に抱きつく。勢い余ったりなんかして、二人はそのまま倒れこんだ。横並びになって笑い合う。

 こんなにも清らかで尊いひと時があっただろうか。かつての兄達と一緒に星空を見た時と同じくらい、心が安らいでいる。


「あぁ、わたしはなんて幸せ者なの……? レイお兄様、わたしはっ、こんな安らかな気持ちでいてもいいのでしょうか……」


 ほろほろと涙が頬を伝う。そんな少女の頭を優しく撫でたのはフミだった。


「いいんだよ、エナ。私が許すし、私が貴女の支えとなる。時には貴女の剣となりましょう。私は、貴女に出会えたことでもう満たされているのだから」


「ありがとう、フミ……」


 涙で顔を濡らしながら微笑む。それはフミにも伝わったようで、彼女はジェリエナの頭を撫でながら微笑んだ。


 周りには蝶が舞う。辺りにはそよ風が泳いでいる。そんな異邦じみた楽園に、二人の少女の愛があった。


「――あぁ、やっと言えた」

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